前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 一話
あらすじ
高校進学のために地方から上京してきた少年、新庄玲央(しんじょう れお)は入学式の前夜、唐突に自分の前世が異世界で無双していた魔王だったことを思い出す。
記憶の復活と共に魔王時代のチートパワーも取り戻した玲央。
その力のせいで彼は学園の四天王と呼ばれる不良たち。
異世界帰りの元勇者。
地球を侵略するために潜伏していた宇宙人など。
様々な連中から目をつけられるハメになってしまうのだが……。
現代で最強の力はちょっぴり持て余す?
それでもポジティブに生きていこう。
目指すは充実した青春だ!
無敵でマイペースな元魔王が、最強パワーでいろいろブッ飛ばしながら高校生活を謳歌しようとする話です。
本編
「うわ、やっべー、マジかー」
高校の入学式を翌日に控えた夜。
自然に囲まれた田舎の村で育ち、高校進学を機に親元を離れて上京した俺、新庄怜央は下宿先のマンションのベッドで衝撃の事実を思い出していた。
「俺の前世、異世界の魔王だったわ……」
圧倒的な身体能力と無数の攻撃魔法を駆使し、人間の国から送られてくる勇者を何人も退けて世界を恐怖に陥れていた最強の魔王サイズオン。
それが前世の俺だった。俺の名前だった。
…………。
何を中学生みたいな恥ずかしい妄想をしてるんだって思うじゃん?
いや、でも、本当なんだって。
マジで、そうだったっていうハッキリした意識が俺の脳にバババッとダウンロードされてきて、こんな勇者倒してきたなーとか、副官は小言が多いやつだったなーとか。そういう記憶が思い出せるようになってしまったのだ。
これは絶対に気のせいじゃない……。
は? 心の病気? 深刻な症状? 妄想乙……?
だから違うって! 本当なんだよ! なに……? 中二病患者はみんな同じことを言う?
そいつらと違って俺は本物だよ! とにもかくにも――
なぜこの歳になって今さら記憶が戻ったのだろう。
そもそも、どういう経緯で俺は転生して地球の日本人になったのだ……?
俺はあっちで死んだのか? その辺りの詳細はちっとも思い出すことができない。うーん、どうしよう。明日から高校生になるっていうのに……。
とりあえずアレかな……。
「入学式に備えて寝よう」
明日は待ちに待った記念すべき日。ハイスクールライフの始まりである。夜更かしをして遅刻するわけにはいかない。遅刻、ダメ、絶対。俺の興味は終わった前世より、今世の高校生活に向けられていた。
◇◇◇◇◇
翌朝。
「いよいよなんだ……!」
俺は入学式に向かうべく学校までの道を歩いていた。
なんで魔王だったことを思い出したのにそんなに平然としているかって?
いや、なんていうか、記憶が今の自分にフィットしすぎててさ。
そういえば昔はそうだったなぁくらいにしか感じないんだよね……。
思い出したところで『だからなに?』っていう……。
俺は選民的な魔王じゃなかったから人間がどうこうって感情もなかったし、性格も前世とあんま変わってない感じだから取り乱すこともないというか。
何より、昨日も言ったが今の俺にとって一番大事なのは今日から始まる高校生活なのだ。
俺が住んでいた村は人口500人ほどの小さな集落だった。
そこには一個下の妹しか同年代の子供がおらず、たくさんの同級生と同じ学校に通って同じ教室で勉強して語り合ったりする光景はテレビや漫画の向こうでしか見たことがない世界だった。だから、俺はずっと憧れていたのだ。年の近い友人を作って、和気藹々とした学生生活を送ることに。
俺は都会の学校に通うことが楽しみで仕方なかった。
魔王だったことを思い出しても、その思いは何も変わらなかった。
記憶を思い出そうが出すまいが、俺が俺のままなら前世のことなど些末な話である。
部活や生徒会に入って、同年代の友人を作って……。あわよくば彼女とか――
そういう、充実した三年間のほうが大切なんだ!
