ジャーマン・カモミーレ german chamomile

 今回は例外的に英語の日本語訳を表題に挙げた。chamomile、英語で「カモミーレ」、或いは、「カモマイル」と発音する、この言葉自体は、このように記載された感じでは、植物分類体系において、より上位の分類名に相当するように思われる。それで、ウィキペディアで調べてみると、種の上の名称は、カテゴリー(この言葉はドイツ語で、Kategorieと書き、日本語では哲学用語になるが、ドイツ語では日常語の一部でもある。)としては、確かに、「属」名である。英語では、この言葉のラテン語学名が、Matricariaとなり、ドイツ語名では、Kamilleカミレとなる。日本語名では、キク科の中の「シカギク属」ということになる。すなわち、german chamomileとは、キク科シカギク属の一品種である。

 という訳で、まずは、Matricariaという学名から始めてみよう。この言葉のドイツ語訳を、さらに日本語に訳すと、「母雑草」となる。matriが、matrixマトリックスから来ていて、ギリシャ語で「子宮」を意味すると言う。アメリカのSF映画「マトリックス」でも有名になったこの言葉を、「子宮」という意味から再度考えると、映画の意味内容にもう一度深みを与えることになるかもしれないが、なぜ「Matricaria」という名称が付いたかと言うと、これが、薬草としてして、ヨーロッパ古代より、婦人病に使用されたことから来るのである。それ故、「母雑草」は、「母薬草」と訳すべきであろう。

 では、german chamomileのchamomileという言葉を考えてみよう。chamomileとは、元々ギリシャ語のchamaimêlonから来ており、「土の上に育つリンゴ」を意味すると言う。これが、ラテン語のcamomillaとなり、さらに、英語のchamomileとなる訳であるが、フランス語でもcamomilleカモミーユであり、いかに、中世ラテン語を通じてフランス語が英語に入り込んでいるかも分かる次第である。と言うか、イギリスにおいて、フランス語がどれほどイギリス社会の上流階級において浸透していたかが推察されるが、一方、ドイツ語に関して言えば、中高ドイツ語にも「gamille」という言葉が登場しており、ギリシャ語以来の言語発達の展開との繋がりが感じられ、ここから、現在のドイツ語の「Kamille」という形になるにはあと一歩のところである。

 つまり、ドイツ語でのgerman chamomileの俗称が、これをドイツ語から訳すと、「リンゴ香草」と言えるほど、この「雑草」には香りの要素が高いのである。日本人たる筆者には、この香草の匂いが、リンゴであると言われれば、確かに、そうとも言えるのであるが、かと言って、そう言われなければ、そうでないようにも思われる。何れにしても、少々甘酸っぱい、しかし、爽やかな香りをこのハーブの香りは持っていると少なくとも言える。

 このように、german chamomileでは、この香りのあることが決定的な要素になっているのであるが、実は、マーガレットと似たような形状の花、つまり、中心にある、黄色の筒状花の周りに、白い舌状花が付いているような花で、香りがしない「Kamille」の品種もあるのである。とりわけ、海岸に近い地域に生えているものを、「浜のKamille」と人は呼ぶのであるが、これは、german chamomileとは別の「属」であり、しかも薬草としての効用もないので、「偽物の」german chamomileとなる。

 ここから、german chamomileをドイツ語で、Echte Kamilleエヒテ・カミレということになる。echteとは、形容詞で、「本物の」という意味である。echteのch字については、これを、空気を口内で擦るように、発音したいものである。

 そこで、なぜにgerman chamomileが「german」であるのかが、筆者が、本来、この投稿をしようと思った理由である。「ジャーマン・ポテト」と言えば、ドイツ料理には、このような名称の料理はないのではあるが、ドイツ風に調理されたポテト料理という意味で、「ジャーマン」が、日本語では使われている。では、german chamomileとは、ドイツ特有のchamomileなのであろうか。色々調べてみたが、「Echte Kamilleエヒテ・カミレ」がドイツ地方特有の品種であるという説明は見つからない。

 そこで、英語の記述を見ていて、ふと、「roman chamomile」なるものが存在することが分かった。german chamomileとは別の「属」に属し、german chamomileが一年草であるのに対し、多年草であると言う。同じくリンゴの香りがするが、薬草としての効用は、german chamomileより弱いと言う。

 しかし、これで、なぜ、german chamomileが「german」であるのかが、ようやく推察できたのである。つまり、「roman」と対比される「german」とは、ヨーロッパ文化史の文脈から言いうと、ローマ帝国対ゲルマン民族、つまり、アルプス以南とアルプス以北との対比であるということである。ゆえに、筆者としては、german chamomileは、「ゲルマン・カモミール」と訳したいところである。

 最後に、「Kamille」の和訳について一言、述べたい。実は、この言葉は、日本では、すでに江戸時代から知られており、オランダ語名kamilleが日本に伝わってきていた。同じゲルマン語族の言葉であり、kamilleが、ドイツ語では、Kamilleであることは容易に納得できる。この言葉を、音節に分けると、ka-mil-leとなり、当時の日本人は、これに、万葉仮名よろしく、「加密列」と漢字を振り当てたのである。ゆえに、Kamilleの和名は、「カミツレ」となるが、これは、いかにも「カミレ」とは、ほど遠い綴り字である。なぜに、例えば「加美列」ではなく、「加密列」と記述したのであろうか。

 この「カミツレ」の「ツ」を小文字で書くとどうであろう。「カミッレ」となり、「カミレ」に近くなる。しかし、ka-mi-leとka-mil-leでは、やはり、異なる。その違いを、「ッ」で表現しようとした、江戸時代人の「真面目さ」に、筆者は、敬意を表するものである。確かに、物事を本を通じて勉学することから、発音がどうであるかに余り重きを置かず、そのことにより、綴り字や訳し方に問題が生じる点は難点があるあろうが、しかし、限りなく真実に近づこうとする、学問的真摯さが、この「加密列」の表記に現れているように筆者には思われ、このような学問的・科学的態度が、フェイク・ニューズの蔓延る今日ほど、求められている時代はないのである。

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