ベツレヘムを後に
ベツレヘムからテルアビブに向かう。まずはバスでエルサレムに入りそこからバスまたはシェルートでテルアビブへ。運悪くこの日は金曜日ユダヤの安息日であるため必然的にシェルートを使うことになる。いつものバスターミナルへ向かうとアラブ人の大声で”エルサレム”と叫ぶの声。これだけ大声で知らせてくれると行き先を間違えることはない。ニッコリと笑ってバスに乗り込む。人が集まれば出発。時間通りとかそういったことを考えることがなくなったわたしはだいぶアラブ時間にも馴染んできた。観光客や現地人を乗せたバスは一路エルサレムに向かう。エルサレムからベツレヘムに向かうバスはチェックポイントを通過しないものもあるが、ベツレヘムからエルサレムに向かいバスは必ずチェックポイントの通過が必要となる。10分もバスが進むとチェックポイントに到着する。パレスチナ人はIDと共にイスラエルに申請した許可証を持っているのだ。チェックポイントでバスが停まると銃を携えたイスラエル兵がバスに乗り込んでくる。
チェックポイントよ、パレスチナ人は一旦降りて、申請書確認するから。
そう大声でイスラエル兵が叫ぶ。少しだけ車内の空気がピリっとしたのを感じる。
カツカツカツと軍靴の音と共にイスラエルの女性兵がわたしに近づいてきた。
パスポートを手渡すと
日本から?
そうわたしの顔を見て聞いてくる。わたしは笑顔で頷く。
OK
と次の席をチェックする。気が抜けるほどあっという間だ。
窓の外を見ると数人のパレスチナ人が並び、先頭の人から尋問を受けているようだ。
IDを見せイスラエルに入る理由を聞かれている。そして荷物の検査とボディチェック。
何かを言われてメガネを外している。きっとIDの写真と違って見えるのだろう。わたしのパスポートチェックはあんなに簡易的だったのに。あと3人が待っているということは10分くらいはここに停車することになるだろう。1人目のパレスチナ人女性がセキュリティにOKをもらってバスに戻ってきた。
ねえ、あんなに何を聞かれるの?
どこに行くとかそういうの。わたしは病院に行くのよ。そのことをね。病院に行くとか何にでも許可取らなきゃいけないのよ。
と苦笑いしていた。
でもね、わたし16歳で結婚して何もわからないまま、だから病院に行くこれだけが実は楽しみなの。といたずらっぽく笑った。
10歳以上上の男性と結婚したのよ、親が決めて。それが幸せなことだからって言われて。毎日退屈なの。テレビ見て英語を覚えたのよ。どう?わたしの英語?もう子供も結婚して孫までいるの。まだ39歳よ。あなたみたいにわたしもどこか行ってみたいわ。孫はかわいいんだけどね。
嬉々として堰を切ったよう話す。自由がないというような悲壮的な話から急に日常の話、日本でもあるような話に変わり、人がいるということはそこには生活があり日常があると見せつけられた。
39歳ってわたしとわからないじゃない。孫までいるの?
そうなの?あなたいくつ?一人で旅行してるの?結婚なんてするもんじゃないよ。自由がなくなるから。あなたは自由でいいわね。楽しみなさい。次生まれ変わったら絶対結婚なんてしないわ、わたし。あ、あなたのこうやって会話ができてるってことはわたしの英語もなかなかってものね。毎日ね、テレビドラマ見てるの。
日本で多くの主婦たちが韓流にはまりドラマを見てハングルを覚えている、という話を思い出した。
あなたの旅の話を聞かせて!彼女を食い入るようにわたしの顔を覗き込む。本当に旅、というよりも違う世界、違う人生を知りたいみたいだった。それはパレスチ人だからというわけではなくただ好奇心旺盛な専業主婦だからという感じだった。彼女からは悲壮感がなかった。