初めてのリフタ / Lifta
わたしはピクニックができる自然の多い場所としてリフタを紹介され、いわばちょっといい公園というイメージを持ってリフタに向かった。紹介してくれた彼女もリフタにまつわる物語をきっと知らない。
余談だが、40代のユダヤイスラエル人の友人が言っていた。自分の年代も含め若いイスラエル人はイスラエルが1948年に建国されて、そのことにまつわる歴史を知らない人が多すぎる。
わたしの想像をはるかに超える犠牲の上に成り立っているのだ。今もその犠牲は増え続けているのも事実。
Yafo Streetから50号線を階下に見下ろすと急に開け緑があふれている。そこがリフタだった。大通りから1つ逸れた道を下りリフタの集落を目指す。2月だというのにその日は太陽が照りつける暑い日だった。エルサレムは標高750mの山手にあるため2月、雨が降るととても寒いが乾燥も激しいのですぐに乾く。
ぐるりとスロープになっているような小道を抜けるとアスファルトの道は終わり砂利道となる。そこからがいわゆるリフタ村となる。入り口には標識がある。
MEI NAFTOAH (LIFTA) ヘブライ語の名前が記載されていた。アラビア名は括弧書きで。
ウェルカム!と言わんばかりの満開のアーモンドの花。一瞬日本の染井吉野を思い出す。日本の春は桜が満開になるように、ここ中東の春はアーモンドの花が満開となるのだ。
主要幹線道路に囲まれたリフタはぽっかりと空いた穴のようにも見える。
乾燥した少し大きめの砂利の道に足を取られないように気をつけながら少しずつ前に進む。左の道は下り、右は小さな家のような建物があり行き止まりだ。左の下る道しか選択肢はない。
段々になっているため遠くまで見渡せる。どこまで歩いて行けるんだろう。行けるとこまで行くしかないのだけど。
雑草のように生えたハーブ群に最初は感動し、顔を近づけては香りを楽しみ、新芽のフレッシュな色にニンマリしていたがあまりの多さに半ば飽きてしまうほどだった。道を下り切ると子供の声が聞こえてきた。
そこには農業用のプールがあり、そこが最早野外プールと化しており暑い日の子供達の遊び場となっている。パンツ一丁に頭にはキッパを乗せて3人の小学生くらいと思しき少年が歓声を発している。プールに近づくと彼らはわたしを怪訝な表情で見ている。うわ!外人!!と言わんばかりに。
一瞬わたしもプールに足をつけたくなったが止めておいた。先へ進もう。