前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 九話

 風魔先輩の襲撃から二週間が経った。

 クラスでの人間関係は変わらずだが、風魔先輩を最後に妙な絡み方をしてくる輩が現れなくなったので俺の高校生活は随分と過ごしやすくなっていた。

 中間テストも丸出さんや結城優紗にノートを見せて貰ったり、勉強を教えて貰ったおかげで無事に乗り越えることができた。

 全教科平均点以上は一ヶ月のハンデありにしては頑張ったほうだと思う。

 停学期間中に自主勉強しててよかった。

 そうそう、テスト勉強では部の皆とファミレスやファストフード店に行ったんだよね。ずっと憧れていた青春のシチュエーションだったから感激しちゃったよ。

 夢が一つ叶ってマジ嬉しい。

 その思いの丈を結城優紗に語ったら『これが必死に倒そうとしていた魔王だなんて……』と複雑そうな顔をされた。知らんがな。


 ◇◇◇◇◇


 その日の放課後は部室に行く前に丸出さんから集合がかかっていた。呼び出された場所は人通りの少ない裏庭。

 集まっているのは俺と丸出さんと結城優紗の三人。一体何の用件だろう。

 この三人だけで話すこととは? 一年生という括りなら江入さんだけハブかれてるし。

「実は皆に相談したいのは江入さんのことなの」

 丸出さんは神妙な表情で俺たちに言った。

「前から思ってたんだけど、近頃の江入さんは様子がおかしいわよね?」

「ああ、そのことね……」

 丸出さんの言葉に頷く結城優紗。彼女には思い当たるフシがあるようだ。だが――

「そんなに前と違ってるかな……」

 そこまで江入さんを注視していなかった俺はピンとこなかった。

 俺に喧嘩を吹っ掛けて敗北してからは大人しく高校生をしてるだけに見えるけど。

「全然違うわよ! 前まではちゃんと手入れされたサラサラの髪だったのに今は寝癖をつけたまま登校してくるしボサボサで艶もなくなってるし! あと、制服のブラウスもしっかりアイロンかけて糊付けまでしてあったのが皺だらけで……」

 結城優紗が変更ポイントをグチグチ言ってくる。

 そんなにいろいろ違うのか……。

 そうやって例を具体的に出されると、気づかなかった俺が節穴みたいな感じになってくる。 

 丸出さんも俺にジト目を向けてきていた。

 結城優紗はともかく、丸出さんからこういう視線を頂くのはつらい。

「極めつけは中間テストの結果ね。入学直後の実力テストでは学年で一桁台だったのに今回は全科目赤点だったらしいのよ。ありえない下がり方でしょう? 授業中に当てられても答えられなくなってたし。生徒指導室にも呼び出されていたわ」

 結城優紗曰く、体育の授業でも入学時から見せていた万能の運動神経が見る影もないという。

 足の速さなどの身体能力は変わりないらしいが。

「それとわたしからも一つ。ここ数週間、江入さんと対局をしても以前のようなAIじみた正確無比な指し回しじゃなくなってるのよ。弱くなったとか調子が悪いとかの次元じゃなくて、本当に別人みたいに将棋が変わってしまっているというか……」

 丸出さんは部活の将棋部分を司る立場ならではの視点で違和感を伝えてくる。

 二人してそんなに異変を感じているのか。

 俺は深く関わりたくない一心だったからよく見えていなかったのかもしれない。

「もしかして家出とかをしてるんじゃないかって思ってるんだけど……」

 丸出さんが僅かに声を震えさせて言う。

 家出ねえ……。

 確かに年頃の少女が家に戻らずフラフラしていると考えたら心配もするだろう。それが同じ部活のメンバーなら余計に。

 けど、江入さんは普通の女の子じゃないからなぁ……。

 彼女は宇宙なんとか帝国から地球を調査しにきた宇宙人なのだ。いざとなればあの鎧とかを着て身を守るだろう。

 あれ? 家といえば、江入さんって普段どこで暮らしてるんだ? 地球に潜伏するにあたっていろいろ偽装してるとは思うんだけど。

 てか、地球に残っているということはまだ侵略を諦めていないのかな? まあとにかく、江入さんの生活態度やパーソナリティが別人のようになってしまって、丸出さんたちはそれが気になっているということか。

