前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 十三話


 段田理恩もとい、ダンタリオンとの勝負から日は経ち。
 今日は七月上旬、期末テストの最終日である。
 朝、校門の前で偶然にも鳥谷先輩と会ったので俺は彼女と一緒に昇降口まで向かっていた。並んで歩きながら、テストが終わったら試験休み期間でどっか行こうぜ! みたいな話を二人でしていると、
「姐さーん! てーへんだ! てーへんだぁ!」
 鳥谷先輩の舎弟の一人が息を切らしながら駆け寄ってきた。
「な、なんだとぉ! 誰の成績が底辺だッ! 言っておくけど、昨日のテストは40点か50点くらい取れた手応えがあるんだからな!」
 鳥谷先輩は舎弟さんの言葉に憤慨した態度を見せる。
「いや、違うんすよ! 底辺じゃなくて、大変なんすよぉ!」
「はあ? 何が大変だっていうんだよ」
 鳥谷先輩に凄まれた舎弟さんは泣きそうになりながら話を続けた。
「実はオレ……昨日、駅で見ちゃったんすよ! あいつが戻ってきてるのを……!」
 あいつ……? 思い当たるフシがなくて俺は首を傾げる。
 あっ、もしかして花ぞ――
「あの男……馬飼学園四天王で最強の男、月光雷鳳(つきみつらいほう)が帰ってきたんですよぉ!」
 全然違ったわ。

「わたしは別にあいつが最強だなんて認めてないけどな! まあ、対外的な評価がそうだってのは知ってるし、結構……そこそこ紙一重でわたしより強いのはそうだけど……」
 テストが終わった後、将棋ボクシング文芸部のメンバーは何となく部室に集まっていた。溜まり場っぽい感じだから、自然と足が向いちゃうんだよな。
 鳥谷先輩は今朝の話題を蒸し返しながら不平を漏らしている。
 唇を尖らせて椅子の上で上体を前後に揺らす姿はちっちゃい子供が拗ねているようでどこか微笑ましい。
「ねえ、その月光って人、ずっと学校に来てなかったのよね? 一体、今までどこで何をやってたのかしら?」
 結城優紗がもっともな疑問を口に出す。
「そうっすね、なんかキャリーケースとバックパックを背負ってて……どっかに旅行でも行ってたんじゃないかなぁって出で立ちでしたよ」
 今日のお茶汲み係は朝、鳥谷先輩と俺に報告をしにきた舎弟さんであった。
「旅行? 一学期を丸々休んでまで旅行って、普通そんなことするもんか……?」
 俺からするとありえないことなんだが。
 出席日数とかテストとかぶっちして旅行って進級できないじゃん。
「うーん、でも、あいつは少しおかしいからなぁ……」
「そうだな、あの男は常軌を逸している。彼奴ならさもありなんといったところだ」
 鳥谷先輩と風魔先輩、この二人がそこまで言うのか。ん……? 風魔先輩だって?
「月光が帰ってきたとなれば、ほぼ間違いなく君に勝負を持ちかけるだろうな」
 開かれたサッシの向こう側に風魔先輩が立っていた。
 当然な顔で外から会話に参戦してきてるの何なの……。
「風魔先輩……」
「窓が開いていたのでな。部屋の中に失礼してもいいだろうか?」
「アッハイ」
 俺が頷くと、風魔先輩はドアを開けてスムーズに入ってきた。
「どうしてうちの部室に……?」
 そこはかとなく怖いなぁと思いながら俺は訊ねる。
「月光は……あの男は弱者には興味がないが、少しでも強いと噂になった者には片っ端から戦いを仕掛けにいく危険な性質の持ち主だ。恐らく、入学してから一気に名を上げた君は狙われてしまうだろうと思って警告に来た」
 風魔先輩が部室の椅子に座りながら言う。凜とした雰囲気の容姿のせいか、ただ腰掛けただけなのにその所作には気品のようなものが感じられた。
 ああ、武道とかやってて姿勢がいいせいでもあるのかな?
「おい、何が警告だ! そういうのはわたしが教えてあげるからお前はいらないんだ! しんじょーの先輩はわたしだぞ!」
「私も彼の先輩だが? ついでに言えば君の先輩でもある」
「わ、わたしは部活においても先輩だ! 繋がりがダンチなんだ!」
 張り合う鳥谷先輩。彼女の中で先輩風ブームが来ているのだろうか。
「ならば私もこの部に入ろうか? 確か、馬飼学園の校則では学期の途中からでも入部は許されていたはず」
 風魔先輩が恐ろしいことをのたまいだした。
鳥谷先輩が論破して断ってくれないと、俺は放課後にひたすら不浄の穴についての布教をされてしまうかもしれない。
「悪いな、風魔、この将棋ボクシング文芸部は六人用なんだ!」
 …………。
 これは無理か……俺が諦めていると、
「むむ、そうなのか……? そういうしきたりがあるのなら致し方あるまい……」
 鳥谷先輩の適当な言い分で納得する風魔先輩。
 この人、見た目に反して簡単に良くない人に騙されそうだね……。
「別にそういう決まりはないんだけどなぁ」
 黙々と棋譜並べに勤しんでいた丸出さんが静かにツッコミを入れる。
 ホントだよね。
 今年、人数不足で合同になって誕生した部にそんなルールあるわけないのに。

