前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 三話
放課後、悲しみのスロウスタートを終えた俺はとぼとぼ下校していた。
「ん? なんだ……?」
背後に殺気立った気配を複数感じる。
これは……後方に10人、20人……もっとか?
そこそこの集団からストーキングされていた。いや、でも勘違いって可能性も――
試しに走って逃げる。すると、
「あ、逃げたぞ」
「追いかけろ!」
「花園さんの仇討ちだ!」
やはり俺をつけていた。恐らく花園の子分たちだろう。幸いと言っていいのか、ヤーさんはいなかった。ああ、まったく。確かに、こんなふうに不良たちから追っかけられるやつとは誰も関わりたくないよな。須藤らクラスメートがああいう態度だったのも納得できてしまう。
「逃げてんじゃねえ!」
「落とし前つけさせてもらうぜ!」
「卑怯者が! 止まれよ!」
バッカヤロー! 停学明け早々に喧嘩なんかできるか! 職員室で担任の先生に『もうしません』って約束したばっかなんだぞ!
さっさと転移で逃げたいところだが、目の前で消えたらさすがに怪しまれる。
住宅街なので近くに逃げ込めるコンビニや店もない。
どうする……!? そうだ! こうなりゃ国家権力に頼るしかねえっ!
「助けてー! 集団ストーカーに襲われてまーす! 誰か警察呼んでー!」
俺は住宅街の真ん中でSOSを叫んだ。
誰でもいい。聞いてる人がいたら警察に通報してくれぇ!?
「こいつら仲間でーす! 誰か110番してー!」
徒党を組んだ連中に追われていることを懸命にアピールする。
しかし、そんな声も空しく俺は行き止まりに追い込まれてしまった。
ガッデム!
「もう逃げ場はないぜぇ?」
「花園さんをコケにした代償はしっかり払ってもらうぞ?」
「落とし前をたっぷりケツに……じゃない、ツケさせてもらうからなぁ? ウホッ!」
もはやこれまでか……。
まあ、ただの人間に殴られたところで今の俺には大した痛手じゃないけど。
大人しくやられて飽きるのを待つか? それとも隙間を強引にくぐり抜けて逃げるか。
あるいは壁を乗り越えて……。
「ちょいと待ったぁ!」
俺がいかに喧嘩せず場を切り抜けようか模索していると、不良の群れの向こう側から朗らかな少女の声が響いた。
「悪いね、道を通してくれよ! このままじゃ彼の顔が見えないんでな!」
不良たちがモーセの奇跡を彷彿とさせる感じで左右に広がっていく。
人垣が割れた向こうには背の小さい金髪碧眼の美少女が腕組みをして立っていた。
だ、誰だ……?
身長は150センチあるかどうかで最初は小学生かと思った。
だが、馬飼学園の制服スカートを履いているので彼女は高校生なのだろう。髪の毛はミディアムくらいの長さ。ブロンドの煌めきがその髪質のよさを物語っている。目鼻立ちもすっきりと通っていて、総括するならまるで西洋人形のよう……。
彼女はそんな精緻で整った容姿をしていた。
しかし、彼女はなぜか学ランを着ているのだった。
頭の上には学帽も乗っている。なんで学ラン? ウチの高校はブレザーなのに。
「君がしんじょー君だな? どうだ? この場を穏便に切り抜けたいか?」
小さな学ラン金髪美少女は俺に視線を送って訊いてきた。
碧色で猫を連想させる大きな瞳に思わずほうっとなる。
「どうしたんだ? わたしの顔に何かついてるのか?」
「あ、いや……」
彼女の意図はわからないが……。
切り抜けたいのはまあそうだ。俺が困惑しながら頷くと、
「よしきた!」
「…………?」
「彼の身柄はわたしが預かる! お前たちは引っ込んでいてもらおうか!」
彼女は不良たちにそう宣告した。
背はちっこいのに自信に溢れた立ち振る舞い。
この少女の出現で不良たちは明らかに動揺している。一体、彼女は何者だ……?
「おい鳥谷ィ! ぬぁに勝手なことほざいてやがんだぁ! オォ!?」
「こっちにもメンツってのがあんだよ! ハァン!?」
「大将が恥をかかされたまんまで黙ってられるか! ヨォ!?」
口々に反論する不良たち。
だが、彼らは恐怖を隠し、虚勢を張って喚いているだけに見えた。
「ふーん? じゃあ訊くが花園はこのことを知ってるのか? お前たち、あいつに無断で動いてるわけじゃないよな?」
金髪少女の眼光が不良たちを射貫く。すると、
「くおっ……」
「ぬえっ……」
「うくっ……」
不良たちはあっという間に押し黙った。いや、本当にどうなっている……?
