(35)「ぼけ」の効果と働き ━━ レンズの味を決める
前回(「ぼけ」の話・その1)では、「ぼけ」について私自身の考え方や感じ方を中心に、やや独断的に話を進めた。そこで今回は「ぼけ」の描写の様子や〝味〟について、様々な例を出しながら、できるだけ客観的で一般的な観点(になるように心がけて)で話を進めたい。
「ぼけ」の描写はレンズそのものの個性であり、レンズそれぞれの持ち味でもある。「悪いぼけ、美しくないぼけ」とされていても、「好きなぼけ、個性的なぼけ」として高く評価されることもある。とくに最近はそうした傾向が強くなってきているようだ。
「ぼけ」は、ピントの合った部分の結像性能のように定量的に客観評価できない。官能的な評価が馴染みやすいと言えるのではないか。強いて言えば「好きなぼけ」「嫌いなぼけ」が最適な評価基準と言えるかも。しかし「好き、嫌い」だけで話をしてもツマらない。
ということを前提にしつつ、以下では「良いぼけ、悪いぼけ」などについても話をしていきたい(今まで言ってきたことと違うじゃないか、と叱られそうだけど)。
なお、「ぼけ」の描写や様子はレンズの光学設計によるところが大きいのだが、もうひとつ、絞り羽根の形状による影響も受けやすい。とくにハイエストライト部や点光源の「ぼけ」の様子は、絞り羽根のカタチや数によって「ぼけ」が違ってくる。それについては「絞り羽根枚数の話(14)」でも触れているので、もし興味のあるかたはそちらも参考にして欲しい。
良い「ぼけ」と悪い「ぼけ」
「ぼけ」の評価基準 ━━ 良いか悪いか ━━ が変わりつつある、とは言うものの従来通りの価値基準で「ぼけ」を、良いぼけ・悪いぼけ、で評価し判断する人たちが多くいるのも事実。それはそれでいいのだとも思う。
レンズの設計者もメーカーも、「ぼけ」の好き嫌いはハナから考慮に入れず「美しいぼけ」を第一目標にして設計している。美しく柔らかな「ぼけ」のみ追い求め、そうした「ぼけ」のレンズがイコール「良いレンズ」である、との考えをもとにレンズ設計に苦労したり工夫している。「個性的なぼけ=固くてカタチの悪いぼけ」のレンズというものはハナから無視し除外している、そんな傾向がなくもない。
一部のユーザーの傾向だが「大きなぼけ」もまた「良いレンズ」の条件になっているようだが、それについては後半であらためて述べたい。
では、多くの人たちやレンズ設計者が「良いぼけ=良いレンズ」として高評価しているのはどのような「ぼけ」を備えたレンズなのだろうか。
前回、一例として述べた木村伊兵衛氏が評価する「諧調のあるぼけ」は「良いぼけ」の条件のひとつと考えていいだろう。
いっぽうで、柔らかくふんわりと自然なカタチの「ぼけ」も良いぼけとされている。一般的には「硬いぼけ」や「カタチの崩れたぼけ」というのは、悪いぼけというのが定説になっている。また、丸い「ぼけ」の中がどれだけ柔らかくぼけていても、輪郭部がリング状にくっきりとしていたり、ハイライト部が二重にずれたような二線ぼけも硬く煩雑な印象を与えるので良くない(とされている)。
また、下に例として掲載した(写真・4)のように、絞り羽根の多角形のカタチがそのまま「ぼけのカタチ」となっているのも良くない(おもしろいッ、と評価する人も多いだろうけれど)。
光のきらめきなどの「ぼけ」はきれいな円状が良いとされている。
撮影画面の中央部付近ではきれいな円形の「ぼけ」になっているのに、画面四隅になると口径食などの影響でラグビーボールのように歪んだぼけ形状になる「ぼけ」はよろしくない。
色に濁りがないことも良いぼけとされる。また、逆光撮影などで高輝度(ハイエストライト)部のぼけが滲んで広がり、隣接した暗部にまで入り込む食い込みぼけもよろしくないとされている。
