僕のコーチングフィロソフィーの原点 〜幼少期から学んだこと〜
こんにちは、皆さん。
今回は、僕のコーチングフィロソフィーの基盤となった小学生から中学生時代の経験についてお話ししたいと思います。挫折や挑戦を経て得た教訓から、どのように僕自身のコーチング哲学が形成されたのか、その背景を共有します。選手たちを導く上で何を大切にしてきたのか、ぜひお付き合いください。
バスケットボールとの出会い
僕がバスケットボールを始めたのは小学2年生のとき。きっかけは、姉がミニバスをしていたことでした。共働きの両親のもと、学校が終わると姉の練習場所で時間を過ごしていました。宿題をしたり、眠ったり、時にはボールで遊んだり。その中で、「喧嘩では負けても、バスケットなら姉に1on1で勝てるかもしれない!」と思い、ミニバスを始めることにしました。
悔しさが生んだモチベーション
姉に勝つという目標を持って始めたバスケットボール。しかし、すぐに同級生が自分より上手だという現実に直面し、悔しさが募りました。それが「試合で勝ちたい」「もっと上の大会に行きたい」という強い動機へと変わり、バスケットボールを心から好きになるきっかけとなりました。
厳しい指導と心の決意
当時のチームでは、今でいう体罰のような厳しい指導もありました。しかし、僕は「相手が間違っていることを試合で証明しよう」と決心し、さらに練習に打ち込みました。
この経験から学んだのは、選手の意思を尊重し、納得のいく言葉選びをすることがコーチングの基盤であるということ。コーチとして感情が高ぶる瞬間はありますが、その感情をそのままぶつけるのではなく、一歩引いて最善の対応を考えることが重要だと感じました。特にジュニア年代では、コーチの言葉が選手に与える影響は大きいため、前向きなメッセージを届けることが求められます。
中学時代の濃密な経験
中学時代は、さらに濃密な3年間でした。強い上級生、素晴らしい顧問の先生、仲間との関係、そして大きな挫折が、僕のコーチングフィロソフィーの土台を築きました。
目標を持つことの大切さ
中学1年生のとき、3年生の先輩たちは東海ブロックで無敗の強さを誇っていました。その姿を目の当たりにし、「僕もあのレベルに行きたい」と強く思い、それが大きな目標となりました。実際にそのレベルを目の前で見ることで、目標を持つことの重要性を痛感しました。上級生たちが全国大会に連れて行ってくれた経験は、最高の刺激となり、「いつか自分もその舞台に立ちたい」という強いモチベーションにつながりました。
顧問の先生からの教え
顧問の先生から学んだことは大きく2つあります。
1つ目は、「芯を持った言葉選びと振る舞い」です。先生は「礼儀ができていないならバスケットをする価値はない」という信念を持ち、人としての成長を重視していました。ある日、5対5のゲーム中に先生が体育館に入ってきたとき、プレーしている人以外の誰も挨拶をしなかったことがありました。その後、練習が終わったあとで「今まで何を学んできたのか。挨拶ひとつできない集団に、指導なんて絶対にしない」と厳しく叱られました。
キャプテンとしての責任
この叱責には続きがあります。それが学んだことの2つ目、「キャプテンとして全員の意思統一をし、目標に向かって進むこと」につながります。
その叱責の後、「もう指導しない」と言われ、全国大会を目指していた僕にとっては、お先真っ暗で心がブラックホールのように感じました。それに耐えきれず、校門を出たところで座り込んで泣くことしかできませんでした。しかし、引き返してきた同級生が一緒に歩きながら気持ちを整えてくれました。
その後、母にお願いして先生に電話をかけ、「どうしても指導してほしいからセカンドチャンスをください」と懇願しました。先生は「今回の問題は、お前に非はない。そこに問題がある」と言い、「キャプテンとしてその情熱がチーム全体のものになっているかをよく考えろ」と教えてくれました。
頭を殴られたような感覚がしました。僕は、ただ全国を目指すことに集中していて、チーム全体を引っ張るリーダーとしての役割を果たしていなかった訳です。この経験を通して、キャプテンとしての誠実さと、チーム全体をまとめることの大切さを学びました。
コーチングで大切にしていること
これらの経験を通して、僕がコーチングで大切にしていることは次の3つです。
選手に期待しつつも感情をコントロールすること
人としての誠実性を体現すること
自分の指導の軸を持つこと
最後の中学3年の一年間は、さらに濃密な時間でした。この続きは次回、あの充実した一年をたっぷりと振り返りたいと思います。どうぞ楽しみにしていてください!
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