地方(田舎)から首都圏一流大学へ行くことの意味

愛読している、東大卒の人生を考える会さんが、地方から首都圏一流大学へ行くことの意味を書かれている。

私は、三重県の田舎から慶應へ進んだ。三重県の自称進学校のトップ層は、京大、阪大が多かったので、まあ私は少数派だ。そもそも、260人いた公立中学校から早慶に合格したのは、2人だけだ。旧帝大や医学部も2人だけだ。地方の田舎から一流大学へ合格するのは至難の業なのである。そのため、マイノリティであるため、田舎から首都圏一流大学へ行くことは、人間関係のリセットという難しい問題があるのだ。私のようなヲタでモテなかったガリ勉は別に構わないかもしれない。しかし、リア充で地元に恋人がいた場合は、だいたい別れることになる。

大学で親友をつくれれば良いが、コロナ後は、大学生も人間関係が希薄になっているらしい。体育会は別格だと思うが、体育会は厳しいので、インターンシップに参加しづらいため、就活においては諸刃の剣だ。

そのため、田舎から首都圏一流大学へ行くのは、相応の覚悟が必要だ。特に東大と慶應は要注意だ。東大は開成・灘・筑駒などで人間関係ができあがっている。そして、男子中心の派閥である。慶應は、附属が幅を利かせる。私は運良く附属組とも仲良くなれたが。

首都圏一流大学で意味があるのは、当然医学部と、東大・一橋大学・東工大・早慶くらいだと思う。ギリギリ横浜国立大くらいか。ここに届かないようであれば、関西の関関同立、名古屋の南山や名城、福岡の西南学院くらいで良いと思う。問題は北海道と東北だ。北海道・東北はまともな大学と就職先がほとんど無い。。。就活も東京に出ると東大一橋大早慶にボコボコにされるだけだろう(特に文系)。北海道・東北は無理を承知で首都圏の大学を受けるしかないかもしれない。

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