女子サッカー [5] der Frauenfußball(デア フrラオエン・フースバル)[5]
2021/22年の女子サッカーEM(ヨーロッパ・カップ)で、ドイツ女子ナショナルチームは、予想外のEM準優勝で、ドイツは、22年7月、二度目のSommermärchenサマー・メルヘンを味わった。ドイツ女子ナショナルチームの「女傑」たちは、8月の頭に、ドイツはフランクフルト アム マインに凱旋した。(Heldinnen:Heldヘルトの女性・複数形を21世紀においてどう訳すべきか。さすがに、「英雄」はないであろうから、「女傑」としたが、他に「女丈夫、烈婦」もありえる。)
7月、8月と言えば、ドイツ、ヨーロッパでは、夏の休暇の時期である。ドイツでは、有給休暇は、一年で30日程度は取れることになっているので、年6週間は仕事から休める。クリスマス休暇用に一週間取るとして、夏の休暇には、まずは3週間ないし4週間を取るのが普通である。ゆえに、女子ナショナルチームの選手たちも、EM準優勝を祝った後は、それぞれがサマー・ヴァケーションを満喫しに、それぞれの地に散っていった。
まだ完全には終わっていない、23年開催予定の女子サッカーWM(ワールド・カップ)の予選が、9月初めに再開されることから、女子ナショナルチームは、休暇で休めた体を再び対戦モードに戻すために、8月末に再びフランクフルトに集合した。この時、ナショナルチームは、このトレーニング初め(ぞめ)を、EMでの応援に対するファンへの感謝の印として、普通は非公開であるのであるが、オープンのトレーニングとした。これを受けて、約2千人のファンがトレーニング会場に集まり、選手たちもまたスタジアム内を一周して拍手でファンの声援に答えたのであった。
23年WMへの予選では、ドイツはグループHハーにあって、スケジュールで最後から二試合目の対トルコ戦で勝利して、対ブルガリアとの予選最終戦を待つまでもなく、9月初旬にグループ一位を確保して、WM行きのチケットを確実にゲットした。
こうして、9月中旬には第33回目の女子ブンデス・リーガが始まる。当面の課題は、EM大会でのサマー・メルヘンの高揚を、ブンデス・リーガという日常的サッカーにどうつなげていくかである。とりわけ、テレビ中継でどれだけ視聴率が稼げるかである。
ついこの間のEMでの、対イングランドとの決勝戦では、ドイツの、約1千8百万人がテレビの画面の前に釘付けになったのである。それは、ドイツの女子サッカー史上最多の数字であった。この波にどう乗れるかである。
女子ブンデス・リーガは、1989年にDFBドイツサッカー連盟によって設けられ、翌年から始められた。1989年と言えば、ドイツの女子ナショナルチームが初めてヨーロッパ・チャンピオンになった年であり、1990年には、男子サッカーがWMで三回目の優勝を遂げた年でもある。また、90年とは、東西ドイツ再統一の年である。
最初は、それぞれ10チームで構成される、ドイツ南北の二つのグループ内で二回総当たり戦をして、各グループの総合点一、二位同士が準決勝、決勝を行なって、DM(ドイツ・チャンピオン)を決めていたが、次第にチーム間のレベルの差がハッキリしだして、やはり大きな町の、有力なスポンサーが付いたチームがのし上がってくると、1997年には女子ブンデスリーガ1部が、全12チームで作られた。これに合わせて、ドイツ女子サッカーは、徐々にブンデスリーガ2部(14チームで2004年成立)、地域リーガ(全部で五つの地域に分かれ、一つの地域リーガに12ないし14チーム)、これに州レベル或いはそれに相当するリーガが底辺を支える四部構成のリーガ・システムが出来上がっていった。
ブンデスリーガ1部で、シーズンの終わりで最多に勝ち点を集めれば、DMとなるが、ヨーロッパでは、女子ブンデスリーガ1部で、一位、二位になれば、UEFAのウーマンズ・チャンピオンズリーグに参加が許され、ここでも優勝すると、DMと並ぶ二冠(いわゆる「ダブル」)となる。これに、さらに、全ドイツのDFBに登録されているサッカークラブが絡むDFBポカール(杯)を獲得すれば、三冠王、失礼、三冠「女王」となる。これを「トリプル」と言う。
