楽屋で、幕の内。|ライフ、27歳 Sep.1
私は93年式のホンダライフに乗っている。外見はパールがかった肌色、ソファは汚れが目立ちにくい青とグレーと地味な車である。所有者になったのは数年前で、新車に乗り換えたかった母と、私の出産のタイミングがピタリとあった。子どもがいるのなら車は必要というのが、田舎を出たことがない母のアドバイスだった。私はそのおかげで22年のペーパードライバーから抜け出し、車道デビューをした。1993年はJリーグが誕生した年で、ライフは27歳ということになる。
3分で車が出せる利便性と安さをとって、ライフは屋根付きの立体ではなく青空駐車場に停めている。仕事にかまけて掃除はほとんどしていない。要は見た目も、車内も時間を感じさせる。しかし私はなかなか手放す気にはなれないのだ。
150cmの車高で、腰をかがめずに乗り込めるところが好きだ。しかしそれよりも気に入っているのは、ゆるいブレーキである。キュッと踏んでピタッと止まる車があるとしたら、ライフはキューウーッと踏むとピターアーッと止まるという感じだ。加えてハンドルもゆるい。遊びの部分が大きいからカーブしようとハンドルを切ってもやや間があく。しかしどちらも慣れてしまえば問題は感じられず、むしろこのゆるさこそがベテラン車の余裕のように感じている。
いっぱしのドライバーになってから、私は思いもかけず運転好きなことを発見した。大人になってもらった予想外のプレゼントである。私の運転スタイルは、道路のスムーズな流れを断ち切らないように、無理無駄のない運転を心がけることで、3台前ぐらいの車の動きにいつも目を光らせている。決して急な車線変更などはしないが、キュッキュッと車を転がす。
運転が好きになると、何歳までハンドルを握れるかが気になり始めた。今後出会う車はきっと1台か2台だろう。もしスポーツカーをキュッキュッと運転したらどんな感じなのかと、右車線を流れる車を見て想像もする。早いこと乗り換えるという手もあるとも思う。しかしその度に、ライフが動く限りお役御免とは言えないと思い直すのである。
これまで鍵の閉じ込めが1回、一旦停止違反が1回、もらい事故はなんと3回もあった。ライフはオーナーが替わって結構な目にあってきたのである。高速道路でスピードが出なかったり、アクセルを目一杯踏み込んでも峠を越えるのに難儀したりもするけれど、ドライブの楽しみや身の丈にあった快適さをあたえてくれる。あとどれ程走るかはわからないが、これからは私が恩返しする番なのかもしれない。
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