「その月光ってやつはそんなやばいんですか? 何か学園の四天王で最強って言われてるらしいですけど」
 舎弟さんが大騒ぎをして、風魔先輩が警告にくるほどだ。
 どういう輩なのか俺は少し気になって訊ねてみた。
「あいつ、異常に身体が頑丈なんだよなぁ。トンファーでいくら殴っても全然効かなくてさ。仕舞いにはわたしのマイトンファーを奪い取って素手でボキボキに折りやがったんだ! アレ、お気に入りだったのに!」
鳥谷先輩は思い出して腹が立ったのか、プンスカと頬を膨らませて言う。
 次に風魔先輩が目を閉じて回顧するように口を開く。
「私も彼奴と一度だけ対峙したことがあるが……決着は結局つかなかった。そもそも、あの男は本気で私に向かってこなかった。実力を測るかのように終始技を受け流されて――最後は飽きたと言って向こうがどこかへ行ってしまった。私も真の力を使っていなかったが、全力を尽くしても差が縮まるとは到底思えない感覚があったな」
 真の力とはあの棒を刀にできる能力のことだろう。
 いくら最強の不良相手でも、さすがに人間との喧嘩でポン刀は持ち出せないもんな。
「君も私を相手にしたときは随分と加減していたようだったが、彼奴もまた私に実力の底を見せることはなかった。月光の本当の実力は未知数だ。もし相見えることになったら、十分に気をつけて臨みたまえ」
 風魔先輩がいつになくマジな感じで俺に言ってきた。
「あいつに絡まれたらわたしを呼べよ! いつだって仲間を集めて駆けつけてやるからな!」
「新庄サン! オレらは一蓮托生っすよ! 頼って下さいね!」
 鳥谷先輩、舎弟さんも声をかけてくる。
 何か、みんなして不安を煽ってきてない……? 
 いや、本人たちは俺の身を案じてるつもりなのかもしれないけど。
 さっきまではまあ大丈夫やろって思ってたのに、あんまり言われるもんだから逆にちょっと心配になってきたぞ。
 ちなみに花園のやつは一年生のときにワンパンで月光に沈められたらしい。

「鳥谷先輩たちはああ言ってたけど、あんたならきっと余裕でしょ?」
月光の話題が一段落して風魔先輩が帰った後、結城優紗が『自分はちゃんとわかってるから』とでも言いたげな言葉を耳打ちしてきた。
「何せ、あんたは勇者のあたしすら簡単に捻る魔王だもんね!」
「ああ……うん……」
 フラグっぽくなりそうだからそういうことを言ってくるのはやめてほしいなぁ。
「なんなら、あたしが先に月光ってやつをやっつけてやろうかしら。魔王を倒したければあたしを倒してからにしろ! みたいな?」
 ワハハと脳天気に笑う結城優紗を見て、まあ、確かに最強の不良っていっても宇宙人や悪魔を倒してきた俺が今さら恐れることはないよなと冷静に思った。

 そういえば、江入さんは月光の話をしていた間もずっと部室に持ち込んだノートパソコンでユーチューブを見ていた。
 画面に映っているのは3DCGの女の子が雑談をしている配信のアーカイブ。
 この前はエンタメ寄りの本だったが、とうとう部室で活字を読まなくなったか……。
「これらの動く絵の畜生たちはなぜこうも人気なのか……非常に興味深い……」
 熱心に見ながら、微妙に失礼っぽいことを呟いている。
 畜生って、きっと褒め言葉ではないよね? 
 その界隈には詳しくないからよく知らんけど。
 ちなみに江入さんといえばテストである。
 力を取り戻してまたカンニング無双するのではないかと懸念されていた江入さんであったが、俺が途中で宇宙船を壊してしまったことで知識のデータを完全にはダウンロードできなかったらしく、結局彼女は今回もまた否応なしに自力でテストに臨むことになった。
 宇宙パワーを使わない江入さんは間違いなく赤点を取ると思ったので、俺は同居人のよしみで勉強を見てやったのだが――
 日本の義務教育で習う範囲がそもそも怪しかった江入さんに高校の学習内容を教え込むのは非常に難儀なことであった。
 しかし、どうにかこうにかヤマを張った要点部分だけを丸暗記させることには成功した。
 睡眠時間を削っての突貫工事だったが、多分、赤点の回避くらいはできているはず。
 というか、頼む、できていてくれ……!
 自分の勉強もしながら夜中まで付き合った日々の苦労を無駄だったとは思いたくない。