「高校生活、楽しみだな!」
この時点で自分の前世が魔王だったことについて、もっと深く考えていればあんなことにはならなかったかもしれないのに……。
思い返したところで後の祭りである。
◇◇◇◇◇
入学式が終わった。今日の予定はそれで終了である。
新入生たちはズラズラと連なって下校を行なっていた。
「へえ、新庄って地方からきたのか。すげえな人口500人って。想像もつかねえわ……」
「まあ、何もないけど悪いところじゃないよ」
俺は同じクラスで座席が真後ろだった須藤(すどう)という男に教室で話しかけられ、そのまま一緒に校門まで歩いていた。
「来たばっかなら、この辺で遊ぶ場所とか知らないだろ? 今度、オレが案内してやるよ」
「おお、それは助かる。色々見てみたいのに何もわからないから困ってたんだ」
整髪料で髪の毛がやたらとボンボン&ツンツンしているところが気になるが、須藤は会話をしている限り悪いやつではなさそうだ。
「上京してきたってことは一人暮らしなのか? 一人暮らしって自由でよさそうだよなぁ?」
「ああ、いや、俺は――」
都会に来て早くも友人第一号を確保できそうな予感。
これは順調な高校生活の始まりなのでは……? 俺がウキウキしていると、
「んだァッルッコラァァァァァァ!?」
めっちゃ巻き舌の怒鳴り声が校門付近から響いてきた。
ルッコラ? 母さんが庭で育てていたやつか?
いや、違う、あれは不良だ……! 不良が誰かに因縁をつけている声だ!
見れば、黒髪でお下げの少女が巨漢デブ、パンチパーマ、モヒカン、リーゼントなど、バリエーション豊富な複数人の不良に囲まれていた。
「ご、ごめんなさい……すいません……」
お下げの少女は今にも泣き出しそうな表情で震えている。
リボンの色が緑色なので彼女は俺たちと同じ一年生だな……。
不良たちはネクタイをつけていない連中も多いが、赤や青をつけている者が数名いた。
恐らくは上級生なのだろう。
「オイオイ? この人は四天王の一人、花園栄治(はなぞのえいじ)さんだぜ? オゥン?」
「そんな人が遊んでやろうって言ってんのに何がごめんなさいなんだよ、ハァン?」
「先輩の誘いには素直に頷くのが後輩としての礼儀なんじゃねぇのかぁ? ヨォオ?」
「むしろ光栄に思うべきジャァン? ウォイ?」
「…………」
強面の上級生に囲まれて何も言えず固まっているお下げ少女。
どうなってしまうのだろうと思って見ていると、耳、鼻、唇にピアスをつけた金髪の男子生徒が口を開いた。
「まあ、待ってやれや。そんな威圧的に言うこともあるめぇよ」
彼は穏やかな口調でゴリマッチョの不良たちを諫める。
ひょっとしたらあの男子が不良のボス的な存在だろうか?
彼が発言したことで不良たちがあっという間に静かになった。
「そいつはこの間まで中坊だったんだ。強面のオメーらが凄んだら何も言えなくなっちまうのはしょうがねえだろ?」
金髪の不良はお下げ少女を子分たちから守ってやろうとしているのか?
なんて期待していたら、
「いつも遊んでる女どもはスレてるやつらばっかでよぉ。たまには遊び慣れてない真面目ちゃんとも戯れてみたくてなぁ。開発していく楽しみってのか? そういうのをやってみたくて声かけさせてもらったんだわ。意味、わかるか?」
金髪不良はニヤァっと下衆特有の笑みを浮かべてお下げ少女の顔を覗き込んだ。
こいつも結局は同じかよ!