では、まず、DMに関して述べよう。DMは、変則的にではあれ、すでに1973/74年のシーズンからあるが、それをここで述べることは煩雑になるであろう。また、1990年以降の南北2リーガ制時代のことも同様であると思われるので、ここでは、ブンデスリーガ1部が成立した1997年以降の推移を簡単に述べておく。
1990年代には、すでに、大きな町の、スポンサーの資金が集まるチームがリーガを制覇する時代にドイツ女子サッカーもなっていた。大きな趨勢を見ると、多少の異動や同じ町の中でもチームが異なったりもするが、1997年から2012年までのほぼ15年間は三つの都市がブンデスリーガ1部を押えていた。ベルリンと並ぶドイツ女子サッカーの揺籃の地であるルール地方にあるDuisburgデュイスブrルク(方言としては、i字は、例外的に長母音化を指すものになるので、「デュースブアク」と発音すると、現地語に近い)、西ドイツにあるマイン川沿いのFrankfurtフランクフrルト アム マイン、そして、東ドイツの社会主義国家DDR内での女子サッカーの伝統を持つ、ブランデンブrルク州州都のPotsdamポツダムである。
2012年以降は、Volkswagenフォルクス・ヴァーゲン車の町と言えるWolfsburgヴォルフルスブrルクが徐々に台頭し、このWolfsburgと、すでに2001年からブンデスリーガ1部の四位などに付けていたMünchenミュンヘンとが、2014年以降22年まで、DM争奪戦を繰り広げていると言った情勢である。とりわけ、Wolfsburgは、12/13年のシーズンに初めてDMの地位に付いて以降、22年の10年以内に7回も首位を獲得し、その内、16年から20年までは5回連続して最多の勝利点をゲットしている。20/21年のシーズンで一度ミュンヘンに間を抜かれた後は、21/22年シーズンでは、Wolfsburgが再び現チャンピオンとなっているという状況である。Wolfsburgとは、地名であるが、「WolfのBurg」と考えることができ、「狼の山城」となる。そのWolfの女性形がWölfinヴォェルフィン、その女性形の複数形がWölfinnenメス狼たちとなる。ゆえに、Wolfsburgのチームは、徒党を組むメス狼の群れに喩えらる。
一方、ブンデスリーガ1部の首位と二位が参加できる、UEFAのウーマンズ・カップないしウーマンズ・チャンピオンズリーグでは、2001年以来、ドイツの女子サッカークラブで優勝したチームは、Potsdam、Duisburg、Wolfsburg、そしてFrankfurtである。とりわけ、1. FFC Frankfurtは、第一回のウーマンズ・カップをゲットして以降、その後、2015年までに4回優勝したことのあるチームである。FFCとは、Frauen-Fußball-Clubフrラウエン・フースバル・クルップの略である。因みに、ウーマンズ・チャンピオンズリーグを最多に制覇しているチームは、フランスのオリンピック・リオンで、その数は8回であり、2016年から20年までは5回連続優勝である。フランスが、女子サッカーの強豪の一つであるのも頷ける訳である。
さらに、四段階のリーガを巻き込んだDFB-Polkal、つまりDFB杯は、その第一回目が1980/81年のシーズンであった。未だブンデスリーガ1部が結成される前であり、ゆえに、この時代にこの優勝杯を手にすることは、一つの女子サッカーチームにとっては、極めて重要なことであった。
初期の優勝チーム名を述べるのは、ここでは割愛して、その後の主だったところを記すると、まず上述の1. FFC Frankfurtが、1999年に優勝して、その後5回連続してDFB杯を獲得している。このチームは、その後も2022年までに4回優勝している。その他、PotsdamやDuisburgのチーム名もその名を連ねているが、ここ10年程で目立つのは、やはり、Wolfsburgである。2013年に初優勝してから、一つ間を置いて、2015年から今年の22年まで8回連続優勝を遂げているのが、このチームである。そして、上述のDM、UEFAチャンピオンズ・リーグ、DFB杯のTriple三冠を達成したのが、2012/13年シーズンのWolfsburgであった。このチーム以外で三冠を達成したのは、やはり、1. FFC Frankfurtで、それは、2002年と2006年のことであった。
