【再2回】ジャブとジョブ【コユメちゃん日記】
「というわけで、始まりました。コユメちゃん日記出張版。実質1回目。斜に構えたヤサグレ系働くお姉さん。コユメです」
「わ~、パチパチパチ。同居人の小野寺だよ~」
私たちについて、詳しくはこちら。下記リンクを見てね。
間を取りづらいから地の文もこんな感じでざっくばらんに解禁よ!
「コユメちゃん、最初の話題は~?」
「殴れる距離と殴れない距離について」
「ボクシングかしら?」
「いや、人間関係の話なんだけどさ」
「わ~物騒~。野性味漂う人間関係~」
「いやいや、ここでいう『殴る』は比喩で、『言い返せる』『反論できる』って意味ね?」
「え~……、反論できない状態って、さるぐつわ噛んでるの? ゲンロントーセーとかかなぁ……」
「そこで、距離感の話になるわけよ」
私は指をピッと立てる。
もう片方の手にはカフェラテを握ってちびちびやっている。
「人間関係的に、殴れる距離と殴れない距離ってのがあると思うのよね」
「ん~。わかるような~、わからないような~」
「例えば、気の置けない友人同士なら殴り合える距離なのよ。気兼ねなく提案もできるし、忌憚なくお互いの意見が言える」
「うんうん。あたしとコユメちゃんみたいな~」
「やめろ照れるわ」
「あはは」
いつもそうやって刺してくる。
咳ばらいをひとつ。
「……でも、距離感が遠いと殴り返せない。殴られることも少ないけどね」
「そうだね~。出会いがしらでいきなり殴ってくる人、罵倒してくる人は、ただのヤバい人だもんね~。警察案件!」
「うん。ところが」
「ところが?」
「一方的に『殴られる場面』というのが世の中にはある」
「なんと! イジメですか? パワハラですか~?」
「相手に意図があったらそうなるね。つまり、相手側が目上だったり、利害関係上強く出られない相手だったりすると、向こうには殴られるけどこちらは殴り返せない」
「あ~。人間関係の闇ねぇ~」
小野寺はやるせなさそうに醤油焼きせんべいをバリボリする。
他人事のようだ。
そんなコイツは熱くて渋めのお茶が好きだ。ババくさい。
「まあ、相手に意図があったらそれこそパワハラだよ。イジメでもある。分別のある大人なら、むしろ対処がしやすいし、諦めもつきやすい。ただ厄介なのは、相手が無自覚な場合だよ」
「無自覚な場合~? 無自覚に殴るの?」
「言葉と心の話だからね。物理的じゃない。無自覚に相手を傷つけたり、負担を強いてしまうことがある。それも頻繁にね」
「なるほど~?」
「例えば、上司が部下に仕事を頼む。『おねがーい、頼むよー!』みたいな。言葉はフレンドリーだけど、部下は既に飽和状態で忙しい。けれども自身の評価が下がることを恐れて言い返せない、言い出せない……」
「あ~、ありそう~。やるせないね~」
「そうなんだよ。そして上司はそれに気付けない。意外と深刻な問題だと思うのよね。親と子、夫と妻、あらゆる人間関係的力学の不均衡が内在する場所に、この不協和は発生し得る……」
「待って待って、いきなり何か言葉がむつかしい~!」
ゲホゲホとむせながら小野寺が待ったに入る。
お茶を挙げながら、私は彼女の背中をさすった。
人心地。
「……つまり~、あたしとコユメちゃんの間には~、知識や思考力におけるフキンコーがあるのです!」
「えっと、はい」
「だから~、あたしは今、一方的に殴られました! ……のかな~? 合ってる?」
「いやあんたは今、明らかに殴り返せてるでしょ。私と小野寺の関係性で一方的はないって」
「あ、そっか~。これが『殴り返せてる』ってことか~。いつでも『物申す!』ができるって大事だね~」
「そうそう。でもさ、私がおんなじノリで、例えば教え子に接したら、生徒は物申せない……馬鹿だと思われるのが怖くて、『わかりません!』と殴り返せないかもしれない」
「へ~……。コユメちゃん教え子がいるの~?」
「そこ? 家庭教師やってたことはあるよ……」
「わ~! すご~い!」
「そ、そう……?」
勢いに引きつつ、ちょっと頬が緩む。
さておき。
「まー、難しいのはそこなのよ。フレンドリーに、接しやすく、友達に対するように……何かあったら『殴り返してもらえる』つもりで、意見を言ったり提案したり頼んだりする。それはむしろ、無垢や善意が根っ子にあるよ」
「うん」
「ところがその実、相手よりその人が優位に立ってたりすると、知らず知らずの強制や命令、非難や否定になっちゃってたりするのよね。持ってる側は、無垢なる振る舞いすら残酷だ」
「結果的パワハラは怖い~……ってことね~?」
「そう。善意なのがわかってしまうと、なおさら是正しづらい」
「どうしたらいいんだろ~?」
「うーん。例えば上司部下なら、上司の側が自分の影響力を認識するべきだとは思う。本来ならね。ただ、殴られっぱなしでは生存も難しいだろうから、部下もどこかで勇気を出して、殴り返す必要があるよね……」
「勇者にならないといけないのかぁ~」
「うん。でも誰しも勇者になれるわけじゃないしね。やっぱり時々一歩引いて、自分が優位から殴り続けてないか、省みる心構えが欲しいな~、なんて」
「一歩引いたり~、勇気出したり~、結局格闘技みたいなお話だったね~」
「まーね。だったら、愚痴とかはシャドーボクシングみたいなものかも」
「あ~、陰口っていうもんね~!」
「ふっふふっ……!」
思わぬオチのうまさに、お互い笑って今日はおしまい。
一笑して一勝。笑い合える関係性こそが、きっと勝利なのだ。
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