今の私を作る教育

 両親はそれぞれ育ちが違い、教育観というものも全然違う。それぞれを同じだけ尊敬しているが、私も弟も結局趣味に生きず"良い大学""良い会社"に入ったのは父の影響が強いと思う。一方、親として距離が近いのは母で、父はどちらかというと少し仲が良い尊敬できる上司くらいの距離感だ。

 父は比較的裕福な家庭で、小学校に受験で入り、高校は麻布を出た。高校では欠席も多く遊んでいたので大学受験時には一浪している。母は高校までずっと公立で、貧乏な家庭でまじめに勉強し、自分の稼いだお金で大学をでた。それぞれ優秀だが、二人とも同じ良い大学に行っているので、結局自分の通ったルートが正解だと思っている。

 父は経営コンサルタントで、私と弟が小学生の時から、「将来困らないように頑張れ、どういう計画をしているんだ」と言っていたし、小学校の"あゆみ"(通信簿のようなもの。△〇◎の三段階だった気がする)が発行されたらその日はそれを見せながら◎以外だったところについて詰められた。休日に一緒に遊びに出かけることはあまりなく、土日は母とテニスをしているか寝ているか酔っぱらっているかだった。

 社会情勢に詳しく、ドライブで「あの建物は何?」というとすぐ答えられたし、「東京駅にあるNew Daysの数はいくつ?」と聞くと、JRの路線数やホームの位置から予想してほぼ当てたこともあった(12か所)。飛行機がどこに向かうのかも地上から推測していたし、特に生き方や仕事の仕方について語る時の説得力はすさまじかった。

 またその教えは多岐にわたって正しく、私の弦楽器の練習を聴きながら、「モーツァルトはもっと歌うように弾くべきだ」とか、絵を見ながら「遠近法を勉強したことはあるのか」など素人目にしては的確なアドバイスをくれたことも多かった(母はのびのびと趣味をやってほしい派の人であったのでその行為に憤っていた。それはそれでありがたかった)。

 母は専業主婦で、私が小学校や中学から帰ると常に家にいて、学校であった出来事をゆっくり聞いてくれた。私や弟の交友関係はすべて把握してくれており、私が算数につまづいたときは一緒に勉強したうえで教えてくれた。定期テストや通信簿の結果は悪い時は励まし、良い時は褒めてくれた。趣味については全面的に応援してくれて、毎週土日にあったオーケストラの練習や私がやりたいと言った色々な習い事はすべて車で送迎してくれた。

 母自身が就活したときはバブルがはじけた就活氷河期であったが、100社以上受けるも完敗、私の祖父のコネでメーカーに就職したというエピソードを聞くと、優秀なもののあまり賢く生きれるタイプではないことがわかる。だからか、私が父のようなルートに進もうと必死こいて勉強をしていると、いつも「頑張りすぎないで」と言ってくれた。

 音楽や絵については細かく口を出すことはなく、常に「絵描きに進んだ方が幸せに生きれるならそうしていいんだよ」とも言ってくれ、それが逆に普通以外に生きる道があるんだと心を開放してくれ、より一層勉強に励むことができた。

 私が中学生のとき、偏差値が高い高校に行くか、偏差値はまあまあだけど芸術に優れている高校か、芸術コースのある高校に行くか迷っていた。私はそのころ絵で何度も賞を取っていたので、中途半端な高校に行くくらいなら芸術コースに行きたいと考えていた。反対されるかもと、不安だったので、家族でご飯に行ってご機嫌に酔っぱらっていた父に切り出した。「私、芸術の道に進みたい」と言った。そしたら優しい声で、「きっと仕事を芸術にするより、趣味でやったほうが楽しめるよ」と父は答えた。その時点で、私の中で専業の芸術家になる道は選択肢から消えた。母は父には何も言わないが、その夜とても怒っていた。

 そこからは猛勉強の末良い高校に入り、良い大学に入り、就活にも成功した。良いパートナーにもめぐり逢い、世間一般、もしくは父の目からみて"幸せな生活"を送っている。そして、父同様に尊敬する母の希望を飲めなかったことも苦しくて、趣味にも力をいれている。そのおかげで本業も趣味もできる人になった。パートナーの趣味のスポーツにも適度に力をいれている。

 ただ、絵や音楽で生きている人がうらやましくてしょうがなくなるときがある。でも、私は臆病なので仕事を辞めることはできない。仕事でたまにデザインを引き受けたりすることで欲求を満たしている。正直、絵で今の収入を得られる自信はないし、今の仕事くらい世間から認められなくなることが辛いのだ。

 将来、子どもが勉強も趣味もできたとき、私はどのようなアドバイスをするのだろうか。趣味の道を極めさせるのも自分ができなかったことを押し付けるようだし、勉強して普通のレールに乗せるのも間違っている気がする。何も助言せず、子どもの行くほうへ進ませる、というのが理想だが、私の子どもなら親に助言を求めると思う。

 とにかく、父と母の正反対の教育、教えのおかげで今の私がちょうどよく過ごせている(若干父に寄っているが)。両親には感謝している。

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