「ひっ……! いえ……その……!」
お下げ少女は蛇に睨まれた蛙と例えるのがピッタリな感じで怯えていた。
怒鳴り声こそ上げていないが、金髪の誘い方も十分強要といって差し支えないものだった。
「うわ、あの子、ツイてないな。入学して早々に四天王から目をつけられるなんてよ……」
隣にいる須藤が声を潜めながら憐れむように言った。
「須藤、四天王ってなんだ?」
「はあっ? お前、馬飼学園の四天王を知らね……ああそうか、新庄は最近こっちに来たんだもんな……」
須藤はしょうがねえ、と俺に説明してくれた。
「この馬飼学園には花鳥風月(かちょうふうげつ)って総称の四天王たちがいるんだ。この辺りじゃとにかくヤバいって有名な四人の生徒でよ。あそこのピアスをつけてる金髪のヤツはその花鳥風月の一人、花園栄治(はなぞのえいじ)だ。花鳥風月には裏の業界に通じてるやつもいるから、痛い目に会いたくなきゃ絶対に関わるんじゃねえぞ?」
須藤の表情はこの上なく真剣だった。
かつて魔王軍四天王を率いていた俺からすると、たかが日本人の高校生が四天王とか言われてもそんなビビる対象なのかと疑問に思ってしまうのだが……。というか、学校に漫画みたいな四天王ってリアルでいるのかよ。
本人たちは言われてて恥ずかしくないのだろうか?
「とにかく来いよ。その辺のやつらじゃ味わえない楽しい遊びを教えてやるからよ」
須藤の説明を聞いている間に金髪不良……花園だっけ? は少女の腕を掴んでいた。
「あっ、痛いっ」
強引に腕を引っ張られた少女は小さく悲鳴を上げる。
周囲にいる新入生たちは誰も助けようとしない。
目線を逸らしながら素通りして、そそくさと校門を出ていくだけ。
「新庄、オレたちもさっさと行こうぜ。関わったらマジでヤバいんだよ」
須藤が立ち止まる俺の肩を突いて去ることを促す。
彼は俺のことを案じて言ってくれているのだろう。
しかし――
「ちょっと止めて来る。嫌がってるし、アレは放っておけない」
同じ学校で同級生となった仲間を見捨てて、これから楽しい学校生活が送れるだろうか? いや、ない。
それに、都会に行っても人を思いやる心は忘れたらいかんと、隣の家に住んでる幸一おじさん(無職・38歳)も言っていた。
「やめとけって! 怪我どころじゃ済まないぞ! 特に花園は――」
後ろのほうで須藤が何か叫んでいたが……。
何を聞いたって助けない理由にはならないと思ったのでスルーした。
◇◇◇◇◇
「ちょっとあんた。その子、嫌がってるだろ?」
俺が四天王の花園に声をかけると、周りの空気がヒエッヒェッになった気がした。
「ああん?」
ドスの効いた声で振り返る花園。しかし、
「……なんだ、一年坊主かよ」
俺の姿を見ると彼は拍子抜けしたように溜息を吐いた。
一年だと何かあるのだろうか?
「オレは何も知らない一年坊主にマジになるほど小物じゃねえんだよ。高校生になったばっかで全能感みたいなもんを持っちまってるのかもしれねえが、そいつは大きな勘違いだから大人しく引っ込んどけ」
花園は俺を諭すように言ってくる。
こいつは何が言いたいのか?
言い回しが遠回しすぎて全然理解できないのだが。
「ハア~。こういう勘違い君にはホント困っちまうわなぁ~」
俺に引く気配がないと理解した花園は面倒臭そうに髪をポリポリ掻く。
花園の子分たちがゲラゲラと笑い出した。
ついでにお下げの少女と目が合う。
彼女は涙目で俺を見ながら首を横に振っている。
あ、もしかして逃げてと言ってるのか?
「ああ、あのバカ! だからやめろって言ったのに!」
須藤の喚いている声が耳に届く。
「人生の先輩が世の中には歯向かっちゃいけない相手がいるってことを軽く教えてやんよ!」
バチバチッ。
花園がスタンガンを懐から素早く取り出して俺の腹部に強く押し付けてきた。
なんという早業だっ! けど、これって……。
「な、なんで平気で立ってやがるんだテメェ!?」
「なんでって、こんな弱い電流じゃ……」
よく見ると、花園だけでなく取り巻きの不良たちも唖然とした表情で俺を見ていた。
これ、大したことないと思ってるのおかしいやつ?
もしかして記憶を取り戻したことで身体の頑丈さが前世並みになってる?
ぶっちゃけ、電気風呂より大したことない刺激に感じるんだけど。
「あー、やっぱ結構つらいっすわーぐえー(棒)」
マズイと思った俺は不審に思われないよう効いてるフリをした。
これで騙せるだろうか?