「なあ、江入さんがおかしくなったのはどれくらい前からなんだ?」

「大体、三週間とか……一ヶ月くらい前かな?」 

「あたしも教室でおかしいって感じたのはそれくらいね」

 丸出さんと結城優紗の意見が一致しているということは概ね正しい時期なのだろう。

 ん? 三週間から一ヶ月前? あれ? 確かその辺で……。

 俺は何となく嫌な予感がした。

「家の事情かもしれないから強く踏み込むべきじゃないとは思うんだけどね……。もし訊いてみて話してくれるようならなるべく力になってあげたいの」

 俺たちは部室に入って江入さんと話すことにした。




 江入さんは部室の椅子に腰掛けて読書に勤しんでいた。

 入部当初からいつも見ている姿である。だが、言われてみればかつての彼女より髪質が悪くなっていて制服もヨレていた。ついでに読んでる本が前よりエンタメ系寄りになっている。

 部室には他に酒井先輩がいて、サンドバッグを一心不乱に殴りつけていた。

 鳥谷先輩は来ていない模様。

 鳥谷先輩はフリーダムだから来たりこなかったりなんだよな。



 丸出さんが先程の懸念を江入さんに問う。

 すると、江入さんはパタリと本を閉じて一言。

「彼だけなら話す」

 俺を見て静かにそう告げた。



 丸出さんと結城優紗は若干訝しそうにしながら部室を出て行った。

 酒井先輩は外周のランニングに行ってくれた。

 今、室内にいるのは俺と江入さんの二人だけ。

 俺だけ残したってことは、きっと正体が絡んだ理由があるんだろうなと予測する。

「で、なんか最近、勉強とか身だしなみが不調らしいじゃないか」

「そう、あなたのせいで近頃は不便を強いられている」

「俺のせいだって?」

 俺を見据える江入さんの瞳には疎ましいものを見る感情が浮かんでいた。

 いや、無表情なんだけどさ。微妙にそういう感じなのよ。

「あなたはあの日、私のタグを破壊した。あのタグは私の銀河惑星連盟大帝国での身分を証明するものであり権限の行使に必要なものだった」

「タグ……ああ、あの君に埋まっていたやつか」

 結城優紗から時期を聞いたときに嫌な予感がしたんだよ……。

 それって俺が江入さんを撃退した頃じゃんって。

「あれは地球で例えるなら会員証や鍵に相当するもの。あなたにタグを破壊されたせいで私は本星が管理するクラウドシステムのデータにアクセスできなくなり、この星で拠点としていた探査船に出入りする権限も失った」

「…………?」

「簡単に言えば、クラウドに溜めておいた地球の学問のデータを引用できなくなって家に入ることができなくなった」

 なんか、俺が軽い気持ちで壊した物品は彼女の健康で文化的な最低限の生活を左右するものだったらしい。いや、だがちょっと待てよ。

「学問のデータを引用ってどういうことだ?」

 ここ、すごい引っかかるんですけど!

「そのままの意味。クラウドに保存していた知識のデータを必要時に取り出して閲覧すること」

「もしかして、授業中に当てられたときとかテストでもそれ使ってたんじゃ……」

 俺が恐る恐る訊ねると、

「当然のこと。ただし、テストに関してはあまり目立ってはいけないのでわざと誤解答を混ぜて満点を避けるようにしていた」

「おまっ! それカンニングじゃん! ズルしていい点取ろうとしてたのかクソ野郎!」

「カンニングではない。クラウドデータから検索引用していただけ」

 江入さんはムスっとした顔で異論を唱えてきた。心外だと言わんばかりである。

「それをカンニングっていうんだろうが……。いや、宇宙じゃカンニングにならないのかもしれないけど。地球じゃ自分の脳味噌に記憶してないとズル扱いなんだよ」

「非合理的すぎる……これだから未開の惑星は……」

 江入さんはブツブツと文句を垂れていた。成績が落ちたんじゃなくて赤点が本来の実力だったってことか……。体育のほうも同じらしく、クラウドに集めたデータから一流選手のモーションをトレースして身体を動かしていたそうだ。

