ヘアマン・こね粉 der Hermann-Teig(デア ヘアマン・タイク)
まずは、ドイツ語のder Teigから始めよう。これは、男性名詞で、eiの複母音は、「アイ」と、語尾のg字は、「ク」と発音することに注意したい。複数形は、Teigeとなり、この時は、ge字は、「ゲ」と濁音化する。意味は、「ねり粉、こね粉、パン生地」等であり、筆者個人としては、「ねる」より、「こねる」の方が、パン製造時における、あの作業を正しく表現しているように思われるので、「こね粉、ないし、生地」を本投稿には訳として使うこととする。
次に、Hermannである。カタカナ表記では、一般的に「ヘルマン」となるが、音節の〆となるr字は、むしろ「ア」と発音した方が、原語に近くなるので、「ヘアマン」と表記した。Hermannは、普通は、小説家ヘルマン・ヘッセなどと名前として日本では知られているが、これは、苗字にもなるものである。ゆえに、Hermann Hermannということも理論的に可能であり、実際、オーストリアの1920年代には、この名前の社会民主党の政治家がいたのである。
ヴァリエーションとしては、「Herman」もあり得るが、これは、英語やデンマーク語などと同型となる。この名前の出生は、一つには、既にゲルマン祖語、古高地ドイツ語に見られ、Herimanから来ていると言う。「heri」とは、「軍隊」を、「man」は、「男」を意味する。
Hermannは、名前としては、ドイツにおいて、すでに中世後期から好まれていた名前で、19世紀末から20世紀初頭では、最も好まれた名前の一つに数えられている。例えば、あのナチス党の最高幹部の一人Hermann Göringは、1893年生まれである。1940年代頃から次第に人気がなくなり、60年代頃には、すっかり古風な名前と考えられて、付けられなくなる。
その人気のない名前のHermannが、表題の「ヘアマン・こね粉」と、どうして「ケーキ生地」の名前の一部になったかは、つまびらかではない。ウィキペディアによると、この「ケーキ生地」が西ドイツで流行りだしたのは、この名前が殆んど廃れていた1970年代のことで、それは、ひょっとして、これを広めた女性の恋人の名前が偶然にHermannであったからかもしれない。この生地は、Teigの部分を取って、ただ「Hermann」とだけ言われることもあり、さらに、この生地が砂糖を含んで甘いことから、「süßer Hermannズューサー ヘアマン」と呼ばれる。「süß」とは、「甘い」という意味の形容詞であるが、この形容詞は、場合によっては、「可愛い」の意味を持つこともある。ある動物が可愛くてしようがない時、人は、この言葉を引き延ばして、Süüüüüüß!などとドイツ語で口走るのである。
さて、この形容詞süßの反対語が、sauerザウアーである。ドイツ風の、あのキャベツの漬物Sauerkrautのsauerである。そして、実は、甘いHermannteigに対して、パン生地として、酸っぱいSauerteigがあるのである。ドイツ・パンと言えば、このSauerteigで作ったパンを挙げるほど、ドイツでは好まれている、日持ちのよいパンである。そのまま、バターを塗っただけ、あるいは、マーマレードをさらにその上に塗って食べても美味しい。または、スープや煮込み料理にも添えても、このSauerteigのパンがよく食べられている。
Sauerteigは、自宅で発酵させて作れるパン生地である。まず、コップに50gのライムギの全粒粉を入れる。このコップに50mlの温かい水を加えてかき混ぜ、30℃に温度を保った環境で24時間発酵させる。24時間後、同量のライムギ全粒粉と温水をさらに加える。そして、コップの中で泡がぽつぽつ浮かび出てきて、量がほぼ二倍に膨れ上がるまで待つ。酸っぱい臭いと異臭が上ってくるが、さらに、同量のライムギ全粒粉と温水を加えていき、その臭いが、酸っぱいながらもフルーティーなものに変わってきたら、「実験」は成功したのである。
こうして出来上がったSauerteigの「種」を、今度は、10g取り分け、別のグラスに、このSauerteigの「種」10g、ライムギ全粒粉50g、温水50mlを入れて、かき混ぜ、量が二倍になるまで寝かす。こうして、上述のように量を増やしていき、最終的にオーブンでこれをパンに焼き上げる。
一方、甘いHermannteigは、自宅で発酵させることが出来るという点ではSauerteigと同様であるが、材料として、小麦粉、砂糖、ベーキングパウダーを使う点で異なる。しかも、Sauerteigとは異なり、「実験」は、ほぼ100%成功すると言う。このHermannteigを入れて焼き上げたケーキは、生地に湿り気が残り、日持ちがよく、アローマが高く、美味しくなるという、いいこと尽くめである。
材料は、小麦粉100g、砂糖大匙一杯、ベーキングパウダー半袋(小匙二杯)、温水200mlで、これを、容量1,5リットルのプラスティック製(!)のボールに入れて、よくこねる。ボールに布巾を被せ、室内温度で、一日一回、生地をかき混ぜながら、二日間寝かせておく。さらに二日間、生地を時々かき混ぜながら、寝かせておく。五日目になって、ボールに、小麦粉100g、砂糖150g、ミルク200mlを加え、よくかき混ぜた後、今度は冷蔵庫に入れて寝かす。その後、四日間、毎日一回生地をよくかき混ぜる。十日目に、五日目と同量の小麦粉、砂糖、そしてミルクを加え、よくかき混ぜるとHermannteigは出来上がったことになる。
出来た生地を四等分し、その四等分されたものの一つ約200gで、ケーキを一個焼くための素とする。残りは、冷凍庫に入れてしまうか(三ヶ月間保存可能)、さらに、Hermannteigを「増殖」させるのに使うか、或いは、友達・知人に分け与えてもいいのである。この友達・知人に分け与えるということが、1970年代にHermannteigが西ドイツで有名になった切っ掛けであり、それが、80年代にエコロジー運動の展開と共に、チェーン・レターのように、西ドイツ中に広まったという経緯があったのである。
自宅でケーキを焼かれる方、試しに、このHermannteigを使ってみてはいかがであろうか。