「くそっ、キメェ野郎だな! 舐めやがって! こいつでくたばりやがれ!」
花園は舌打ちして蹴りを放ってきた。
騙せたのか騙せてないのかどっちだ!?
答えはわからなかったが、素直に食らってやるわけにもいかないので俺は花園の蹴りを片手で掴んで防ぎ、ブンッと放り投げた。
はい、気持ちとしては体勢を崩れさせる程度に反撃したつもりだったんです……。
おっとっとって、ケンケンしながら後退するくらいだと思ってたんです……。
なのに――
「うああああああぁぁぁぁあっぁあぁぁぁぁぁ――」
グワッシャァァァァンッ!!!!
花園は綺麗な放物線を描いて空高く舞い上がり、校門の外に停めてあった黒塗りの高級車の上に落下した。
や、やっちまったー! 腕力も戻ってたんかーい!
こうして――
花園は全身複雑骨折で病院送り。俺は一か月の停学処分になった。
◇◇◇◇◇
俺は四天王とかいうわけのわからん不良をぶっ飛ばした罪で停学処分になってしまった。
なってしまいましたッ!
なんということだろう。入学して僅か一日、いや、数時間……?
まだ授業を一度も受けていないのに俺は停学になってしまった!
俺は停学になってしまったのだ!
大事なことすぎて何度も繰り返してしまったぜ……。聞いたところによると、同級生を助けようとしたということで情状酌量の余地も検討されたそうだが、花園が病院に運ばれて重傷だったため、まったくの処分なしとはいかなかったんだとか。
まあ、退学にならなかっただけ十分な温情を与えられたと思うしかない。
というか、怪我の度合いからして警察沙汰にならなかったことが奇跡だと思う。
なんでならなかったんだろうね? ありがたいっちゃありがたいけど。
ちなみに花園が空高く舞い上がった件については目撃者たちが集団で見間違えたと判断されてスルーされたらしい。
どんな見間違えだ。けど、常識的に考えたらありえないからな。
そう見做されるのが普通かもしれない。
そんなこんなで。停学になった俺はやることもないので(課題はあるけど)、高校進学のお祝いに買ってもらったノートパソコンでネットサーフィンをしていた。
今までネットなんて使うことはなかったんだが、いろいろと有意義な情報を簡単に得られるからすごく便利。
いや、ホント、いろいろな……。ふぅ……。
夜になった。
「やはり、自分の力がどれくらい戻っているのか把握しておく必要がある」
俺はノートパソコンをパタリと閉じ、そういう結論に至った。
ぶっちゃけ前世の記憶とかヤンチャしてた過去の思い出くらいにしか捉えてなかったんだが、今回みたいなトラブルがまた起きないとも限らない。
対策を練るためにもきちんと向き合わなければ。
力が戻ってる可能性にもっと早く思い当たっていたら停学になんて……。
俺は何も変わっていない! とか思ってたあの日の自分を殴りたい。
「でも、さすがにこの部屋でアレコレやるわけにいかんよなぁ……」
俺は都会の高校に通うために親元を離れて村を出てきた。そして俺が下宿先として引っ越してきたのは都会で暮らす従姉のマンションなのである。
居候させてもらっている部屋で魔法を試して暴発したら取り返しがつかない。ただでさえ従姉には停学処分が決まったときに保護者役として三者面談とかで迷惑かけたし。どこか人気のない広い場所でやるのがベストだろう。
「なら、最初に使ってみる力は――」
そう、転移魔法だ!
◇◇◇◇
はい、転移魔法に成功しました! 描写を入れる隙もなく到着ですよ。
無事にマンションから地元の村近くにある河原まで移動できました。
山に囲まれた田舎の景色です。力が戻って視力もよくなってるのか真っ暗なのに遠くの景色まで見えます。
見てください、夜で誰もいない真っ暗な河原を! 聞いてください、澄んだ水のせせらぎを!
