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兄妹間で親の寵を奪い合うことが大人になっても続く家族と自分を振り返ってみて② 兄の言い分編
兄は家業を、そしてそれを継ぐ自分のことをどんな風に思っていたのかと申しますと。
自分は後を継ぐという道しか生きられないんだから、それと引き換えに何をしてもいいという権利を与えられている。
どんなにわがままに見えるような振る舞いをしてもそれは王や貴族が着飾っているようなものだ。
家業の利益になるのだとしたら自分が何をしようと勝手だ。
という家業の後継ぎという「公」においては責任は果たすけれど
「○○家の人間」という「私」の部分では自分の意志を優先して好きなものを買うし付き合う人間も選ぶ。
別に何の問題がある?法に悖ることをしたわけでもないのに。
そう思いながら「後継ぎ」として生きている兄は、
家業と縁のないところにいる私からすると、兄の言う「権利」を行使してどうにか自分を保っているように見えるのです。
「同業者や土地の人間の反感を買わないように車は国産車にするべきだ」
「自分がどうみられているかを考えて(これ見よがしに見えるブランド品などではないものと考えて)身につけるものを選ぶべき」
と、母は手塩にかけて育て上げた愛息子が、
息子の体面を守れるようにとかけている言葉を無視していると嘆いています。
息子からしたら
「自分はこの人達の願いを叶えることを人生の軸に生きて来たのに、”大人”として自分を評価してくれない」
「自分はこの人にいつまで口出しをされ続けないといけないのか」
というやり場のない怒りが渦巻いて、
「俺のやることに口出ししやがって」
と経営からは形だけ退いたものの全く頭の上がらない両親、
そんな親に過剰適応して生きる妹、跡取りはどんな人間かと自分を品定めしてくる同業者、そして「あの家の子」と好奇の目で見てくる土地の人間。
「自分を一個の人ではなく家業を動かす駒」
としか周りの人間が自分を扱っていないことに失望している。
しかし自分も家族を抱えている以上「今の仕事」の枠の外へ出て新しい仕事を見つけにいくわけにもいかない。
それ以外の生き方を知らないから。
その怒りの感情の奥にあるのは
「どうしてあるがままの自分を見てくれないの?」
と泣いている小さな子供の兄の姿なのでした。