 将棋がAIみたいに強かったのも宇宙規模の国家が作ったAIに学習させ、そのAIが示した手を指していたのだから当然だった。



「ところで家に入れないって言ってたけど、じゃあ今はどこで暮らしてるんだ……?」

「ここ」

 江入さんは部室の床を指さした。

「地下?」

「違う」

 もしかして、いや、まさか……。

「この部室に居住している」

「やっぱり!」

 最近、帰りに江入さんが最後の一人になる率が高いと思ってたんだよ。

 残ってるんじゃなくて、帰ってなかったんだ……!

「身だしなみの件についても答える。探査船には身体を最良の状態にケアするポッドがあり、衣類の清浄化を行なう機能も搭載されていた。けれど、今は探査船に入れないので身体と服は私が自分で部室のシャワー室を利用して洗っている」

 なるほど、今までハイスペックな機械任せにしていたのを自分でやるようになったからダメダメな感じになってしまったのか。

 髪はきっとドライヤーを使ってないし制服にはアイロンをかけていない。これまではやり方を知る必要がなかったから、どうやればいいのかよくわからないのだろう。

「なあ、丸出さんも心配してるし何より部室で寝泊まりしてるのは見つかったらまずいと思うんだ。どうにかならないか?」

「しかし、わたしには他に行く場所がない」

「…………」

「ここに住むなというのなら、あなたに責任を取って欲しい」

 セキニン! セキニンとってよ! そういうやつですか?

「大人しく宇宙に帰ればいいじゃん」

「だから、それができたら苦労はしないと言った」

 そういや負けた後にそんなこと言ってたっけ。

「緊急事態なんだから、そこら辺は融通を効かせてもらえよ。船に乗れないから困ってます助けてって連絡すればいいじゃん」

「そもそも連絡すらできないのが現状。あなたがタグを壊したことで私は銀河惑星連盟大帝国との繋がりを一切失った。だから、帰還の許可を得ることも救援を呼ぶこともできない。タグがなければ探査船にも乗り込めないから自力での帰還も不可能。交信が途絶えたことに本星が気づけば追加の調査員を派遣してくる可能性もあるが、この星の優先度はさほど高くなかったのでいつになるかは不明」

「…………」

 思いのほか、江入さんは異星で裸一貫のハードな遭難者になっていた。

 まあ、命を狙ってきた上に侵略者だから因果応報ではあるんだけど。

「この状況を好ましく思わないのであれば責任を取ってどうにかして欲しい」

 仕方がない。俺は静かに了承した。別に俺が何かしてやる義理はないんだけどさ。

 江入さんの私生活が乱れて怪しまれている状況は割と厄介だから。

 そのうち学校が問題視して彼女の身元周辺が曝かれることになったら、将棋ボクシング文芸部の平穏が乱されてしまう。

 宇宙人パワーを使えない今の江入さんでは隠蔽工作も満足にできないだろうし。

 俺は部の平和のために動くのだ。



「新庄君、どうだった?」

 話が終わったことをスマホで伝えると、丸出さんと結城優紗が部室に戻ってきた。

 酒井先輩はまだ戻ってこない。まあ、そのうち帰ってくるだろう。

「うん、なんていうか……あんまり詳しくは言えないけど。話し合った結果、とりあえず江入さんの家を訪ねてみることにしたよ」

「江入さんの家に……? 新庄君だけで行くの?」

 丸出さんは江入さんに心配そうな視線を送りながら言う。

「ほら、あんまり大っぴらにできないことみたいだからさ。大勢で行くのも憚られるっていうか。でも、解決できたかはちゃんと教えるから安心してほしい」

「そう……そういうことならお願いね? 江入さん、事情はわからないけどいい方向にいくよう祈ってるから」

「気遣いに深謝」

 江入さんは淡々と答えた。ふむ……。シンシャってなに?