うん、転移魔法は前世と同じ感覚で使える。いや、魔法ってマジ便利だよなぁ……。
本来なら電車や新幹線を乗り継いで何時間もかかる距離を一瞬だもん。
当時は意識してなかったけど、現代の常識を得た今ならそのすごさがよくわかるわ。
これはね、チートですよ……。
「さて、いろいろ試していくとすっかね」
俺は魔力をムンムンと意識し始めた。
…………。
………………。
ちゅーわけで、大体試しました! かったるいので過程はカットです。
いちいち『おお、この魔法は使える!』ってリアクションするの面倒だし。
無言でサクサク終えましたよ。まあ、やってみた限りだと全盛期の魔王だった頃の俺とほぼ同じスペックっぽいよ。
魔法は豊富なバリエーションで使えるし、魔力量も無限に近い隙のなさ。
今の俺、これから世界中の国家を敵に回しても一人で滅ぼせるくらいに強いと思います。
ヒャッハァ! クッソテンション上がって……。
こないね……。なんでって?
だって、現代社会でこんなパワーあっても持て余すだけでしょ? 転移は便利だし、運動神経よくなったのはモテモテになれそうだからいいけど。でも、停学になったときみたいに強すぎてやらかして損する可能性のほうが高いんだぜ?
全力を出さないように加減して生きていかなきゃならんのだぜ?
最強になれたら怖いものなし? なんでも好き放題できる? 気に入らないやつをボコボコにしてやればいい? いや、俺、別に喧嘩とか好きじゃないし。
キレたナイフでもなければ世界征服とかも目指してないから……。
前世だって魔族で最強だったから義務的に魔王を引き受けただけで、そんな残忍な性格じゃなかったからね。
異世界で恐れられてたのは事実だけど、それも魔族の土地を奪いに攻めてくる人間を追い返してたら負け続けた人間が負け惜しみで俺のことを邪悪な存在とか言い出して、それが人間の国で子孫に代々伝えられて数百年の間に歪んでいって。
いつの間にか人間の国では卑劣な魔王を倒すために戦いが始まったことになっていたからそうなってただけ。
思い返せば、人間側が悪を討つための正義路線で勇者を擁立して攻めて来るようになってからホントめんどくさかったな……。勇者に選ばれたやつは自分が正義だと吹き込まれてるから、正しい発端を教えようとしてもちっとも聞く耳持たなくてさ。
特に違う世界から召喚された勇者は正義マンというか、自分に酔ってる連中ばっかで一層厄介だった。そういや違う世界から召喚された勇者は基本的に返り討ちにした後で元の世界に送り返してたんだけど、あいつらって多分日本人だったから、ひょっとしたらこっちの世界で再会したりするかもしれないね。
向こうは俺だって気づかないと思うけど。
俺は次元魔法を発動し、アイテムボックスを探った。
驚いたことに次元魔法を使ってみると、前世でアイテムを適当に突っ込んでいたアイテムボックスと繋がったのだ。
転生したのにリセットされてないってことは、次元魔法のアイテムボックスは魂とか記憶に依存するのかなぁ……と、魔法のロジックっぽいことを少々考えてみた。
が、頭が痛くなりそうだったのですぐやめた。俺は感覚派なのだ。
「普段はこいつを着けておけば大丈夫かな?」
アイテムボックスから、とあるブレスレットを取り出して手首に装着した。このブレスレットは腕力を七割ほど下げる呪いのアイテム。
だが、魔力や身体硬度には影響を及ぼさない。都会は車が多くて怖いからな。
いつトラックやプリ○スが突っ込んでくるかわからない。身体の頑丈さはキープしておきたい俺にうってつけのアイテムだ。
ところで他にもたくさんアイテムがあるんだけど――
こ れはどうするかな……。かつて無敵の魔王として君臨してた頃のコレクションだからさ。伝説級のなんちゃらがいっぱいあるんですよ。このアイテムたちって、こっちの世界の人間にも効果あるのかね? 気になるから試してみたいが、遠慮なく実験できる相手がいない。
どこかに後腐れなく効果を検証できる人間が転がっていないものだろうか?
