専称寺の枝垂桜とテレビクルー・前編
一
この頃温かくなってきたし、基本的に毎日2時間ほどの散歩に出かけている。
今日は近くの専称寺という寺の枝垂桜が満開と聞いたので、少しひやかしに行ってみることにした。
いつもは、山手の公園の展望台まで行くのだが、その専称寺という寺も方角は違えど、同じ山の麓にあるので、ひやかしがてら登山道を途中まで登ってやろうという魂胆である。もっとも、いつもの公園は学校が休校になってからというもの、子どもたちとその親が大阪方面からも来ていて、駐車場もほぼ満車だし、土日には展望台への階段も少し銀座になりつつある。一方僕は、脇の登山道から登り下りするので、ある程度混雑は避けられる。
スマートフォンは所持していないので、デジカメだけを持って歩き出す。途中のどかな田んぼ道を抜け、上りになっている道を半時間ほど歩くと到着。まだ午前中なのに人だかり。決して広くない境内に枝垂桜が一本だけ、脇で抹茶や甘酒などが販売されている。
あまり楽しくなさそうだなと思いながら、せっかく来たので良さそうなポジションを空くのを待って、数回シャッターを切る。印象的だったのは、派手なスポーツウェアに身を包んだ10人ほどの初老の婆さんグループ、腰の折れ曲がった老夫婦、30代くらいの女性とその母親らしき女性。小さな子どもは一人だけで、母親と爺さんらしき人物と一緒だ。
あと目立ったのは、どこかの介護施設から来た若者のしょうがい者と職員たちのグループだ。中心には車いすに乗った10代の女の子、楽しいのかずっと首を縦に振りながら何か言っている。職員が記念撮影をしようと「○○ちゃん止まって!」と言うと止めてにっこりスマイルする。その後ろには男の子たちが二人。日差しの方向を向いているので、眩しくてみんな目をちゃんと開けられない。微笑ましい光景に思わずこちらの顔も綻ぶ。
二
ひとしきり写真を撮り終え、寺の裏手の道を通って立ち去ろうかというところ、何やら全身黒ずくめの男が二人、寺の裏から塀越しに境内を覗いている。
何だあいつらは。怪しい、怪しすぎる。
と思うかの僕も上下黒のスウェットに黒のキャップなので大差はない。中には何やら白い紙を持った背の高い若い女性が一人。そういえば、寺の入り口に本日(26日)は読売テレビten.の生中継があると張り紙があった。ちょうど入れ違いでよかった。もうあれ以上の混雑はお断りだからだ。
角を曲がると、更にその後ろから同じく黒ずくめの集団が10人ほどぞろぞろと歩いてくる。今までの3人と違うのは全員がマスクをしていること、それぞれが手に何かしらの道具を持っていることである。すれ違いざまに会話が聞こえた。長い棒を持った若い女か隣を歩く男に向かって、ピョンピョン飛び跳ねながら「マサイ族」と言ったのである。
面白くない。しかも何年前のネタやねん。おれが小学生の時のCMやぞ。
そもそもマスクをしていたので若く見えただけで、実際はそんなに若くないのかも。とどうでもいいことを考えながらテレビクルーをやり過ごす。とそこに今度はあのでっかい中継車が細い角を曲がりながらこちらに向かってゆっくりと坂を下ってくる。その後ろにはでっかいワゴン車が連なる。こんな片田舎に似合わず。
邪魔だ。轢かれたら終わりだ。
僕は3年前の旅の途中で車を手放したし、最近は車通りの少ない道を選んで歩いている。家の周りの集落は道が細いわりにここ数年で車通りが増えたように思う。しかも、年寄ドライバー、若いドライバー、保険屋のカブとみんなすごいスピードで段差でぶわっと跳ねながら走りすぎていく。普段自動車に乗らない者にとっては、自動車は正に走る凶器である。その代わり税金を払っているのだろうけど、金の問題じゃない。
三
寺の裏を走る幹線道路を超え登山道に入る。途中でハトが二匹、こちらの様子も気にすることなくかれた松の葉の中をつついている。登山道の脇を流れる小川のせせらぎが気持ちいい。その先にはアタラシ池という池があり、透き通った水の中には深緑の喪が漂っていて神秘的だ。
僕は、登山道の脇にそれる丸太階段のある道を登った。こちらのほうが時折行く登山客とすれ違わなくて済むから気が楽だ。しばらく登ったところにいい感じのベンチを発見。木漏れ日の中腰を下ろす。もう車の音は聞こえない。鳥の鳴く声と杉の木が風に揺られ、上のほうで時々ミシッという音を立てる。羽織っていたパーカーを脱いで長袖のTシャツ姿でいたら、ちょうど気持ちのいい気温だった。
下山途中、登山口にあった立て看板を読んでみた。それによると、いま僕が通ってきた道の脇を少し上がったところに将軍の城跡があるそうだ。なんでも、戦国時代にこの辺り一帯を治めていた岡氏という武将の城であったらしい。その岡周防守は、信長側の勢力だったのが途中で武田信玄に寝返り、その後再び信長側につくが、その信長によって討たれたという。
なんか、今の社会とあんまり変わらんな、戦国時代も。
城のほうに続く道は通ったところ見当たらなかったが、今度、機会があれば散策してみようか。そう、僕はいい年して小学校のころから続く探検を未だにやっているだけである。
後編に続く...
参考
既存社会からの脱出に向けて。あなたと一緒に、さあ行こう。