まえがき


○まえがき その1
 これは詩集というような大それたものではなく、どちらかといえば、日記により近いだろう。僕は、それ程鋭い感受性を持っているわけでもなく、愚痴や後悔の並んだ文字の列だけで、本当にただの自己満足であるわけだが、日記を素直に書くのが嫌な事と、少し格好を付けてみたかったこともあり、こういう”ポエムもどき”を書き始めたのである。
 書き初めは中学の三年、もう卒業の近い日付になっている。それより前にもこういう詩を書いていたような気がするが、はっきり覚えていない。今見ると恥ずかしいが、これから書く物も後になれば恥ずかしいかも知れない。それだけその時の自分の心に素直だったのだろうか。
 この前書きは、ワードプロセッサを購入し、今まで書いたものを(それ程無いが。)きれいにまとめられる様になったため、おそらくは無理だとは思うが、将来これを出版するときのために、形だけでもこの文章たちのことを説明しておこうと思い、書き記しているものである。
 岩波の『傳説の時代』の序には、夏目金之助から野上八重子に宛てた手紙が載っているが、この文章にも何十年か後、誰か著名な人が一言書いているかも… と思っても罪ではあるまい。
 文の最後にみんな日付が付いているのは、僕が一番恐いのが”時間”であるのと、後から順番が分かり易いためで、”その時の気持ち”というのもある。
 さあ、これでひととおり説明ができた。それでは、本当はスタンダールばりに『初版の序』とでもしたかった前書きを終わろう。
1986,8,2 23:05

○まえがき その2
 時が過ぎた。
 相変わらず文章で暮らしをたてているわけではないが、わずかにパソコン雑誌の原稿を書かせてもらっている、というだけであるが、少なくとも将来の足掛りにしたいとおもっている。
 ワープロからパソコンに履き替えて、もう4年になる。最初はワープロの延長と思って導入したパソコンで仕事をするようになっている。前よりも給金自体もいい。趣味だけだった分野で、こんな風に物事が進んで行くとは、思いもよらなかったことである。
 つくづく、人生とは、転がって行くものだと思い知ることになった。
 相変わらず時間も敵のままである。哀しみにも馴れ合ってしまった。まわりで(といっても全然他人ばかりだが)どんどんプロになっていく中、いつも「こんなところでなにをしているのだろう」と思うことも多い。
 かたちにしなければ始まらないかもしれない、という気持ちでつたないなぐり書きを集め、しみこむかたちにしたい。と、思い、再編集をし始めた。
1993,9,3 23:55

○まえがき その3
今回思い立ってnoteに記録しておくことにした。
その1とその2では書いていなかった事を追記しておく。

中学の時から詩を書いていると同時に、高校に入った時に芸術課程で音楽・絵画・習字に別れることになり、子供の頃オルガンをやっていたこともあって音楽クラスを選択していた。1学年12クラスあった三分の一の音楽クラスではギターが必要とのことで無理言って学校購買でクラシックギター(格安版)を買ってもらった。
市販の薄い入門本で弾くことを覚え、森島みちお先生の『“ギター”この方法を知っておけ』でさらに練習し、中3の時に友だちから借りてレコードからテープに落としていた一部のオフコースを元にオフコース弾き語り全集を買って練習に明け暮れた。森島先生には質問の手紙を書いてその返事をもらったりしてた。
次第に自然と自分で歌詞付きの曲を作り始めていた。

数年経った時、週刊プレイボーイで長戸大幸の作詞家入門の特集があり応募してみた。第一次募集では10000人の応募で100人、第二次募集では8000人から20人の合格者があり、僕は後者に入っていました。ミーティングという形で長戸大幸さんには何回か会い、当時ビーイングからチューブがデビューした直後で、『シーズン・イン・ザ・サン』がリリースされた直後で、後に『ビコーズ・アイ・ラブ・ユー』となる歌詞無しのデモテープを元に詞を作り送っていたのだが、結局は亜蘭知子とかが採用されていった。長戸さんからは「細かいニュアンスとか手直しのために顔合わせて打ち合わせを頻繁にする必要があり、そのためには首都圏に居る必要がある」「やる気があるなら東京に来なさい」と言われてはいたのだけれど、いろいろあって東京には行けなかった。

そうこうしているうちに時は流れていった。

詞ではなく詩の方に話を戻すと、
元々、個人で今で言うウェブサイト、当時の『個人ホームページ』の練習がてらGeocityなどに作っては壊していた。そんな中で書きためた詩をアップしておきたいと、coolオンラインにテキスト化していたものを上げていた。
背景画像やBGM、体裁など色々試した。そのまま放置していたが、そのうちサイトサービスが終了すると通知があって無くなった。
と同時に、ブログサービスが話題に上り始め、これからのホームページの後継はこれだ!とココログに投稿を始めて、毎日一つ軽井沢シンドロームタイトルで投稿する、を1年自分に課してみたりした。そのブログサイト内サブサイトにcoolでアップしてた内容をまたアップしてみた。
タイトルは『心の綴り方』
やがてブログからツイッターに軸足を移し、ブログは放置するようになった。有料をやめるためにココログのポエムサイトも消した。

それでここに来た。
noteに置くことがどういう意味になるのかはまだわかっていない。
でも、かつて個人ホームページやブログでやりたかった“自分の文章のアーカイブ”には適しているのではないかと思っている。
2020,12,12


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