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楽屋で、幕の内。|助手席の思い出 Sep.29

 いろんな車の助手席に乗ってきたのは、ちょっとした私の自慢である。といっても色恋ではなく、仕事絡み。取材ではカメラマンさんの車に同乗させてもらうことが多いためだ。数えてはいないが数十人以上の方にお世話になっている。福岡から鹿児島間の日帰りなど長距離移動もあるカメラマンさんの車は、安全性や快適性を重視したピッカピカの立派な車ぞろい。93年式にしぶとく乗り続ける私とは随分ランクが違うのだが、乗り心地に関してはひとこと言える私である。

 毎回「おはようございまーす。よろしくお願いします」と挨拶をして助手席に座らせていただく。プライベートな空間でもあるため、気持ちは「お邪魔します」である。スケジュールが混むと今日はAさん、明日はBさん、その次はという感じで日替わりで、多様な助手席を体験する。

 ある日、私は初対面のカメラマンと組むことになった。時間がなく、電話で場所と時間を簡単に打ち合わせて、互いに顔は知らないまま当日の朝を迎えた。

 暑くもなく寒くもない、休日であることを除けば取材日和な秋の一日であった。指定場所の駅前に着き、私はまだ見ぬ今日の相棒を待った。ロータリーにはバスや送迎の車がひっきりなしにやってきていた。周りを見れば待ち合わせと思しき人ばかりだ。次第に私は目当ての車が見つけられるか、だんだん心細くなっていた。車種や色ぐらい聞いておけばよかった、もし会えなかったらこのあとどうする?など心配の種が次々と頭をよぎる。来る車の運転席を一台ずつじっと見つめ、カメラマンっぽい人を探した。もう待ち合わせ時間だ。私は少し焦りはじめた。

 30台ほど見送っただろうか。ようやくそれっぽい一台を見つけることができた。紺色の四駆が低いエンジン音をたてながら入ってき、私の数メートル前で停止し、助手席の窓が開いたのだ。私を認めて左手をあげ、笑顔を向けるカメラマン。間違いない。安心した私は手を振り返し、紺色の車へと軽やかな足取りで向かった。初めて会うのに、私のことがわかるなんてさすがカメラマンは勘が鋭い、なんて思いながら。

 「初めまして!山本です」

 無事に会えたという安堵感からテンションは高めであった。ドアを勢いよく開け、失礼しまーすと乗り込もうとしたとき、その人はいった。

 「あ、違います」

 不意打ちをくらってちょっと驚いたが、すぐに心は納まった。座る席が違うということか。助手席ではなく、後部座席に乗ってほしいカメラマンだっていてもおかしくない、と納得できる答えを勝手に探して着地した。するとドアを閉めて改めて後部座席にまわろうとした私の後ろを、申し訳なさそうに男が指差した。そこにはアイドルのような女の子が、愛想を崩さずに立っていた。男の顔を改めて見ること0.5秒。私はすべてを把握した。人違いだったのだ。

 二人はこれからドライブデートに出かけるところであった。彼が笑顔を送ったのは、私のずいぶん後ろに立っていたこの女の子だったのだ。そこからはもう平謝り。腰を直角に折る勢いで男性に謝り、女の子が誤解しないよう手短に説明をして、その場から走って逃げた。そして彼らがいなくなるのをビルの影に隠れて待った。

 ウキウキしながら彼の車に走り寄っていく時、知らない女が目の前で助手席のドアを開けたらどう思うか。気の毒な彼女の気持ちをいろいろと想像してみた。もし弁解を求められたらどう説明しようと考えた。「今日初めて会う人の車に乗ることになっていて」「実はいろんな人の車に乗るのには慣れていて、躊躇せずにドアを開けるのはもはや習慣です」。考えれば考えるほど、変な女の発言だった。

 二人が良い人で詰め寄られることはなかったけれど、ライターである私は、一般的な人の道から外れたところを走っていることにそのとき初めて気づいた。助手席に乗る事に慣れている職業なのである。そうこうしていると会うべきカメラマンから電話が鳴った。「すみません、あと10分かかりまーす」と明るくいって切れた。

 あの感じのいいカップル二人は今ごろ結婚しているだろうか。二人の思い出話に、駅前の変な女事件が面白おかしく語られていたら、それは本望である。

 

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