 夏休みに合宿という名目で行なう旅行について話し合ったりしているうちに夕刻となった。
 俺たちは部室に施錠をして下校する。
「あれ? 江入さんって帰りこっちだったっけ?」
 俺と帰り道が同じ方向の結城優紗が、付随してきた宇宙人少女の存在に疑問を抱く。
「あ……これはえーと……」
 マズい、テストが終わった開放感に浮かれて油断していた。
 これまでは別々に登下校して気をつけていたのに。
「致し方ない事情により、こちらの方面から帰宅することになった。恐らく、今後もそうなることが予想される」
 はあ? なんでカミングアウトしちゃうの!? たまたま今日はこっちに用事が……とかで誤魔化したりすればいいじゃん。
 いや……。彼女はもしかしたら毎度時間をズラすのがいい加減面倒になっていたのかもしれない。
 無表情系キャラのくせに手間を億劫に感じる感情を持ち合わせていたのか……。
「へえ、江入さん引っ越したの? どこら辺? あたしのウチと近い?」
「どちらかといえば、彼の家と近い」
 江入さんは俺を指差して言った。危ういところまで開示しなくていいから。
 近いというか、俺の家の中だし。
「ふーん? こいつの家と……」
 怪しむ結城優紗の視線。
 吊り目の大きな瞳が何やら口ほどにモノを言ってきている気がした。

 分岐点で結城優紗と別れ、俺と江入さんはマイハウスに帰宅。
 ちなみに江入さんは玄関からではなく窓から俺の部屋に出入りします。
 姿を認識させなくする何かをやってるらしいので通報されたりとかは今のところないです。

「ん……? 電話……?」

 夕飯を食べ終えて風呂に入り、自室でくつろいでいるとスマホの着信音が鳴り響いた。
 ディスプレイを見ると、発信者は結城優紗となっている。
 こいつがこんな時間に電話してくるなんて珍しいな。何の用だろう?
「もしもし?」
 俺が電話に出ると、
『新庄ッ! あのクソ腹立たしい月光とかいうゴリラヤロー! もしあんたに喧嘩を売ってきたら絶対ボコボコにしてやんのよ!』
 開口一番、結城優紗はめちゃくちゃな怒鳴り声でそんなことを言ってきた。
「は? どうしたんだいきなり? 月光と会ったのか? お前、何かされたの?」
 彼女と最後に会ったのはほんの数時間前である。
 そのときは月光と面識なんてなかったはず。つまり、俺と道で別れてから……?
『何かって、そんなの本人の口から言わせるつもり!? あ、あの男は……あたしにとんでもない屈辱を与えてくれたわ……あたしは……くっ、酷い辱めを受けたのよ……』
 感情のこもった震える声で語る結城優紗。
 え……? それって一体……?
 シリアスに沈む彼女に俺は何と声をかけたらいいのかわからなくなった。
「えと、あれだ、病院とか行ったか? なんなら警察に一緒に付き添おうか?」
『あ、いや……い、いらない……そういうのはいいから……』
 結城優紗は言葉を濁しがらも拒否の意思を明確に伝えてくる。あまり大事にはしたくない様子だ。これはマジな案件なのか……? 何をされたってんだよ……。
『あいつに勝てるとしたら、きっとあんたしかいないわ。それくらいあいつは強い。実際にやりあって、よくわからせられた』
先にやっつけてやると息巻いていた彼女がここまで意見を翻すなんて……。
 勇者の力を持つ結城優紗が完全に力の差を認めている。
「もしかして月光も転生者とかチート持ちだったのか? もしくは悪魔とか」
『悪魔……? ううん、そういうのは知らないって言ってた。でも、実際はどうかわからない。だって、あんなの人間じゃありえないもの。あいつ、まるであんたと戦っているかと錯覚するほどだったわ。あの非常識な感覚は本当にそっくりで――』
「…………」
『とにかく、やるなら油断しないで戦いなさい! そんで絶対ざまあするのよ! あたしの仇を討ちなさい! 言いたかったのはそれだけ!』
 一方的に捲し立ててから、結城優紗はぷつりと通話を切った。
 …………。
 ざまあするってなによ。

 結城優紗はどういうわけか、月光雷鳳と対決したらしい。そして、その強さに敗北し、酷い辱めを受けたと……。
 結城優紗が語ろうとしなかったのでどんなことをされたのか詳細はわからないが、もし本当にシャレにならないことだったら俺は――
「…………」
 月光雷鳳は俺を彷彿とさせる強さだと彼女は言っていた。
 俺でなくては倒せないはずだと。
 それは要するに月光が魔王クラスの力を持っているということか?
 そんなことってあり得る?
 だって、いくら学園最強とか言われててもしょせんは日本の高校生だぜ?
 段田理恩みたいに実は悪魔が憑依していたとか、そういうわけでもなさそうだし。
「うーん……」
 考えてもモヤモヤするだけだった俺は寝ることにした。
 試験勉強で疲れも溜まっていたしな。


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