「はっ! 不在の間にわたしと諍いを起こしたなんて花園が知ったらどう思うだろうな?」
金髪美少女はここぞとばかりに畳みかけて言った。
「鳥谷ィ! 花園さんが戻ってきたら覚悟しとけよ! オォ!?」
「そいつを庇うってことは花園さんとコトを構えるってことだからな! ハァン!?」
「そんときはその澄ました顔を泣きっ面に変えてやるぜ! ヨォ!?」
捨て台詞を吐いて去っていく不良たち。
マジで……? 帰ってくれるの? 危機は去った……のか?
やがて、すっかり不良たちの集団が見えなくなると――
「これで大丈夫だな! 怪我はないか? よーしよしだ!」
金髪の彼女は俺の頭を撫でて身を案じてくれた。
背伸びをしながら上目遣いで心配してくれる姿は……そう、まるで天使だ……。
金のエンゼルや……。思わずキュンときてしまった。
これがナデポってやつだろうか? バブみというやつだろうか?
もっと甘えてよいのか?
「本当に助かりました。ところであなたは……?」
俺が訊ねると、金髪の少女は胸を大きく張って、
「わたしは鳥谷ケイティ! 馬飼学園の二年生だ! 他の生徒からは馬飼学園の四天王とか言われてたりもするな!」
「…………」
え、四天王……?
「あのー、四天王って、蚊取り線香とかいうやつでしたっけ?」
「花鳥風月だぞ」
即座に訂正された。うん、まあちょっと違ったな。
てか、この人、四天王って花園と同じやつじゃないか?
だとしたら、彼女もどっちかっていうとやべーやつの括りなのでは……?
助けてもらってなんだけど。
彼女――鳥谷先輩はまともに関わってはいけない人物なのでは?
「しんじょー君よ! わたしは君に興味があって復学するのをずっと待ってたんだ!」
鳥谷先輩はニッコリと俺に手を差し伸べてくる。
正直、正体を知ってしまうと無垢そうな好意もすべて警戒の対象になってしまう。
「俺に興味?」
「そうだ、入学早々、あの花園を叩きのめした一年がいると聞いたら興味を持たないわけがないだろ?」
「いや、あれは成り行きでそうなっただけというか……」
「でも、あいつを病院送りにしたのは事実なんだよな?」
「そうですけど、あくまで結果論というか……」
「なんで素直に認めようとしないんだ? 誇らしくないのか?」
そりゃ不良の業界じゃ勲章なのかもしれないけど。
俺は堅気の衆として青春を送りたいんで。ノーセンキューな実績なんすよ。
「そのせいでクラスじゃ怖がって誰も近寄ってくれなくて……。これ以上孤立しないためにあんまり認めたくないんですよ」
「へぇ、そんなことになるもんかぁ?」
鳥谷先輩は不思議そうに首を傾げた。
きょとんってフォントが似合う雰囲気の仕草。やっぱり見た目は可愛い。
「みんな、俺と一緒にいて不良に絡まれるのを避けたいんだと思います」
「ああ、そういうことか! 弱っちいやつらだなぁ……チンポコついてんのか?」
「…………」
容姿と声に似合わない下品ワードが出た。
聞こえなかったことにしよう。
「まあ、今日みたいなことがあるなら気持ちもわからなくないかなって。俺は普通に友達を作って楽しく高校生活を送りたかっただけなんですけどね……」
もう叶わないかもしれない理想の青春。でも、後悔はしてないぜ? 誰かを見捨てた先に得られる楽しみなんてロクなもんじゃないだろうからな! ぐすん……。
「ふーん? けどさ、要はそれって花園からの報復を心配しなくてよくなればいいんだろ? だったらわたしにいい考えがあるぞ!」
「ええっ、本当ですか! ぜひ聞かせてください!」
藁にも縋る思いで俺は訊ねる。
それはもう食い気味に。諦めていた夢に一筋の光が!
鳥谷先輩はドヤ顔になって、
「ふふん! 簡単だ! 君がわたしの庇護下にあると周知すればいい! そうすれば花園一派だけでなく、他の連中もおいそれと手出しできなくなるはずだ。さっきの連中もグチグチ言ってたが大人しく引き下がっていったろ?」
「でも、庇護下というのは……? 不良のグループに入るってことでは?」
「違うぞ! わたしが君の後ろ盾になるってことだ! そして、君がわたしのファミリーに加入するということでもある!」
「ファミリー? 家族……?」
あれ? なんかほんわかした響きでいい感じがしてきたぞ?
「もちろん本物のファミリーじゃないぞ? せっかくこうして同じ高校で先輩と後輩になったんだから、それくらい強い結びつきを育んでいこうって意味合いのものだ!」
なるほど、心の友というやつか。
友人になった相手をファミリーと呼ぶってことだよな?
鳥谷先輩は西洋風の容姿だし、そこら辺のワードチョイスも海外っぽいのだろう。
なんかいいぞ。いい気がしてきたぞ!
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