それでは、ここ10年以来注目される女子サッカーチーム、VfL Wolfsburgについて述べよう。
まず、名称のVfL(ファウ・エフ・エル)である。サッカー・チームの名称には、よくFC(エフ・ツェー)が付く。これは、英語でも想像が出来る名称で、Fußball Club(フースバル・クルップ:「蹴球倶楽部」)である。SC(エス・ツェー)も同様に想像がついて、スポーツ・クラブである。では、VfLのVとは何か。「V」は、der Vereinデア・フェアアインという男性名詞の略で、ドイツ語では、「共通の目的を持って集まった人々によって設立された会」を言う。それぞれの活動分野により、日本語への訳は異なるが、協会、団体、社団、結社、組合などと訳せ、サッカーの場合は、Clubのドイツ語版と理解してよいであろう。「f」は、「~のため」を意味する前置詞fürフュアから来ている。
では、「L」とはどこから来ているか。die Leibesübungライベス・イューブングからである。中の「-es-」は、「~の」を意味する、二つの名詞を接続させる機能を持つもので、「LeibのÜbung」となる。die Übungは、「練習」の意味である。この名詞の最初のü字は、変音のu音で、両唇を強く丸めてi音を発音する文字である。ゆえに、「イュ」と表記した。der Leibデア ライプは、男性名詞で、身体、とりわけ胴体、下腹部を表す言葉である。「体」に対応しては別のドイツ語があるが、「身体」の二つの漢字の内で言えば、身重の女性を象形化したという「身」に近いのが、Leibである。それで、Leibesübungを「身の練習」とすれば、日本語に訳して一番相応しいのが、「体育」であろう。ゆえに、VfLとは、「体育のためのクラブ」、「体育クラブ」となる。
体育クラブ・ヴォルフスブrルクは、まず、男子サッカークラブとして、戦後すぐの1945年に設立された。2001年に社団法人から株式会社に移行し、その二年後、この組織内に女子サッカー部門が設立される。Wolfsburg市の女子サッカーの歴史としては、もともと別のサッカークラブの女子部門があり、ここが、さらに別の女子サッカー・クラブに合流し、そこが、最終的にVfL Wolfsburgに呑まれて、現在の女子部門が出来上がった。
早速、2003/04年のブンデスリーガ1部に登場するが、翌シーズンには2部落ちするものの、翌々年には直ぐに1部に這い上がる。それ以降、2010/11年のシーズンまでリーガの中堅を維持していたVfL Wolfsburgは、翌シーズンにはリーガ二位となり、それ後、FC Bayern Münchenと双璧をなす有力チームとなったのである。21/22年のEMでドイツ女子ナショナルチームの主力選手23名中、双璧の一方となっているMünchenからは7名が来ているのに対して、VfL Wolfsburgからは8名が来ていることも、このチームのリーガにおける優位を示す証左の一つであろう。前回の[4]で取り上げたキャプテンのAlexandra Popp(愛称Poppiポピー)や、「中盤の底No.6」の有望選手Lena Oberdorf(愛称Obiオービー)もVfL Wolfsburgの選手である。
で、いよいよ本稿のテーマである、EMのサマー・メルヘンを22/23年のブンデスリーガの日常でどう生かしていくかである。
まず、シーズン第一日目の第一試合を9月16日金曜日の19時15分に持ってきたことが変化の一つであった。金曜日のこの時間帯は、男子サッカーにリザーブされていた時間帯である。ここに女子サッカーをぶつけたのである。それに耐えられるために、この試合は、Münchenと、前シーズンにリーガ三位に付け、ナショナルチームに5人の選手を送っているEintracht Frankfurt(Eintrachtアイントラハト「団結一致」の意味)とを対戦させる好カードをこの日に持ってきた。この好カードには、約2万3千人が駆け付け、リーガ史上最多を記録したのである。好スタートを飾ったと言っていいであろう。
