「海洋空間秩序」Meeresraumordnung メーrレス・rラオム・オrルドヌング


 このMeeresraumordnungという複合名詞は、三つの名詞から出来ている。Meer、Raum、Ordnungの三つである。

 最初のdas Meerという中性名詞は、「e:」の長母音をしっかり口角を横に引っ張って発音したい。日本語風の「エー」ではいけない。また、音節の〆となるr字は、「ア」となるので、この単語は「メーア」と発音することになるが、この名詞の意味は「海」である。

 「海」という意味であれば、別にSeeゼーという単語もあるが、この名詞は面白いことに、「両性具有」の単語であり、der Seeと男性名詞にすると、「湖」の意味に、die Seeと女性名詞にすると、「海」になる。それでは、das Meerとdie Seeの違いは何かとなると、一般的には、陸地に多く囲まれた海、内海的な海にはdas Meerを、そうでないものは、die Seeと呼ぶ傾向があるようである。例えば、北海やバルト海には、Seeを使うのに対して、地中海や黒海には、Meerが使われている。という訳で、ドイツ人にとっては、南西から北東に海流がよく抜けているはずの日本海でもこれをドイツ語訳すると、Japanisches Meerヤパーニシェス・メーアとなっていることが面白いところであろう。このMeerを「~の」とすると、Meeresとなり、表題通り、「メーrレス」とr字をしっかりドイツ語風に発音したい。

 次に、der Raumという男性名詞であるが、複母音「au」は、「アウ」でなく、「アオ」と発音した方がより原語に近い発音となる。また、語頭のR字は、しっかりドイツ語風に、口蓋垂、つまり「のどひこ」をよく震わせて発音する。という訳で、表題通り、「rラオム」となる。

 三つ目の、女性名詞であるdie Ordnungの中にあるr字は、上述のRaumのR字のようには発音出来ず、また、「Meer」のr字のように「ア」ともいかないので、喉の奥を狭め、空気をかすらせるようにして発音するとよいであろう。この単語は、まずは、「秩序」と訳しておく。

 さて、三つの単語のつなぎ方で、MeerとRaumの間に「-es」があるのに対して、RaumとOrdnungの間には「-s」などがないことから、Raumordnungがこれで以って一つの単語と意識されている度合いが高いと言える。「大学の図書館」を「大学図書館」と言うのと同様の原理である。それで、まず、Raumordnung rラオム・オrルドヌングという複合名詞を考えてみる。

 この言葉は、ウィキペディアによると、1920年代からの従来の日本語訳では「国土計画」と訳されているが、これを直訳すると、Raumordnungは「空間秩序」となり、このように直訳してみると、「国土計画」と随分と意味合いが異なってくる。ここでの、「空間」とは、空域も含めた「領域空間」であり、単に「国土」のみを意味してはいない。また、「秩序」とは、何かを何かの基準で構成したことにより生ずるものである。故に、「計画」という将来に向けての時間的次元はここにはなく、むしろ一歩下がって、現状を措定することの方がまずは基本となる意味合いである。

 これが「国土計画」になるためには、国家領域空間を「国土」に限定していき、更に、一定の基準で「秩序立てられていた国土」を、将来に向けて、新しい空間構成の基準を入れることを以って、そこに変化させていこうとする要素が出てきて初めて、「秩序」は「計画」になる。

 そして、この新しい空間構成の基準とは、あくまでも、ドイツ国民の住むべき土地を如何に確保するかにあった訳で、国内的には、都市部、郊外地区、農村部、田園地区、森林地区などの土地利用を含めた「開発計画」となるが、中世以来の、いわゆる「東方植民」の問題も考慮すると、それは、対外的には、「攻撃的」な領土奪取の政策にもつながる要素を持っていたと言える。

 第二次世界大戦後は、旧ドイツ帝国からは東プロイセンなどが失われ、また、DDR東ドイツの成立により、更にBRD西ドイツが持つ「国家領域空間」が狭まった中で、西ドイツの最初のRaumordnungに関して連邦レベルでの法律Gesetzゲゼッツが成立したのは、国家成立後16年経った1965年であった。このRaumordnungsgesetz rラオム・オrルドヌングス・ゲゼッツ(略して「ROGエrル・オー・ゲー)は、その後、1997年、2008年、2009年と大幅に改定されるが、これらの改定の背景には、単なる居住地確保の目的だけではなく、自然保護と持続可能性の問題、そして、EU(エー・ウー)レベルでの、海域を含めた空間開発のコンセプトの設定があるのである。

 さて、このRaumordnungsgesetz(ROG)は、あくまでも、立法・政令・条例のために枠組み的な指針を与えるものであり、連邦主義のドイツでは、とりわけ、東西ドイツ統一後の2006年の、BRDドイツの憲法たる基本法の規定を変えた連邦制度改革により、連邦レベルのROGの枠組み的規定からは、州(Landラント)のEntwicklungsplanエントヴィックルングス・プラーン「開発計画」が若干異なってもよいことになったのである。何れにしても、連邦レベルでの現状措定的なRaumordnungは、「開発計画」という目的で州レベルで具体化されると、Landesentwicklungsplan(LEP)ランデス・エントヴィックルングス・プラーンという名称になるのである。

