前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 六話


 その日の部室は偶然にも俺と江入さんの二人だけだった。
 本のページを捲る音が二重奏。
 パラパラ……。
 すごく静かだ。酒井先輩と鳥谷先輩の騒がしい二人がいないとこんなもんか。
「ふむ……」
 ボクシング部のバーベルが視界に入った。
 ちょっと筋トレしてみるか。
 床からバーベルを持ち上げる種目。デッドリフトってやつをやるぞ!
 ガシャンガシャン。
「…………」
 魔王の力を持つ俺からすると、部室にあるプレートを全部つけても握っただけで持ち上がっちゃうくらい軽かった。
 これ、無意味すぎるわ……。
 ちょー空しい。
 筋トレを趣味にできないとわかって俺は少しへこんだ。
 別に筋トレにそこまで興味があったわけじゃないけどさ。
 趣味の可能性がひとつ消えるというのはそれだけで切ない気持ちになるもんだ。

 切なさを痛感した俺は読書を再開した。

「ふう……」
 キリのいいところまで読めたし、今日はいつもより早いけど帰ろうかな……。俺は本を閉じて栞を挟み自分の鞄にしまった。
 持ち帰るのは江入さんに許可を取ってある。
 小説って、休み時間の暇を潰すのにもってこいなんだよね。
 生徒手帳を読むよりよっぽど有意義に過ごせる。
「江入さん、俺はもう帰るよ。鍵は任せていいかな?」
「…………」
 江入さんは何も言わない。おかしいな。いつもなら返事くらいはしてくれるんだけど。
 どことなく違和感を覚えながら俺は部室のドアノブに手をかけた。
 ……が、ドアノブは回らなかった。回しても反発してくる。
 何者かによって妨害されているようだった。
「…………!」
 外側から逆に回していやがるッ……。なんて握力だッッッ! 
 いや、待て待て。これ握力なの? なんか念力っぽい感じで反発してるような……。
「新庄怜央……」
 背後から無機質な声で名前を呼ばれる。
「ヌウッ!?」
 力を込めていたので思わず変な唸り声で返事をしてしまった。
「なんだ、江入さんか……」
 いつの間にか真後ろに接近していた江入さんがいた。
 彼女の青みがかったショートカットの黒髪がさらりと揺れる。
「新庄怜央、貴方は一体何者?」
 謎な質問をされた。さっきは無反応だったのに。いきなりどうしたんだろう?
「何者って、江入さん、どういうこと?」
「貴方の正体について、私は訊いている」
 なぜ彼女がこんな質問を急にしてきたのかは不明だ。
 しかし、まさか前世が魔王ですと答えるわけにはいかない。
「正体って、どういうことかな?」
 俺がすっとぼけると、
「………………。このままでは真理に迫った回答は得られないと判断した。よって異空間フィールドを展開し、武力的な制圧を視野に入れた対応に移行する」
「は……?」
 次の瞬間、俺たちは部室ではない場所に移動していた。いや、正確には俺と江入さんを中心に周囲の景色が塗り替わっていったという感じか……。
気がつくと俺は灰色な景色が延々続くだけの広い空間に閉じ込められてしまっていた。
 ここはどこだ? 何をされた?
 これは江入さんの仕業なのか? 一体どうやって――
「出口を探しても無駄。この異空間フィールドから逃げることはできない」
 彼女は俺が逃げ場所を探していると思ったようだ。
 もちろん帰り道は教えてほしいけどね。
「江入さん、君は何者なんだ……? これは何をしようと……?」
 今度は俺が正体を質問する番だった。いや、マジでなんなの。無口でコミュニケーション取りにくい女の子だと思ってたら、いきなりわけのわからないことを言い出して得体の知れない力を使いだした。こわいよぉ、ホラーだよぉ。
「私は銀河惑星連盟大帝国、先遣調査クローン部隊所属、【エイリア】シリーズ、個体識別記号『ン・NA』である」
「…………」
 日本語でおけ? 余計にわからなくなったよ……。
 銀河……惑星……。SFか?
「私はこの惑星の観測を行なうために帝国の本星からやってきた調査員。我が祖国である帝国の目的は銀河系惑星の統一にある。私の役目は侵略予定の惑星に先んじて潜入し、脅威度の測定を行ない、本星が適切な戦力を派遣できるようデータを揃えること」
 ふむふむ……。えーと、要するに彼女は地球を侵略しにきた宇宙人? 
 うわ、それってエイリアンじゃん! 本当にいたんだ!
 月刊ムゥの編集部に教えてあげたい。
「君は宇宙人のスパイってことか?」
「この星の言い方ならばそれでいいはず」
「なんとまあ……」
 地球人の常識では信じがたいことだ。けど、前世が魔王の俺がそれを言ってもね。
 超常的なことを実際に引き起こしてるし、彼女が電波や中二病でないのは間違いない。
「なぜ俺に正体を明かしてそんな話をするんだ?」
 普通に考えて侵略先の相手にバラすのは愚策だろう。まあ、俺がこのことを国の偉い人に伝えたところで信じてもらえるわけないし、こんな異次元空間を作り出せる文明に地球が太刀打ちできるとも思えない。
