デジタルマネーに給与振込?本当に便利になるのか、考えてみた
デジタルマネーで給与を受け取ることができるようにすることが検討されているようです。
(新聞記事ではデジタルマネーの定義はあまり明確になっていませんが、スマホアプリなどがあげられているので、QRコード決済のスマホアプリ(〇〇ペイ)や、各種電子マネーが 想定されていると考えられます。
本稿では、この想定のとおりの定義と考えて話を進めます。)
諸々の支払いに使うアプリやカードに給与がチャージされれば、そのまま支払いに使えて便利じゃないか!
と、一見したところでは思ってしまいますが、実際はどうなのか、本当に便利なのか、考えてみました。
<参考note>
自分にピッタリのキャッシュレスはどれ?! 決済を整理してみた。
給与振込とは
賃金は、労働基準法第24条などの規定に沿って、「通貨=現金」での支払いが原則となっていて、例外として銀行等の金融機関の預貯金口座への振込が認められている、というのが法令上のルールです。
今どき、現金払いの会社はとても少なくて、銀行口座への給与振込が主流だと思いますが、これが「例外」というのはちょっとびっくりですね。
いずれにせよ、
現金払いの代替として、賃金から税金や年金保険料などを控除した残額を、銀行口座に(会社側からすると)振り込む、のが給与振込ですね。
デジタルマネーへの給与振込を実現するには
銀行口座に振り込まれた給料で、我々は色んなモノを買ったり、諸々の支払いを行ったりして生活しています。
では、その支払いに使う(今後、もっと使っていくであろう)デジタルマネーで直接受け取れば便利ではないか、というのがデジタルマネーへの給与振込の元となるアイディアですね。
ところで、これを実現するには、どんな対応が必要でしょうか。
・法令面の手当
一つは、法令上の対応です。前述のとおり、給与振込ですら例外となっている旧態依然な法令の下で、デジタルマネーへの給与振込が認められるように手当する必要があります。
論点としては、デジタルマネー運営者の信用補完(振り込まれた給与を抱えたまま倒産されては困りますね)や、デジタルマネー口座開設時のマネーロンダリングチェックなど、でしょうか。
まあ、これは必要な措置を講じたうえで、法令面の手当をすればいい、ということだと思います。
・給与振込のシステム・事務
銀行口座への給与振込の場合、振込データ(どの従業員の口座に(支店、口座番号、口座名義人)、いくら振り込む(金額))を給与を支払う側の会社がシステムで作成して、それを銀行に持ち込み、銀行が支払日当日に各口座に入金になるようにシステム作業を行います。
そして、その給与合計の金額を、支払う側の会社の口座から銀行が引き落とします。
会社によって、全ての従業員に同じ一つの銀行に限定して給与振込しているケースと、従業員の要望に応じて幾つかの銀行を許容しているケースがあると思います。当然ながら、対象の銀行が増えるほど、振込データの作成や、資金の手当てなどの作業が煩雑になります。
デジタルマネーへの給与振込、という場合はどんなシステム・事務の作業が必要になるでしょうか?
まず、あるデジタルマネーへの給与振込を行う、という場合には、そのデジタルマネー用の振込データを作成する必要があり、またデジタルマネー運営者にその資金を渡す必要があります。
これまでの銀行振込に加えてデジタルマネーへの給与振込も許容する、ということであれば、上記の「対象銀行が増える」のと同様に、煩雑さが増しますね。
さらに、
銀行であれば、(乱暴に言えば)どこでも同じ、ということで、一つに限定したり、2~3つの銀行に限定したり、ということでもいいでしょうが、デジタルマネーの場合には、各従業員がどのデジタルマネーをメインで使っているか、どのデジタルマネーへの振込を希望するか、を考えると、一つに限定というわけには行かないでしょう。人それぞれ、どのポイントを貯めている、どのサービスが好き、ということがあるからです。
すると、いくつものデジタルマネーに対応することが必要となり、益々煩雑になりますね。
なお、銀行への給与振込では、その振込データのフォーマットは定型化していて、銀行ごとに異なるフォーマット、というこはありません。
デジタルマネー運営者に渡す振込データは、どんなフォーマットになるのでしょうか。
各デジタルマネー運営者ごとに、渡すフォーマットが違う、ということになると、システムの準備がそれなりに大変でしょう。
とすると、フォーマットを統一することが望まれます。
銀行に渡す振込データと同じフォーマットなら、支払う側の会社はやりやすいし、〇〇奉行や〇〇大臣のようなソフトウェアの対応も容易ですね。
デジタルマネー運営者の側はどうでしょうか。
それぞれ、システムの作りは違うでしょうが、多くの口座への入金を一斉に行うようなバッチ処理の仕組みは備えているのでしょうか。
杞憂かもしれませんが、大切な給料の受け取りですから、しっかり備えておく必要があるでしょう。特に、銀行と同じフォーマットでの受け渡しとなるのであれば、それへの対応が必要です。
このように、法令面の手当てと、より実務的な、給与振込のシステム・事務に関する手当てが、社会的にも個別企業にも求められます。
デジタルマネーへの給与振込が実現できた場合の課題
ここまで書いてきたような手当てがなされて、デジタルマネーに給与振込ができるようになったら、バラ色なのでしょうか?