「じゃあ行くか」

「本気?」

「当然だ」

 俺たちは学校を出て、江入さんの宇宙船のある場所に向かっていた。

 なんで宇宙船に行くかって? そりゃあれよ。

 まずはホームレス女子高生を引退させないとってことになったのさ。

 でも、タグとやらがなくて普通には入れないらしいから強引にこじ開けて占拠するつもり。

 宇宙船には警備システムがあるので変にちょっかいを出すと迎撃されてしまうそうだが、異空間フィールドというあの場所で江入さんに勝てた俺なら簡単に制圧できるレベルらしい(江入さんは無力となっていたので何もできずにいた)。

 ちなみに……。カチコミのようなことをしようとしてるわけだし、結城優紗にも事実を話して助っ人として来てもらうべきかと考えたりもした。けど、別に結城優紗がいたところでそんなに変わらなそうだからやめた。

 一年生の中で丸出さんだけ真相を知らない仲間外れにしたくもないからね。



「探査船の操作はタグで行なう。私のタグは破壊されているから、乗り込んだところでシステムに干渉することはできない。その点はどうする……?」

 船を掌握した後、制御をどうやって行なうのかについて江入さんが相談してきた。

「そのタグを破壊したのは誰だと思ってるんだ? そんなもん、俺の魔力でちょちょいといじくってやればいいのさ」

「魔力……それがあなたの力……。そんなことができるとは……」

 江入さんは素直に感心していた。まあ、できる保証はどこにもないけど。

 きっとなんとかなるさの精神だ。しーんぱーいないさー。



 江入さんの宇宙船は学校近くの神社の境内にあるらしい。

 現場に辿り着いたが、そこには何もなかった。

「本当にここに? まるで見当たらないんだが」

「普段はステルスモードで目視されないようにしてある。座標は――」

 江入さんはなんかよくわからない数字を言い出した。そんなんで理解できるかいな。

「大体どの辺にあるんだ?」

「あの辺りの上空30メートル付近に浮遊させてある」

 江入さんが指で示した方向を凝視する。

 魔法障壁で周囲に被害が出ないようにして、後は音が漏れないようにもして……っと。

「おらっ!」

 俺はジャンプして宇宙船があるだろう空間を軽く小突いた。

 ガツンッ! 確かに何かを殴った感触があった。

 バチバチッと電流が迸り、薄らと物体の輪郭が現れ始める。

「ふんっ!」

 蹴りも追加した。すると、

 ブブブブッ――

 ダメージによって認識阻害を維持できなくなった宇宙船がその姿を現した。

「あれ、なんか思ってたよりも小さいな」

 宇宙船は思い描いていたような円盤型UFOであったが、サイズは割とミニマムだった。

 長さは直径が6、7メートルくらい、高さは3メートルほどか?

