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(28)超低分散ガラスと高屈折ガラス ━━ 描写力を向上させる技術

 前回の「レンズ性能を向上させる方法や技術・その3」のつづき。
 一般的な光学レンズのほかに、注目しておくべき特殊な光学ガラスレンズとして次の4種類があると述べた。

 ① 低分散レンズ
 ② 高屈折レンズ
 ③ 非球面レンズ
 ④ 特殊加工レンズ

 今回は、これら4種類の中から、①低分散レンズ②高屈折レンズについて解説をしていきたい。

低分散ガラスレンズとは

 光(可視光線)はガラスレンズなどを通過するときに屈折する特性がある(波長が短くなるほど屈折率が大きくなる)。赤や青、緑などの光の波長ごとに屈折率が異なるため、それぞれが分散してしまう。下の(図・1)はその概念図だ。

(図・1)

 光が分散したまま焦点を結ぶと、波長ごとに焦点位置が異なり「色ずれ=色収差」を発生する。色が滲む。正しいピントも得られない。これが色収差である。

 屈折率が小さく高分散の凸レンズ(クラウンガラス)と、屈折率が大きく低分散の凹レンズ(フリントガラス)を組み合わせることで色収差の補正をする、というのが一般的な色収差補正方法(アクロマート、色消しレンズ)だった。
 しかし、この通常の光学ガラスレンズを組み合わせる方法ではどうしても残存色収差を望み通りに消すことができない。

 そこで、より最適に色収差を補正するために特別な分散特性を持った光学的に特殊なレンズ、すなわち低分散ガラスが使われるようになった。

 低分散ガラスのレンズを使えば従来方式では取り切れなかった残存色収差を容易に取り除くことができる。とくに望遠レンズなどで目立ってくる軸上色収差を抑え込むことができて、結像性能を向上させ、さらにレンズをより小型軽量化もできるなどの利点もある。

(図・2)

 (図・2)は光学レンズの種類によって光の分散特性が異なる現象をイメージ図化したもの。高分散ガラスレンズは光の波長によって焦点位置が大幅に違ってくる。低分散ガラスレンズを使えば低屈折で低分散なので焦点位置のずれは小さくなり、結果的に色収差が目立たなくなるというわけだ。

 低分散レンズには「超低分散」、「異常(部分)低分散」、「特殊低分散」、「蛍石」などがある。
 低分散とは文字通り分散率が低い(小さい)特性を備えた光学ガラスレンズである。それぞれの違いは、簡単に言えば分散特性、分散の強弱が異なることと考えればいいだろう。前回(レンズ性能を向上させる方法や技術・その3)で紹介した光学ガラスチャート図(nd-vd図)の左下あたりのレンズ群になる。

 超低分散レンズは光の波長による屈折分散が大変に小さい。異常(部分)低分散レンズは低分散特性を備えながらある波長の光だけの屈折率が異なるものである。蛍石レンズなどがこれにあたる。それとほとんど同じ意味で使われるが、特殊低分散は分散特性も波長ごとの屈折率も、特殊な性質を持った超低分散ガラスということになるだろうか。

蛍石レンズと、似た性能を持つ特殊レンズ

  超低分散ガラスのさらに特別な特性を備えたのが蛍石(フローライト)レンズ(屈折率も分散も大変に低く透過率も良好)である。
 自然界には天然結晶の蛍石があるが小さくて貴重なため特殊な顕微鏡などに使用されている程度だった。写真用の光学ガラスレンズとしてはキヤノン(キヤノンオプトロン)が他社に先駆けて人工の蛍石を開発し量産化した。その後、ニコンからも人工蛍石のFLレンズ(Fluorite Lens)を開発しているし、他社からも蛍石に近い性能を持った特殊ガラスも開発され製品化されている。

 下の(図・3)は、通常の光学ガラスレンズと蛍石との違いを示したイラスト図だ。通常ガラスは屈折率が大きく光の分散特性も強い。波長による屈折率が大きく異なるため色ずれが発生する。蛍石は光の屈折率が小さく、分散特性も低くく、さらに特定の波長(青色系)だけの屈折率が異なるという異常分散特性を備えている。

(図・3)

 蛍石レンズは屈折率が低く、波長分散が極めて小さい。さらに一般の光学ガラスレンズと違った特殊で異常な分散特性も持っている。この特性を生かして特定の光学ガラスと組み合わせることで(ここがポイント)きわめて色収差の少ない、かつ全長の短いレンズが作れる。

 蛍石は(図・3)のように青色系の屈折率が高い。そのため青色系の強い屈折率を補正する特定の光学ガラスレンズと組み合わせればよいわけで、それを示したのが下のイメージイラスト(図・4)。