実際にはそうではなくて、色々と課題がありそうです。
・そもそも、本当に便利か?
デジタルマネーへの給与振込は、銀行が提供しているサービスへの浸食を、IT企業が狙っている、ということのようです。
それ自体は、健全な競争、消費者の利便性向上となるなら良いことなのですが、利用者の観点から、本当に便利になるのでしょうか。
考えてみましょう。
皆さんは、銀行の口座から各種の自動引き落としをしていませんか?
クレジットカード決済や、電気・ガス・水道・電話・NHKなどの公共料金、子供の学校の給食費、スポーツクラブの会費など、色んな自動引き落としがありますね。
(なお、いわゆる「キャッシュレス支払い比率」ではこれらを含まないので、実際には日本のキャッシュレスは一般に言われるよりは進んでいると思われます。)
デジタルマネーで受け取ってしまったら、これらの自動引き落としのために、銀行口座にお金を移す必要があります。
もちろん、簡単に移せるデジタルマネーもあるでしょうが、そうでもないものもありそうです。
仮に簡単に移せたとしても、逆方向に銀行口座から移すほうが簡単(もしくは同じくらい簡単)なら、わざわざデジタルマネーで受け取らず、銀行口座で受け取ってもそんなに変わりません。
(デジタルマネーから自動引き落としをする、ということも、話としてはあり得ますが、それこそ収納企業(電気・ガス・水道など)もデジタルマネー運営者も含め、膨大な対応が必要になりますので、ここでは想定していません。)
しかも、銀行の口座引き落としは、一度手続きすれば「何もしなくても自動的に」実行されます(残高は必要ですが)。
デジタルマネーでの支払いは、アプリを立ち上げてQRコードを読んだり読ませたり、あるいは店舗まで行ってカードのICチップを読ませて支払う必要があるので、手間が多いですね。
また、
一つだけのデジタルマネーではなく、
いくつかの支払いアプリや電子マネーのカード(SUICAとnanaco、とか)を使っている場合は、「そんなに変わりません」では済まず、銀行口座で受け取るよりも不便になる可能性が高いかもしれません。
どういうことかというと、
ある一つのデジタルマネーで受け取った給与分のチャージから、その他に使っているアプリやカードに分散して資金を移す作業が必要になります。
結構面倒くさいですよね。
個々に一件一件移す作業をするくらいなら、メインの銀行口座に移して、そこから、その口座に紐ついたアプリやカードに手動・自動チャージなどで移したほうが簡単でしょう。
もう一つ、
銀行口座からは簡単にATMで現金がおろせます。銀行ATMはどこでもたくさんありますね。
デジタルマネーも、一部は、どのATMでも簡単に現金がおろせるものもあると思いますが、そうでないものも多いと思います。
こう考えていくと、全ての支払いを、一つだけのデジタルマネーで(しかも引き落としは自動で)できるのであればいいのですが、そうでなければ、銀行口座への給与振込のほうがマシじゃないか、という気もしてきてしまいます。
・では、給与振込はどうしたらいいのか?