『探査船に外部から敵意ある襲撃を受けたことを確認。直ちに迎撃を開始する』

 機械音声が流れた。円盤は臨戦モードに移行するようだ。

 レーザー砲のようなものが装甲の内側からいくつも展開され、俺に向けられてきた。

 俺はそれらを魔法で一瞬のうちに凍らせ無力化させる。

『迎撃システムの装備に異常発生、異常発生――』

 攻撃手段を失った円盤宇宙船はビィービィーと空しく警報を響かせるだけだった。

「本当に探査船のオートガードをここまで容易く制圧するとは……」

 江入さんのポツリと呟いた声は驚きより呆れのほうが勝っているように聞こえた。



「で、入り口はどれよ?」

「底の部分がハッチとなっている」

「了解」

 俺は江入さんを小脇に抱え込んで浮遊する。

 そして宇宙船の下に潜り込み、入り口と教えられた部分をノックした。

「開かないな……」

「タグがないから当たり前」

 ジト目で突っ込まれる。わかってるよ、少し確かめただけだっての。

 仕方ない……。開かないなら穴を開けるしかない。

 俺はアッパーカットからの膝蹴りというコンボで宇宙船の底を吹き飛ばした。

「ああ……」

 江入さんがなんとも言えない掠れた声を漏らす。大丈夫大丈夫、後で適当に補修しといてやるから。俺たちは無事、宇宙船の潜入に成功した。



 入った瞬間、船内の警備システムが俺たちを歓迎してくれた。ドローン式の小型銃みたいなロボットが浮遊しながら10体ほど待ち構えていたのだ。

 警報がビービーうるさい中、ロボットたちはビームをぶっ放してくる。

 俺はビームを魔法障壁で防ぎ、聖剣を取り出して宙に浮かぶロボットを片っ端から叩き斬っていった。

「またつまらぬものを斬ってしまった……」

 すべてを撃退した俺はクールに呟く。

 人生で一度は言ってみたい台詞だったのでござる。



 船内は想像より遙かに広かった。思わず見回しちゃったレベル。

 いや、だって100平米は軽くあるんだぜ?

 しかもメゾネットタイプらしく、さらにもうワンフロアあるんだとか。

 高さと面積が外観に比べて明らかにおかしい。

「この探査船は空間を歪曲させる技術で内部が広げられている。船体の大きさと船内の体積は一致していない」

「ふうん、それって魔法じゃないの?」

「この技術がそういう呼称をされているのは聞いたことがない」

 じゃあ違うのか。似たようで異なる進歩を遂げた何かということなのだろう。

「これがコックピットか?」

 壁沿いにモニターと椅子が三つずつ等間隔で配置されていた。だが、この宇宙船はすべてタグを介して操作するよう作られているため、ボタンやレバーはないそうだ。

 カタカタッターン! ってやる感じのハッキングはできないのね。

「私に探査船のAIに干渉する手段はない。ここはあなたに任せる」

「じゃあ、ちょっといじってみますかね」

 俺はモニターに触れて魔力を行き渡らせてみた。こう、なんか探っていく感じで……。

『未知のエネルギーからの浸食を確認――』

 宇宙船のAIが俺の魔力を検知した。

「おお! 反応したぞ!」

 俺は手応えに喜ぶ。だが、まだ魔力を送り込んだことを相手に認識させただけである。

 ここからハンドパワーならぬ魔力パワーでイジイジしていかねばならないのだ。

 多少の互換性はあるみたいだが、規格とは異なる能力で作業するのですべてが手探りとなる。

 難易度は召喚魔法解除のクロスワード以上に高いだろう。

 でも、やるぞ、やるぞ、やるぞ……! 

 えいえいむんむんと念じ、送り込む魔力に意思を込める。

「クラウドにある共用データのいくつかを私個人にコピーするようAIに指示して欲しい」

 江入さんが横から要求を入れてきた。

「今作業中なんだけど……まあいいや。それをするとどうなるんだ?」

「タグなしでデータの力を使えるようになる。こちらで悪目立ちしないためにも、衣類や身体の浄化を行なう機能は備えておくべきだと思う。あと、もし探査船を失っても生活環境を確保できるような作業ツールを保持しておきたい。自衛のための戦闘スキルデータもあるといい」

 どうなるのかを訊いたのに何が欲しいかという話になっている気がする。けど、まあ主張の意図はわかった。

 これまで江入さんは宇宙人パワーのすべてを外部のクラウドに頼って使っていた。

 しかし、クラウドにアクセスできなくなったことで江入さんは無力な少女になってしまった。

 今後、クラウドと自由に接触できないことを考えればここで持ち出せるものは持ち出しておきたいと考えるのは必然だろう。

「やれるだけやってみるよ」

 タグがなくちゃ繋がりが云々って彼女は言っていたけど。

 それがなくても移せるのかな?

 SIMカードがなくてもスマホで動画や音楽再生くらいはできるってノリなのかも。

「江入さんにクラウドにあるデータをあげたいんだけど」

 気持ちを込めて魔力を注ぐ。

『タグを認証することができない端末個体の存在を船内に確認しました』

 お、返事があった。端末個体……? ふむ、それがきっと江入さんなのだろう。

『クラウドに保存してある機能をデバイス端末にコピーしますか?』

 オッケー! グーグル、やっちゃってくれ。なんか、案外普通に魔力で操作できてるな。

 宇宙の科学って魔力でハッキングできるんだ……。



「本当にクラウドのデータをコピーできるとは思わなかった」

 どうやら今現在、必要なものが江入さんのなかにダウンロードされていっているらしい。

 傍目には何も起こっていないように見えるが、当人曰く絶賛入手中だそうだ。

「テストではカンニングしないようにしろよ」

「カンニングではない。参考にしているだけ……」

 まだ言うか。これ絶対またやるつもりだろ。

 俺が使用に制限かけられるようにできないかな……。

 てか、思ったんだけど。力を持った状態の江入さんを自由にさせるのって危険だよな?