丸い「ぼけ」の中が渦巻き状の模様が浮き出たようになっていることがある。光学レンズ表面の研磨ムラが原因。渦巻きぼけとか輪体ぼけなどとよぶ人もいる。いうまでもなく「ぼけ」の中は均一でムラのないものが良いとされている。
柔らかく「ぼけ」るレンズのツクリかた
では、各メーカーは「良いぼけ」を得るためにレンズを設計と製造で、どのような工夫や努力をしているのだろうか。
古くからのオーソドックスな方法として、柔らかな「ぼけ」具合にするには球面収差を少し残す光学設計が採用されてきた(じつは球面収差だけでなく非点収差やコマ収差も「ぼけ」の形成に影響があるのだけど)。
球面収差を適度に残存することで「ぼけ」部分の周囲にフレアが出て柔らかくなる。しかしこの方法には2つの欠点がある。
その1つは「後ぼけ」は柔らかくできるのだが、「前ぼけ」が硬いリングぼけになってしまうこと。後ぼけも、前ぼけも同じように柔らかな「ぼけ」にすることがとても難しい。もう1つの欠点は球面収差を残すことで画像のシャープさが損なわれてしまうことだ。かといって球面収差を補正して画像の鮮鋭性を向上しようとすると、ぼけ味が硬くなってしまう。
そこで今までには、さまざまな工夫をしてピントの合った部分のシャープさと柔らかな「ぼけ」の両立させられるようなレンズの開発が試みられてきた。たとえば、前ぼけか後ぼけかどちらかを選択し優先させる方法で、メカ的に一部の構成レンズ群を変化させて(動かして)撮影するようなレンズが製品化された(ニコンの「Ai AF DC Nikkor 135mmF2S」)。しかしレンズ設計者の努力はむなしく、あまり好評ではなく後が続かなかった。
その後、もっと容易な(とは言い過ぎだが)方法として、アポダイゼーション(APD)フィルターを構成レンズ群の中に組み込むレンズが出てきた。
APDフィルターとはレンズ中央部から周辺部にいくに従って透過率を低下するように仕上げられた特殊フィルターで、これを加えることでピントの合った部分のシャープさを確保しつつ、前後とも柔らかなぼけ味が得られるというものだ。
だいぶ以前にミノルタが「STF 135mm F2.8 [T4.5] 」を製品化させ(その後ソニーが同じ仕様で継続販売)、他のメーカーも同じような手法で「柔らかなぼけ」のレンズを開発するようになった。
たとえば、富士フイルムが「XF56mmF1.2 R APD」を、キヤノンが「RF85mm F1.2 L USM DS」を開発し製品化している。
(写真・8)の左図がAPDフィルター。中央部の透過率は高く周辺部に向かってじょじょに透過率が低くなるように特殊加工を施して作られたフィルター。それを右図のように構成レンズ群の中に組み込むことで、ピントが合った部分の解像度や画質は保持されたまま「ぼけ」部分だけが柔らかく描写される。「前ぼけ」も「後ぼけ」も同時に柔らかく自然なぼけ味が得られることも利点。
(写真・10)(写真・11)の左右2枚の写真はまったく同じ絞り値で撮影したものだが、左写真に比べ右写真の背景の「ぼけ」の様子がだいぶ違う。右写真の「ぼけ」はざわざわした感じで柔らかさも自然さも感じにくい。
下の(写真・12)、こちらはキヤノンが開発したDS(Defocus Smoothing)レンズを使った「RF85mmF1.2 L USM DS」レンズ。DSレンズは、APDフィルターと外観も効果も同じで、「ぼけ」の輪郭部を柔らかくして自然なぼけ味にする。