 あ、そっか。
 よく考えたら俺一人に話したところで何か変わるわけじゃないんだな……。
「私はこの惑星を数年に渡って観測していたが、これまで帝国の脅威となり得る対象は確認されていなかった。この惑星の侵略難易度はGランクで安定していた。しかし、一か月前、この星に突如として帝国の脅威となり得る存在が現れた……」
「脅威となり得る存在?」
「そう――貴方、新庄玲央のこと……」
 江入さんは俺を指さした。これ、人に指をさしちゃいけません!
「俺? 俺はただの高校生だよ?」
「とぼけるのは無駄、我々は独自のツールを使って力のある存在を検知することができる」
「…………」
「先日、貴方が個体別脅威Cランクの結城優紗を容易くねじ伏せたことは把握している」
 あれを見られてたのか……。じゃあ言い逃れはできないな。
 結城優紗がチート的な能力を持ってるのも知ってるっぽいし。
 どうやら彼女の調査能力は本物のようだ。
「貴方はこの星で銀河惑星連盟大帝国に敗北をもたらしかねない唯一の人物。貴方の存在を認識してから、私はこうして二人だけで対話できる機会を窺っていた」
 そういえば脅威度の最高ランクがいくつかは知らないけどさ?
 仮にもチートを授けられた勇者がCって低くね?
 いくらなんでもCが最高ランクってわけはないはずだし。
 俺だけが勝利の妨げになると捉えているって相当な自信だよな。
 銀河なんとか帝国は勇者すらも容易に抑え込める戦力を備えているということか? 
 分析が正確に行われているのならば、銀河なんとか帝国は俺が率いていた魔王軍と同等かそれ以上の勢力があるのかもしれない。
「俺と対話して、どうするつもりだったんだ?」
「帝国はいかに未開で格下の惑星であろうと確実な勝利のために最善を尽くす。今回、本星は貴方との戦闘を回避して帝国側に取り込むことが最も効率的と判断した。貴方が帝国の軍門に下るのならば、帝国は地球を占領下にした後、貴方にこの星の統治を委任してもよいと条件を提示している」
あ、これって協力するなら世界の半分をくれてやるとかそういうやつだ! 貰えるのは半分じゃなくて全部みたいだけど。俺を地球の王にしてやるよってわけか……。
 石油王より遥か上の存在である。しゅごいスケールだ。
 いや、待て……。冷静になってよく考えろ。統治を委任って、つまり代官みたいなことをやっていいよって話じゃないか? それって中間管理職じゃん!
 そういうのって、どうせ本星とかいうところに決まった年貢を納めないとダメなんでしょ? 上が命令してきたら言うこと聞かないといけないポジションなんでしょ?
「もちろん、この惑星で得た収益の何割かは本星に税として納めることになる。また、戦時下においては戦力を提供する義務も発生する」
 ほらやっぱり! 部下と上司の板挟みになって一番苦しむところじゃないか! 
 ふざけるなよ……! 統治者って大変なんだぞ。
 全員がちゃんと素直に従ってくれればいいけどさ。
 下剋上を狙ってくるやつとか。こっそり汚職を働くやつとか……。
 そういう馬鹿な連中を押さえつけながら国民の生活にも気を配らなきゃいけなくて、マジ苦労が絶えない仕事なんだからな? 魔王のときは自分が一番偉かったからギリギリ耐えられたけど、それを上司がいる状態でやれとか何の罰ゲームだっつーの。
「そんな条件、お断りだっ! 支配者としての苦労を抱えながら上司の機嫌も気にしなきゃいけない立場なんて真っ平ごめんだぜ」
「まるで支配者の経験があるかのようなことを言う……意味不明」 
 俺が前世の経験を踏まえて答えると、江入さんは怪訝な表情を見せた。
「統治権は不要と? ならば何を所望する?」
「何もいらん」
「何も? 無条件で帝国の傘下に入ると?」
「いいや、俺は帝国には寝返らない」
「なら、ただ侵攻をただ静観するということ?」
「それも違う。俺は帝国とやらに尻尾を振るつもりはないし、攻めてくるなら叩き潰してでも地球を守る。要するに地球に来るんじゃねえってことだ」
 俺はしっしっと手を払う仕草をする。
 同級生の女の子にこんな失礼なことをする日が来るなんてなぁ。
「…………」
 江入さんは信じられないといったように目を見開いた。
 ほう、鉄仮面と思っていた彼女もこんな表情できたんだな。
「交渉は決裂と判断……。貴方を帝国の敵対者と認定する。次善手である、惑星との本格的な交戦開始前に対象を排除するフェーズに移行」
 江入さんは溜息を吐くと、どこからか金属製のベルトのようなものを取り出して腰に巻いた。
「本星に通信……現地生命体との交戦許可を申請する。こちら先遣調査クローン部隊所属、【エイリア】シリーズ、個体識別記号『ン・NA』。戦闘鎧の使用許可を願う、許諾確認――」
 そして視線をやや上に向けて見えないどこかにブツブツ呟いたかと思うと、
「『 ≪インストーリング≫ = ゴルディオン・トマホーク』」
スマホみたいな長方形の端末をバックル部分の窪みにカチリとセットした。