 一応、この宇宙少女は侵略者なわけだし。

 何かしら首輪になるものをつけておくべきだろうか……?

「クラウドにあるデータを個々のドライブにコピーする許可を与えられるのは大佐以上の階級を持つ者だけ。あなたはその制限を容易く突破することができた。これはあなたが物理的な戦闘力だけでなく、情報戦においても銀河惑星連盟大帝国の脅威になり得るということ」

 江入さんが何か言い出した。

「はあ」

 戦うだけが能の輩じゃないって褒めてくれてるのか?

 どうやらインテリジェンスな男の風格が滲み出てしまっているようだ……。

「ところで進捗は?」

「地球上で文化的に活動するために必要な最低限のツールはまもなく落とし終わる。次は知識のデータベースから優先順位が高いと思われるものを順番にダウンロードしていく」

「順調そうだな」

 だったら俺はその間に宇宙船の操作を少しやってみるかね。

 最初にしてあった船体を透明にする細工なんかもやり方を覚えておかないと。

 まずは宇宙船の場所を移動させてみるか。

「パワー! ハッ!」

 魔力を注入。

 ギュォオオオオォオゥウウゥウゥウウゥウウウッゥウゥッン――

「な、なんだぁ?」

 ガタガタッ。船体が異音を放って大きく振動した。

 まあいいか。とりあえず動かしてみよう。

「新庄怜央、今のは一体……? 何か問題があるのでは?」

 江入さんが懸念しているが多分大丈夫だろう。

 さっきも適当に念じて上手く操作できたんだし。

 行くぜ! 急上昇だ! 

 俺は宇宙船を操縦できるという高揚感でちょっと浮かれていた。

 そのため、少し力を入れすぎていたのだと思う。

 ドゴーンッ!

「ふべっ!?」

「うっ」

 凄まじい速度で浮遊した宇宙船は、その激しい勢いのまま何かに衝突した。

 船内にいた俺たちはすさまじい衝撃にすっ転んで変な声を漏らす。

『船体上部に大きなダメージを確認……機能の維持に……もん……だ……』

ブツリとAIの音声が途切れる。

「あっ!」

 落下していく感覚。俺は慌てて魔力で宇宙船を浮かせ、ゆっくりと不時着させる。

 これは宇宙船としての機能に支障をきたし、飛行が継続できなくなったということか?

 それだけの損傷を与える何かが宇宙船の上空にあったのか?

 俺たちは船体の損傷具合を確認するべく外に出た。

「うわっ。これはひでえや」

「…………」

 絶句する江入さん。

 そこにあったのは屋根部分がひしゃげて無残なスクラップになった宇宙船だった。

 一体、なんでこんなことに――

「まるで何か硬い壁のようなものにぶつかったような……」

 あっ! そういえば周囲に被害を出さないように張った魔法障壁がそのままだった!

 なるほど、俺が作った頑強な魔法障壁に勢いよくぶち当たったから潰れたんだな。

 結構、暴走気味のスピード出しちゃってたもんなぁ……。

 しかし、屋根部分がぶっ壊れるだけで済んだのは何気にすごい。

 中の俺たちは全然怪我とかしなかったもん。

 宇宙なんとか帝国というのは大した技術力を持っていると俺は感心した。

「ここまで破損しては拠点として使うのは不可能……。タグがあればどうにか修復できたかもしれないが――」

「うーん、なんつーか、ドンマイ?」

キッ! と江入さんが明らかに強い目つきになって睨んできた。

 あの空間での戦闘時を除けば、過去一番で江入さんの感情があらわになった瞬間だった。

「ドンマイではない」

「ごめん、だね……」

 彼女が求めていたのは慰めではなく謝罪でした。

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