(図・4)

 
 蛍石はとくに望遠レンズなどで軸上色収差を補正するために大変に優れた効果を発揮する。なお(図・3)(図・4)のイラスト図は、キヤノンの蛍石レンズ解説ページから。

 蛍石レンズの特性にやや近い性能を備えた光学ガラスレンズとして、特殊低分散(ED=Extraordinary low Dispersion)ガラスや、異常低分散(AD=Anomalous Dispersion)ガラスもある。最近では、蛍石レンズと〝ほぼ同等〟の性能を持つスーパーUDガラス(キヤノン)やスーパーEDガラス(ニコン、オリンパス)、FLDガラス(HOYAとシグマが共同開発)なども出てきている。

 このような特殊低分散ガラスは一般的な光学ガラスレンズに比べると大変に高価であること、レンズが柔らかく研磨加工が大変に難しいという「欠点」もある。そうした理由から高性能で高価格なレンズにしか使用することができないのが現状だ。

 そうした中で、各社から〝新しい〟特殊光学ガラスレンズの開発が進んでいて、たとえばニコンの「SRレンズ」などがそれにあたる。

(図・5)

 (図・5)ニコンのSR(Short-wavelength Refractive)レンズは特定の波長の光だけを強く屈折させる特性を備えている。この特殊レンズを利用することで高精度に色収差補正が可能になる。その結果、色滲みの少ないクリアなぼけが得られる利点もある。イラスト図はニコンのレンズ技術解説ページから。

高屈折レンズとレンズの小型化

 低分散レンズと同じ特殊レンズとして注目しておきたいのは高屈折レンズである。文字通り屈折率の高いガラスレンズである。
 前回に掲載した光学ガラスチャート図(nd-vd図)の右上あたりのレンズ群になる。

 高い屈折率を持つレンズは、たとえば、近眼用メガネレンズで、強い近眼の人が牛乳びんの底のようなぶ厚いレンズを使っていたことがあったが、高屈折ガラスなら薄くて軽く透過率のよいメガネレンズにすることができるのと同じ効果が期待できる。

(図・6)

 (図・6)は高屈折ガラスレンズのイメージ図。高屈折ガラスレンズは非球面レンズと並んでレンズの小型化と収差補正には欠かせない特殊レンズである。これを利用することで撮影レンズそのものを薄型化しつつ、球面収差や像面湾曲を低く抑えたり、高い屈折率を利用してレンズ全長を短く設計することもできる特性がある。

 これら高屈折ガラスのレンズもまた、各メーカーによって呼び方が違っているがだいたい似たような特性を備えている。たとえばニコンはHRI(High Refractive Index)、キヤノンのUA(Ultra high refractive index)、タムロンのUXR(Ultra-Extra Refractive index)、ソニーのER(Extra Refractive index)などの光学ガラスレンズが最新の高屈折ガラスレンズである。中には高屈折率であり、かつそこそこの低分散特性を備えるE-HR(Extra High Refractive)レンズもある(旧オリンパスが採用)。

 高屈折ガラスについては、徐々にではあるが新しい素材が開発され製造されている。採用しているレンズ製造メーカーも多い。特殊レンズの製造技術の改良や開発がさらにすすめば、いままで夢だと思われていたことが実現可能となり、より高性能化や小型化、低価格化が達成できる可能性もある。

 高屈折ガラスは「色つき」が欠点だった。ガラスそのものにアンバー系の色つきがあったため使用できる枚数に制限があったのだが、HOYAが改良に取り組み、色つきの少ない高屈折ガラスを開発し製品化している。

 下の(図・7)はおもなメーカーが採用している特殊光学レンズの名称と略称を一覧表にしたものだ。まったく同じ特性を備えたレンズでも、メーカーによって名称が異なるというやっかいなことになっている。
 最新の特殊光学レンズの中で、記載がもれているものがいくつかあるかもしれない。画像をクリックすると大きな画像に切り替えることができる。ぜひ拡大表示して見ていただきたい。

(図・7)

 特殊レンズを最適に使用することで結像性能を向上させて、レンズの構成枚数も少なくできる。レンズ構成枚数が少なくなれば光の透過率もアップできるし、それにともなってフレアが減少できてコントラストのあるクリアでヌケの良い画像が得られる。
 特殊光学ガラスレンズの採用はレンズの描写性能にとって良いことずくめ、と言ってもいいだろう。

 次回は特殊光学レンズの、③ 非球面レンズ④ 特殊加工レンズ、について解説していきたい。


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