2022年の『屍鬼』に寄せて
本当は実録マンガにでも描くつもりだったのだが、いかんせんそんな余裕がなかったので、ぽつぽつと文章で書くことにする。実録マンガ、ネームまでは書いていたんだけどな。無念。
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小野不由美の大傑作長編ホラー小説『屍鬼』の冒頭である。
私の愛してやまない二大巨塔小説のひとつだ。
私とこの小説の出会いは、忘れもしない、大学一年生の前期期末試験の後。
二週間に及ぶ試験期間を終え、ふらふらの体を引きずって図書棟へ向かった。気になった本を手当たり次第に、四冊。借りられる上限まで残り一冊、さてどうしようかと見上げたそこに、いた。四階の、人気がなくて電気すら付いていない、奥の本棚の一番上に、『屍鬼』のハードカバー上下、文庫版全五巻が真夏の西日に照らされていた。
脳裏に蘇ったのは中高時代の友人のサブリミナル布教だった。
「ねえ、屍鬼読まない?」
「そうそう、ところで屍鬼って小説があって」
「そろそろ屍鬼読まない?」
「千景なら、屍鬼好きだと思うんだけど」
……正直、いつからどんなふうに布教を受けていたかは定かではなかったりするのだが、実際に『屍鬼』を目の当りにして(あ、あの子が言ってたのって、これ?)惹きつけられる程度には、刷り込まれていた。
手元には、四冊。
上限は、五冊。
少し躊躇って、既に持っていた四冊を棚に戻し、全五巻の文庫版に手を伸ばした。
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我が家では、親戚に山荘に1週間ほど借りて引き篭もるのが夏の恒例だ。その年も例に漏れず大量の小説を持ち込んで悠々と涼んでおり、当初の計画通り、『屍鬼(一)』を読み始めた。
怖い。
実は私、ホラーは大の苦手である。怪談レストランはおろか、やりすぎコージーも拒否するレベル。読んだ人ならわかると思うが、正直冒頭の虫送りの時点で血の気が引いていた。
しかし、読ませるのだ。あ、無理かも、と本を閉じた数秒後には続きが気になってページをめくっている。
深夜、凄まじい叫び声を上げて目が覚めた。悪夢を見たのである(悪夢っていうか、虫送りが夢で再現されただけなのだが)。母親は呆れて、「そんなよだれ垂らして泣いて悪夢見るなら、読むのやめたら?」と言った。
私はこう答えた。
「でも、これ、絶対面白いんだよ。面白いことはわかる。読みたい」
次の瞬間には「でもやっぱ怖いよ!!!!」と叫んだが。
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読み進めて数日が経った。かなりぐっと時間を飛ばすが、四巻目が読み終わった。
時刻、24:00。ものすごくいいところで終わっている。五巻目は解説含めて478ページ。
……読んじゃお。
これはもう、読むしかない。
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……読み終わった頃には、空は白んでいた。実に、早朝5時半。夜通し本を読んだのはこの時が初めてだった。
こんな時間まで本を読んでしまったという興奮も少なからずあったのは確かだが、それよりも、結末の重さに打ちのめされていた。文庫にして2500ページほどある小説を読み切って、達成感がないのはどういうことだ。喪失感と虚無感で一倍だった。結末の報われなさに、胸が空洞になってしまって、涙も出ない。
私が読んでいたのは確かにホラーだった。ホラーだったが、私が今まで想像していたものを遥かに超えていた。そこにあったのは生への執着、エゴ、支配欲とパターナリズム。家族のあり方。食物連鎖の残酷さ、神とは何か、秩序とは何か。殺人の罪は何か。愛しい人を殺せるのか。殺せる人と殺せない人の差はなんだ。どうして訣別したんだ?どうにもならなかったのか?
感情の整理がつかないまま、やっとの思いでサブリミナル布教友人に読了の報告LINEを送った。物語の重さに押しつぶされながら、意識が遠のいていった。
あの時の、森の匂いも部屋の明るさも、感動して震えた手も、きっと一生忘れないだろう。
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なんでこんなことを書いているかというと、本日7月24日(日)。
『屍鬼』が開幕する。
これまでは日付しか合わなかったが、今年は曜日まで一致するのだ。本日未明から11月8日午前3時にかけて、『屍鬼』の舞台である外場村は崩壊の一途を辿る。あの暗く、儚く眩しい、惨劇の幕が上がる。
毎年この時期になると読み返しているが、今年の夏は一層外場村に思いを馳せることになるだろう。
【おまけ】
各巻『屍鬼』情緒メーター
一巻目…全然話動かないけど、端々に感じる設定の緻密さから「この後すごいことが起きるな、やばい小説読んでるな」ってことだけはわかる。600ページ全部序章と言っても過言ではない。
二巻目…話が動いてきた。とにかく怖いうえにすれ違いがもどかしい、しかし状況からしてこうとしかならない説得力!!!
三巻目…やるせない。つらい、せつない、どうしようもない。愕然として泣いた。
四巻目…絶望の加速。狂気がはじまる。どうしようもない。読み込みすぎて本が壊れた。
五巻目…どうしようもなかった。どうしようもなかったんだ……結末はこれしかない……なんで……?
【おまけ2】
いつもSIRENの異界入り勢が爆速で駆け抜けてるの見て、ちょっと羨ましいなって思いながら、フォロワー周辺で盛り上がっております。毎年ありがとうございます。