DSレンズがAPDフィルターと異なる点は、APDのほうは単独の加工されたフィルターであるのに対してDSのほうは、通常の光学レンズに蒸着処理を施してグラデーションを作り出していることである。いずれも高度な加工処理技術で製造され、APDフィルターもDSレンズも、レンズ周辺部と中央部の透過率を変化させることで、柔らかで自然なぼけ味を作り出している。
柔らかな「ぼけ」や諧調の良い「ぼけ」とは別に、均一で濁りのないクリアーな「ぼけ」、あるいは、画面周辺部でも中央部と同じような、まん丸なカタチの「ぼけ」も〝良いぼけ〟といわれているし、そうしたレンズを作ろうとメーカーのレンズ開発者は努力している。
下の(写真・13)は画面の周辺にいくに従って「ぼけ」のカタチが崩れて変形している。おもに口径食(ビネティング、ビグネティング)が原因によるものだ。
たとえばニコンの「NIKKOR Z135mmF1.8 S Plena」などのレンズもそうだ。
Z135mm Plenaレンズは、新しい光学設計を採用したり特殊レンズ(SRレンズ)を使って色滲みが少なくクリアーな「ぼけ」になるようにしている。
とくに注目したいのは、画面中央部付近ではまん丸なぼけが周辺部に近くなっても、上の(写真・13)のように口径食の影響で変形したぼけにならないようにしていることだ。具体的にどのような光学設計をしているのか不明だが画期的な技術だといってもいいだろう。
「ぼけ」のカタチ、「ぼけ」の大きさ
「大きなぼけ」が得られるレンズが良いレンズだ、とか、「大きなぼけ」はF値の明るい大口径レンズに限る、だとか、大口径レンズは良いレンズだ、と短絡的に〝誤解〟している人たちがいる。とくに最近、そうした傾向が強くみられることに私はやや戸惑っている。
確かにF値の明るいレンズを使えば容易に大きな「ぼけ」が得られるが、しかしF値の暗いレンズでも撮影条件を変更すれば大口径レンズなみの大きな「ぼけ」の写真を撮ることだってできるのだ。
そもそも「ぼけ」は大きければ写真として素晴らしいのだろうか、という根本的な疑問もある。「ぼけ」のサイズで、レンズの良し悪し、写真の上手下手は決まるものではない(と思う)。
と、エラそうなことを言ったので、以下に「より大きなぼけの写真を撮る」基本的な方法などを書いておく。
繰り返すが、「大きくぼけるレンズ=良いレンズ」=「大きなぼけ=美しいぼけ」、ではないということだけはわかっておいてほしい。
大きな「ぼけ」の写真にするための条件
「より大きなぼけを得るための5つの撮影技法」
① より明るい開放F値のレンズで撮る
② より長い焦点距離のレンズを使う
③ より近い距離にピントを合わせて写す
④ 被写体と背景の距離をできるだけ離して写す
⑤ より大きな画面サイズのカメラで撮る
①:同じ焦点距離のレンズを使って同じ撮影距離で撮影するとき、F値を明るく設定して撮影したほうが「ぼけ」は大きくなる。
②:同じ撮影位置から同じ位置にピントを合わせて写せば、焦点距離の長いレンズほど背景は大きく「ぼけ」る。
③:同じ焦点距離のレンズを使って同じF値で撮影するとき、被写体により近づいてピントを合わせて写せば「ぼけ」は大きくなり目立つ。
④:同じ焦点距離のレンズで同じF値で写すとき、被写体と背景の距離が離れるほど「ぼけ」は大きくなる。人物が生け垣のすぐ近くに立つよりも、遠くの林を背景にしたほうが大きな「ぼけ」が得られる。
⑤:異なる画面サイズ(センサーサイズ)のカメラで同じ画角のレンズを使って写すとき、大きな画面サイズのカメラのほうが「ぼけ」は大きくなる。たとえば、画角が同じになるレンズを使って、センサーサイズが35mmフルサイズ判で「F2.4」で撮影したときの「ぼけ」にするには、APS-C判では「F1.7」に、マイクロフォーサーズ判では「F1.2」の絞り値で撮影する必要がある。4/3判と35mm判とでは約2段ぶんの絞り値の差があるということになる。