「おおっ?」
 気が付くと、黄金に輝く鎧を纏って巨大な斧を携えた江入さんがそこにいた。
 これはパワードスーツというやつか? 
 小柄な江入さんが重装歩兵みたいな雰囲気で厳めしくなってる。
「この異空間フィールド内では、私の戦闘力は飛躍的に上昇する。さらに戦闘鎧の使用を許可されている今の私は数万の艦隊すら沈めることが可能――」
「ほう……」
「帝国の理想のために消えなさい」
 宇宙で流行ってる戦う前の決まり文句なのだろうか?
 最後の台詞だけなぜか敬語になって、江入さんはズシンズシンと接近してくる。
 彼女は手に持った巨大な斧を振り下ろしてきた。
 ま、とりあえず――
「消えねンだわ」
 ぱしっ。
 俺は斧の刃を指で摘まむようにして止めた。
 おっと、つい手の平に刃が当たらないような止め方しちゃったよ。
 今の俺なら手で防ぐ必要もないのに。
 まだ人間としての防衛本能が残ってるんだよね。忘れずにいきたい、人の心。
 人間だもの――れを。
「な……止められた……!?」
 一方、驚愕の表情を浮かべている江入さん。
 ふふん、これくらいなら余裕ですわ。
 どんなもんだ。
 とはいえ……実はチキって腕力デバフのブレスレット外しちゃったんだけど。
 だって数万の艦隊とか言うじゃない? 
 そりゃ警戒もするさ。まあ、外して正解だったよ。
 100%のパワーなら余裕だけど、7割減じゃ止めるのは無理だったと思う。
「未開の惑星の現地人に、銀河惑星連盟大帝国の科学力の粋を集めて作られた戦闘鎧の一撃が防がれるなど……異空間フィールドの効果もあるのに……信じられない……」
 江入さんは絶え間ない攻撃を仕掛けてくる。俺は魔法で結界を張って、それらをすべてガード。ドッガンドッガンと重低音が響き、巨大な斧が結界を破壊しようと何度も叩きつけられる。
 へえ……。これはすごいな。多分、俺が戦ったどのチート持ちの勇者たちよりも一撃が重いんじゃないか? あんまり記憶にないけど。
 前世の世界の建築基準で作られた城なら一発で軽く吹き飛ばせてしまうかもしれん。