バキバキ……ミシミシ……。
俺が科学の発展に犠牲はツキモノデースをしたい気分でいると、木が折れたり倒れたりする音が響いてきた。
「た、たすけてぇ!」
河原と隣接する山林から、パーカーのフードを目深にかぶった人間と……それを追いかける赤いタテガミの熊さんが姿を現した。
「おお……熊だ……のっしのっしと歩いておるぞ……!」
俺は唐突な野生動物の出現に驚いていた。まあ、山に囲まれた田舎なので熊が出没することは稀にあるっちゃあるのだが。あの熊、やたらとデカくねぇ? 遠目だけど体長十メートル以上あるような……。
アレが村に近いこの辺をウロウロしている。
そいつは冷静に考えてとってもデンジャラスだった。しゃーない、ここは魔法でサクッと撃退しておくか。
人を襲うようになっているなら放置するのは危険だ。追いかけられてるパーカーの人もヨロヨロで今にも転びそうだし……あ、転んだ。
「ふんぬばっ!」
俺は掌を掲げて氷の槍を精製。それをぶん投げて熊の頭部を狙い撃つ
ぐさっ! 氷の槍は熊の右目を貫いて頭部に突き刺さった。
『ギャウオオォオォオォオゥゥオォオォオォオゥッ!!!!!!!』
熊は大声で唸ると、踵を返して山林に消えていった。
ま、あそこまで深々と槍が刺さったのなら長くは持つまい。
深追いせずとも勝手に息絶えるだろう。
「おーい、大丈夫ですかー?」
熊を撃退した俺は地面に突っ伏すパーカーの人に声をかける。そして手を差し伸べると、
「こ、怖かっ……じゃない! どうして助けたんですかッ! 余計なことを!」
甲高い声で怒られ、パシンッ! と手を叩かれてしまった。
ええ……助けてゆーとったやん……。どういうことだってばよ。
「なんでもいいですけど、こんな夜に森に入るのは危ないんでやめたほうがいいですよ」
ワケがわからんが、これだけは確かだと思ったことを言っておく。すると、
「い、いいんですよ! わたしは死ぬつもりで森に入っていったんですから!」
「でも、熊から逃げてましたよね?」
「そ、それは怖くてつい……」
パーカーの人は言い訳じみたことをのたまう。顔はフードで隠れてるけど、声からして女の人かな? 活舌がいいというか、よく通る声だ。
「とにかく! わたしはもう死ぬつもりなんです! 放っておいてください!」
パーカーの人はやけっぱち気味に叫んで立ち上がった。
「ごほごほっ……」
咳をしながらフラフラと歩き出す。熊から逃げて疲れてるのか? いや、そもそも生命力が著しく低下していないか? 魔王の記憶を取り戻したからなのか、俺は気配とか魂の強弱みたいなものが何となく察せられるようになっていた。
「どっか具合でも悪いんですか?」
「…………」
「どうして死にたいんです? よかったら話してみてくれませんか?」
「あなたには関係……いえ、もうこの身体じゃ夢を追えないからです」
パーカーの人は諦観した声で答えた。
話すつもりがなさそうだったのを転換したのは誰かに愚痴りたくなったからか?
行きずりの相手なら体裁を気にしなくて済むって感じか?
「夢を追えないって、病気か怪我か何かを……?」
「はい、薬を飲んで安静にしていれば命に関わることはないそうですが。夢は諦めなくてはならないんです。これまであんなに頑張ってきたのに……」
「…………」
「ただ、目標もなく生き続けるだけ、そんな無意味な人生を続けていくくらいなら……」
パーカーの人は拳を強く握りしめながら嗚咽を漏らした。
夢か……。
彼女の夢が何かは知らないが、すぐ死ぬわけでもないのにここまで絶望を感じてしまうということは相応に人生を懸けて打ち込んできたことなのだろう。
将来のことをまだ深く考えていない俺には、そこまで強く思えるひとつの事柄があるということが少し羨ましい気がした。
敬意を覚えたといってもいいかもしれない。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「ほら、これ飲んでどうぞ?」
「あ、すみ、ません……」
俺は咳き込み出した彼女に水の入った小瓶を手渡した。
ちょっとでも注意していれば、手ぶらだった俺が一体どこから小瓶を取り出したのか疑問に思ったはずだ。
だが――
ゴクゴク。少女は瓶のなかの液体を疑いもなく飲んだ。
きっと細かいことを気にする余裕がなかったのだと思う。
「…………」
さあ、効果は如何ほどに――
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