ただし、上記の⑤で注意しておいてほしいことは、だからと言ってセンサーサイズの小さなカメラを使うと「ぼけない」、と決めつけるのは急ぎすぎる。確かに⑤は事実だが、①~④のどれでもいい、その撮影条件を利用すれば小さなセンサーの4/3判カメラでも、35mmフルサイズ判カメラでの「ぼけ」に匹敵する充分に大きな「ぼけ」の写真は撮れるというわけだ。
最後に「ぼけ」の効果や働きについて
さて「ぼけ」の長い話の終わりに、写真画像における「ぼけ」の効果や役目について、以下、思いつくままに。
① 立体感や遠近感を表現
━━ 平面世界から立体世界をイメージできる
② ピント部を強調
━━ 撮影者の視点、視線を明確にする
③ 不要部分を省略
━━ 画面内の写したくない部分を曖昧にする
④ 光のきらめきを表現
━━ 光をきらめきのカタチにして写す
⑤ 個性的な写真表現
━━ ぼけ味やぼけの形状をコントロールして写す
①から⑤までが写真における「ぼけ」の効果や役割なのだが、くどいけれど少し補足説明を。
①:写真画像にぼけた部分とピントの合った部分があることで立体感や遠近感を表現する(感じさせる)大切な要素になっている。平面の画像から立体(奥行き)世界をイメージできる。
とは言うものの、写真画像だけでなく映像や絵画もそうだが、立体感や奥行き感の表現は「ぼけ」の描写に頼らなくても表現できる場合もある。
(1)モノの相対的な大きさの違い(近ければ大きく遠くなれば小さい)、(2)モノの重なり具合、(3)平行する線の収束描写(例えば線路や並木道)、(4)大気層の影響によるかすみ具合(遠くになるほど霞んで見える)、(5)影のコントラスト(遠くなるほど淡く薄くなる)、などなどの要素を利用すれば「ぼけ」のないパーンフォーカス画像でも立体感や奥行き感が表現できる。以上のことを少し利用しながら、プラス「ぼけ」を活用すれば、より有効に立体感も奥行き感も出せるはずだ。
②:「ぼけ」があることでピントを合わせたところ、すなわち撮影者の視点、視線を明確にできる。フレーミングした画面の中で撮影者が「ここに注目してほしい」とピントを合わせた部分が、前後の「ぼけ」によって強調され明確になる。
③:主被写体の煩雑で雑多な背景を大きく「ぼかす」ことで、主被写体以外の部分を簡略化しシンプル化してテーマを浮かび上がらせる。と同時に奥行き感も出せる。
④:水面に反射した光、木々の隙間から洩れる光、など逆光シーンで肉眼で見ているよりも光を「ぼかす」ことで〝光を拡大〟してきらめき感を強調する。
⑤:「ぼけ」のカタチや大きさ、「ぼけ」の傾斜(=「ぼけの諧調」、だんだんと大きくぼけていく様子)の描写に変化をつけることで画面全体のイメージをコントロールすることができる。そうした「ぼけ」の描写の違いを利用することで個性的な写真表現ができる。
「ぼけ」描写の違いこそがレンズ描写の違いであり、レンズの味の違いであるとも言えるだろう。デジタル画像処理で「ぼけ」を自由自在に調整したり作り出すこともできる時代も、すぐそこに来ているだろうけれど、それはそれとして、いま一度、「ぼけ」を見直して、絞り値や撮影アングルを工夫するなどして作画してみてはいかがであろうか。
長くてくどい「ぼけ」の話はここまでとして、次回はレンズの味を作り出すニコンの〝秘密兵器〟であるOPTIAについて話をしたい。
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