「『 ≪スライドインストーリング≫ = シルバリオン・ソード』」

 このままではジリ貧と判断したのか、江入さんは銀色の鎧にモードチェンジ。
 バックル部分の端末を入れ替えると装備を変換できるらしい。
 さっきまでの金色のやつと違ってシュッとして軽そうな鎧のデザインになった。
 重装歩兵から騎士にって感じ? 武器も斧から剣に変わっている。
「むっ!」
 素早く俺の背後に回ってきた江入さん。やはり、銀色になったことで機動力が上がっている……のかな? 金色の性能を把握していないから推測だけど。俺は背面にも結界を構築させる。
 しかし――

 ガッ。

 江入さんは結界が完成する前に剣の先端を突き立てて内側に滑り込ませてきた。
 ベキベキ……。
 そして、そのまま剣先を強く押し込んで結界をこじ開けようとしてくる。
「ああああああああああ――ッ!」
 いつも小声の江入さんが叫んでいた。声を張って、必死に結界の穴を広げようと頑張っている。まあ、無駄だと思うがね。
 でも、結界が完全に展開する前の隙を突くことができたのはすごいと思う。
 自慢じゃないが、俺の結界展開速度は元の世界で最速クラスだったし。
 だけど、こんな工夫をしてくるのは正面から叩き潰す横綱相撲を諦めたということ。
 即ち、俺を同格か格上と認めたということ……。
「底が知れたな」
「な、何を……!?」
 俺は結界を解除した。もう、こんなのはいらない。力量は把握できた。
 彼女は――俺より圧倒的に格下だ。
「正面から受け止めてやる、カモンベイベー」
「…………」
 人差し指でクイクイっと煽るジェスチャーをすると、江入さんはムッとした顔になった。
 いや、無表情なんだけどね。何となくわかる雰囲気がでてるのよ。
 俺はひょっとしたら江入さんソムリエの才能があるのかもしれない……。

 クイクイっと煽ってから数分が経過した。
「ああぁあぁあぁぁぁぁぁぁああああああぁあぁああああぁ――ッ!」
 江入さんはもう澄ました表情を取り繕う余裕もないみたいだった。
 形相を歪め、連続で俺に剣戟を食らわせていた。刺したり斬りつけてきたり。
 それらをものすごいペースで続けている。
 しかし彼女の剣は通らない……。ボゴンッボゴンッという、人体を金属で殴る生々しい音だけが鳴り響いている。あ、ちなみに音はエグいけど全然痛くないです。
「これでもかっ!」
 ガンッ! 鎖骨に容赦なく剣が上段から振り下ろされた。
 でも、やっぱ微塵も痛くないっす。
 俺の身体はオリハルコンより頑丈と評判だったからな。
 記憶を取り戻す前ならガッツリ重傷でやばかっただろうけど。
 …………。
 というかさ……。ふと思ったけど。
 前世を思い出したから肉体の強度も上がるってどういう理屈だ?
 今さらながらのセルフツッコミ。普通に考えたらおかしいよね。
「うーん……」
 まあ、どうでもいいかな。
 そうなったもんはそういうもんだって受け入れていくのが人生を楽しく生きるコツだ。
 俺はそういうポリシーで生きている。

 いつの間にか江入さんの攻撃が止まっていた。
「あ、もう終わり?」
「くっ、剣が刺さらず、斬れもしないなら……」
 息切れしているが、江入さんは諦めていないようだった。
 エイリアンも息切れするんだね、ということは置いといて。
 バックル部分の端末を再度入れ替え、江入さんは再び斧が武器の金色モードになった。
「『 アドベント = オーバークロック 』」
 彼女が謎の呪文を唱えると、斧がガシャコンガシャコンと変形していく。刃が縦と横にデカくなって、刃の反対側にブースターのようなものが展開された。
 なあ? 拡張された部分、体積的におかしくないか?
 アレらはどこに収納されていたんだろう。物理法則無視かよ。
「があぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁああッ!」
 江入さんの一撃が渾身のフルスイングで俺に打ち込まれる。
 俺はそれを腹筋で受け止めて――
 ドゴゥッ!
 …………。
「さあマッチポイントだ」
 ノーダメージであることを彼女に告げた。