10月23日の日曜日の、VfL WolfsburgとMünchenとの頂上戦では、Wolfsburgをホームとして、地元会場の歴代最多の約2万1千人の観衆を前に、VfL Wolfsburgがホームの際に着用する、明るい派手な黄緑色(giftgrünギフト・グrリューン:毒々しい緑色)のトリコーが、フィールド内を縦横に駆け回った。2対1で勝ったVfL Wolfsburgが、その女王としての貫録を示したと言える。しかも、これまでの歴代最多数が、2014年に立てた約1万2千人であることを考えると、トレンドはポジティブな方向に向いていると言える。
前シーズンの観客動員数が、22週合計で約10万8千人であったのに対し、これまでの7週の合計が11万9千人と、すでに前シーズンの合計数を越えている。前シーズンが、一試合に付き平均観客数が840人であったのに対し、これまでの7週分(つまり、7X6)を一試合に換算すると、平均2.840人となり、330%の観客動員数の上昇である。
DFBは、すでにEM前から女子サッカーの振興に力を入れる戦略を立て、そのための女性担当委員も任命していたが、ブンデスリーガが始まった9月16日と同じ日に、女子サッカー・DBFフォーラムを立ち上げ、10月中旬、次期シーズンにおける、男子と女子サッカーのテレビ放映権の振り分けを公表した。それによると、女子サッカーの放映権に関しては、ドイツ・テレコムが持っているPay-TVの放映権を大幅に拡大し、Free-TVであるドイツ公共放送と民間放送での、女子サッカーの放映権を、男子サッカーのブンデスリーガ3部を抑える形で、拡大するという方針を明確にした。放映権とは、放送各社がこれを購入するということであり、それにより、ブンデスリーガを構成する各チームにもそれ相応に金が入ると言うことを意味する。試算によると、現在の指数を100とすると、23年以降は、その16倍の金が、女子サッカーのブンデスリーガ1部等に流れる込むと言う。これは、正に、「量子飛躍」であろう。
大きな大会があると、連邦首相や内務大臣(内務大臣は同時にスポーツ担当大臣)が決勝戦に観戦に来るのが伝統である。とりわけ、それがサッカーの大会であるWMやEMであると尚更である。前首相のMerkel首相(保守党)も好んでサッカーの決勝戦に臨んだが、現首相のScholz首相(社会民主党)も、今回のEM決勝戦に来ていた。試合が終わって、恒例のように、Scholz首相も、選手たちの控室を訪れ、その働きぶりを讃えたが、同時に彼は、ナショナルチームの面々に、男女差のある女子サッカー選手の報酬を男子同様のレベルまで上げることを約束した。その際、「You'll never walk alone」という、イギリスのサッカー賛歌になっている歌の題名を引用して、男女平等への、さらなる公助の一歩を支持する旨を明らかにしたのであった。
ジェンダー平等の話しは、さらに、続く。今年開催される男子サッカーのWMのためのトリコーが8月末に公表されたが、これまでとは異なり、同じトリコーを女子にも採用すると発表されたのである。伝統の白と黒のトリコーで、肩から腕にかけて黒の三本線が付き、首の幅に太い黒い部分が中央に入り、書かれた文字などは金色と言う、中々センスのあるトリコーである。
23年7月20日から一ヶ月間、オーストラリアとニュージーランドとで共同開催される第9回の女子サッカーWMは、史上初めて世界32チームを集めて開かれる。会場が南半球であるから、雨の降る、冷たい環境での試合を勝ち抜かねばならないことになる。ドイツは、予選同様、グループHでグループ戦を戦うことが、この間決まった。対戦国は、モロッコ、コロンビア、そして韓国である。人権やホモフォビアの問題が影を落とす、22年の男子サッカーのWMに対して、23年の女子サッカーのWMには心の曇りがなく応援ができる。グループCで戦う日本女子ナショナルチームと伴に、この大会でのドイツ女子ナショナルチームの選手たちに健闘を期待するものである。