 これを受けて、更に三次元の空間を二次元の平面に見直し、地表面(海では「海表面」)をその利用という観点から開発計画を立てたものが、Flächennutzungsplanフレッヒェン・ヌッツングス・プラーン、直訳して、「平面利用計画」、略して、F-Planという。

 このF-Planを、更に地方公共団体レベルで特化して、建物の建築計画が練られる訳であるが、それが、Bebauungsplanベバウングス・プラーン、略して、B-Planとなる。こうして、連邦レベルでのRaumordnungにおける大枠の基準が地方公共団体レベルでのBebauungsplanに具体的につながっていくということになる。

 以上をまとめると、連邦レベルでのRaumordnungsgesetz(ROG)から降りて、州レベルでのLandesentwicklungsplan(LEP)、更に、Flächennutzungsplan、つまりF-Plan「平面利用計画」、そしてBebauungsplan、つまりB-Plan「建築計画」へと三レベルで具体化されてきて、「都市開発計画」が決まっていくことになる。これにドイツでの環境保護法制を加味して考慮すると、ある極東の、自称「文化国家」の首都で、「都市再開発」という名目で都内にある樹木が大量に伐採ないし移植されうるという事態は、ドイツではまず考えられないであろう。ドイツの地方の小さな町にある公園に生えている樹木を切るというだけでも、公園の近くに住んでいる住民がこれを問題視し、環境保護課に連絡する。それを、地元新聞が取り上げて記事にしたり、場合によっては、町議会でこのことが議論されたりするという「社会常識」がドイツには存在するからである。

 以上、前置きが長くなったが、このRaumordnungを今度は海域に当てはめると、表題にある通りのMeeresraumordnungメーrレス・rラオム・オrルドヌング、「海洋空間秩序」となる訳であるが、以上の説明からこの直訳が含むドイツ語的・ドイツ的文脈はよく理解できるであろう。

 全ての開発計画の土台にRaumordnungsgesetz ROGがあるように、海域における開発計画の土台にMeeresraumordnung、略して「MROエム・エrル・オー」がある。MROは、ROGが2004年にドイツの排他的経済水域(領海を12海里とし、排他的経済水域は、領海も入れた200海里以内)にも当てはまるように拡大されたことを受けたものである。

 この現状措定的なMROを土台に、今度は具体的な開発計画を立てると、ドイツの排他的経済水域内に関してのRaumordnungsplan rラオム・オrルドヌングス・プラーン、つまり「空間秩序計画」となって、土台となる現状措定から一歩進めて、開発計画へと一歩乗り出した形になる。陸上での開発行程に合わせて考えれば、それは、Landesentwicklungsplan(LEP)、即ち、「州開発計画」に相当するものである。なぜこれが必要になったかと言うと、それまでの漁業権や船舶航行の問題に、自然環境保護と並んで、洋上風力発電の問題が焦点に入ってきたからである。このRaumordnungsplanの更なる具体化においては、その策定の様々な段階で、国内・外の省庁、官庁や関連団体との会議を通じて、更には公聴会も開催しながら、開発計画案が練られて、Meeresraumplanungメーrレス・rラオム・プラーヌング「海洋空間計画」が出来上がる。これこそが、英語でいうところの「マリーン・スペイシャル・プラン」であり、ここでこの名称が出てきたことで、「なるほど、あれか。」と頷かれる方もいられるであろう。

 ドイツで最初のMeeresraumplanungが法令として定められたのは、2009年のことで、その後、EUの海洋関係の合意に基づいて、2009年のMeeresraumplanungが2017年に改定された。2021年の第二次Meeresraumplanungは、改定後の情勢の変化を考慮して、更に新しく策定されたものである。

 一方、同じ年には、排他的経済水域に関するRaumordnungsplanの最新版も発効しており、その担当連邦省たる、当時の「内務・建設・郷土省」がその策定をその二年前から始めており、その策定の中心となったのが、「船舶航行及び海図作成のための連邦庁BSH」である。なぜなら、この連邦庁が調査船などを持っているからであり、ここが海域の現状措定を行なえるからである。BSHとは、Das Bundesamt für Seeschifffahrt und Hydrographieの略で、社会民主党政権下の2024年現在、交通省の管轄下に入っており、その所在地は、HamburgとRostock rロストックの二箇所である。また、この連邦庁が、洋上風力発電基設置の許認可事務も行なっている。

 この投稿を終えるに当たって、最近驚いたことを一言述べておこう。ある日本の方のブログ・サイトを読んでいて、日本には上述の「マリーン・スペイシャル・プラン」なるものが未だに存在していないと言うのである。もし、これが本当であるとすると、法治国家である日本で、海洋開発は、漁業権の保障、環境・気候保護、エネルギー転換の課題などとどのようにして総合的調整が付けられて、行なわれることになるのであろうか。筆者には、日本語の「開発」に付きまとうネガティブなイメージがどうしても払拭できないのである。


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