究極的には、銀行口座と、いくつかのデジタルマネーへの分割振込ができるようになると良いですね。
例えば、合計20万円の給与振込を、10万円は銀行口座へ、5万円は〇〇ペイにチャージ。5万円はSUICAにチャージ、という感じです。
これなら、公共料金やクレジットカードの自動引き落としも使え、銀行ATMで現金をおろすことも簡単で、しかもそれぞれのデジタルマネーもそのまま使える、ということになります。
便利ですね。
(しかし、支払う会社側は、それぞれに振込データを作成して渡して資金決済する必要があるので大変です。)
でも、もう一歩考えてみると、
銀行口座(やクレジットカード)から、デジタルマネーへの便利なチャージ機能(簡単な操作、または自動チャージ)があるなら、何もデジタルマネーで受け取らず、銀行口座で受け取っても利便性は変わらないのではないか、とも思われます。
どちらかというと、
前述したような「デジタルマネーへの給与振込をするための手当」をするくらいなら、銀行口座から各種デジタルマネーへの自動チャージ(または簡単チャージ)をもっと進めたほうがいいのではないか、と考えられます。
なぜなら、多くの給与を支払う会社側での手当は不要で、銀行とフィンテック企業といったビジネスサイドでの対応で済むからです。
しかもこれは、APIでできるようになるでしょうから、近く実現されるでしょう。
デジタルマネーへの給与振込を進めよう!という背景には、
ここまで考えてきた「利便性」(これは必ずしも便利ではないかもしれない、というのはここまで書いたとおりですが)のほかに、
・海外ではペイロールカードと呼ばれるキャッシュレスのツールでの支払いが多くなっている、ということと、
・銀行口座が開設できないことがあるとされる外国人労働者への対応、ということ
が言われています。
ペイロールカードは、アメリカで小切手での給与支払の代わりとなっているものですが、アメリカでの銀行口座開設の難しさや、元々の小切手社会の不便さなど、日本と異なる状況に対応するものであって、アメリカで増えているから日本でも増やせばいい、というようなことではない、と思います。
(しかも、銀行が発行してますね。)
<参考>アメリカのペイロールカード
アメリカは元々小切手文化、小切手社会で、給与は月二回など紙の小切手で受け取るのが主流でした。(最近の様子は知らないのですが、今でもそういう会社も結構あるかもしれません。)
この小切手を、銀行に開設した自分の口座(一般には、チェッキング・アカウント、という小切手を振り出すことができる口座)に入金することで、使えるお金になります。
ここで問題は、
・紙で受け取って口座に入金する手間がかかること、
・(日本の普通預金と違って)小切手を振り出すことができる口座なので一定の信用力がないと開設できないこと
です。
口座のない人は、小切手を「現金化業者」に渡して、代わりに現金を受け取ります(このとき、一般には一定の手数料が差し引かれます)。
そして、これらの問題を解決するのがペイロールカード(payrollcard)というわけです。
ペイロールカードは、その残額の範囲で、VISAやMASTERの加盟店(ほとんど全て小売店でOK)で支払いができる、というものです。
小売店での支払いも、小切手や現金から、デビットカードまたはクレジットカードに変わってきているので、それともマッチします。
このように、先進的というよりは、アメリカならではの不便な仕組みに対応するためにできたのがペイロールカード、と言えるでしょう。 ところで、このペイロールカード、運営は金融サービス業者、発行は銀行、ということもあるようです。
ちょっと古いWeb上の情報ですが、マクドナルドのペイロールカードは、カード発行会社はコメリカバンク(Comerica Bank)、サービス提供はFSVペイメントシステムズということのようです。
コメリカバンクは、IT関連や新興ではなく、1800年代半ばに設立された老舗の銀行です。そのWebページを見ると、確かにそういうサービスがあるようです。また、他の大手米銀のWebページを見ると、それぞれ同様のサービスを提供しているようです。
まとめ
デジタルマネーへの給与振込は、
・実現するために、法令のみならず、給与を支払う会社側などのシステム・事務面の対応が必要で、結構大変
・複数のデジタルマネーへの資金移動や、銀行口座の自動引き落とし、ATMでの現金引き出しなどを考えると、語られるイメージのようには、便利にはならない
というのが筆者の考えです。
そのうえで、背景となる課題に対応しつつ、消費者の利便性を真に向上していくためには、
・銀行口座から各種デジタルマネーへのチャージの利便性向上
・外国人労働者への対応。
がポイントになってきそうです。
前述のとおり、前者は銀行側のAPI提供で実現していくでしょうから、どちらかというと、残るは後者です。
マネーロンダリングや犯罪に使うための口座売買防止の観点から(これも、善良な外国人労働者には失礼な話ですが)、
口座開設が難しいようなケースに、代替する方法をしっかり提供していくことが求められますね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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