「これでも駄目なのか……」
 江入さんは武器を取り落としてガクリと膝を着く。これですべて受けきったかな?
 向こうの策は尽きたと判断していいだろう。
「次で終わりにするぞ」
 マッチポイントって言ったしな。まずは、あの邪魔な鎧を脱衣させよう。
 この空間で暴れても部室が壊れることはないと江入さんは言っていた。
 外に影響がないのなら遠慮なく強力な魔法を使わせて頂こう。
「ふんっ!」
 俺は魔力で衝撃波っぽいものを放って江入さんの鎧を破壊した。バラバラになった鎧は地面に落ちる前に粒子となって消える。宇宙の科学ってすごいね。どういう仕組みかは不明だが。
 ゴミが残らないのは非常に素晴らしいことだ。
「うぐっ……」
 びくんびくん。
 全身に強い衝撃を受けた江入さんは痙攣しながら這いつくばっていた。俺はそんな彼女にのっしのっしと近づいた。江入さんの頭部を掴み、魔力を彼女の体内に巡らせる。
「ああ、これだな」
 俺は気になっていたものを探り当てた。
「よし、いくぞ!」
「…………?」
 江入さんの頭を撫でながら魔力を操作する。
「これで君は自由だ!」
 バキィンッ! 大きな音が鳴った。
「う、うわわああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁっ――!」
 苦痛に満ちた声を上げて頭を掻きむしる江入さん。
 おかしいな……。肉体的には何も損傷してないはずなのに痛がってる。
「これ、一体……何した……」
 江入さんが俺を睨んでくる。呼吸が荒くなって意識が朦朧としている模様。
マジでつらそう(小並感)。
「いや、なんか江入さんの身体に気持ち悪いものがあったから」
「あったから……?」
「壊しちゃった」
「…………!」
 嫌な雰囲気のエネルギーを発してたり、こっちを見てる感じがして気色悪かったんだよ。
 多分、あれって江入さんに対する首輪みたいなもんだったと思うんだけど。
「本星と交信ができない……まさか私のタグを……! なんてことをしてくれた……」
 江入さん、めっちゃおこみたいです。でも、苦情は一切受け付けません。だって別に彼女を助けようとかそういう意図は一切ないし。
 単純に江入さんをフリーな状態にしたらアレをつけたやつがめっちゃ驚くやろなぁって好奇心で実行しただけだから。
 勇者の召喚魔法を解除してたのと同じノリですね。

 やがて、俺たちを隔離していた空間が崩壊を始めた。
 灰色の景色がバラバラと剥がれ落ちていく。
 やっと部室に帰ってこれた……。
 まあ、本気で暴れたら自力で脱出できたと思うけど。
 それでうっかり部室まで吹き飛ばしたらまずかったし。
「部室に戻してくれたってことは、降参ということでいいのかな?」
「別に……タグなしでフィールドを維持することが不可能なだけ……」
 ふらつきながら立ち上がる江入さん。まだ負けを認めないと?
「…………」
 無言。やらないみたい。
 俺と戦っても無駄だというのは理解できたようだ。よかったよかった。まだ短い付き合いとはいえ、同じ部活の仲間にトドメを刺すのは気が進まなかったからな。
 一回くらいは見逃してやろう。
「タグを壊されて本星との連絡も取れない。私はこれからどうすれば――」
 江入さんは死んだ目をしながらブツブツ言っている。絶望で表情が失われていた。
 もともと無表情なのにさらに失ってるのがわかるレベルってすごいよね。
 それだけショックが半端ないんだろうけど。
「ねえ、諦めて宇宙に帰ったら?」
「それができるなら苦労はしない」
「じゃあ、今まで通り普通に高校生をやっていればいいんじゃない?」
「…………」
 恨めしげな視線を送られた。確かに命令で来たんなら簡単には帰れないか。
 でも、俺には関係のないことだから……。
「じゃ、また明日ね、鍵はよろしく!」
「…………」
 江入さんを残して俺は部室を後にした。

 部室を出ると外は夕暮れでオレンジ色の空になっていた。
 下校時刻ギリギリくらいか? それなりに長いこと異空間に拘束されていたらしい。
 しかし、まさかリアルに宇宙人と邂逅することになるとはな……。
 あれ? よく考えたらこれって割と貴重な体験じゃない?
 興奮が後から押し寄せてきた俺は堪らず本屋に寄って月刊ムゥを購入した。

 この後、俺に未確認飛行物体のプチブームが訪れたのはまた別の話である。

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