見出し画像

急成長するインドネシアは第二のインドか


私が長年、東南アジアを含む諸外国に投資を行ってきた中でも、インドネシアは常に注目の的である。 過去の経緯を振り返れば、長期間にわたり年平均5%近い成長を続け、近年もなお成長力を維持しているのだから驚嘆に値する。

コロナ禍により一時的にGDP成長率がマイナスに転じたこともあったが、 その回復のスピードは予想外に早く、2022年にはGDP成長率5.3%に復活し、2023年も5%前後を維持している。 政府や企業セクターがこの間に行った投資や改革の成果が、いま着実に実を結んでいるのだろう。

近年、インド投資が盛り上がっているが、人口ボーナスにより勢いづいている国はインドだけではない。インドネシアも今、熱いのだ。

内需と資源が牽引する成長

インドネシアの経済を語る上で内需の存在感は欠かせない。 家計消費がGDPの半分以上を占める構造は、域内他国と比べてもかなり強力だ。 観光や製造業などの外需が落ち込みがちな状況でも、国内市場がしっかり支えてきたからこそ、成長が底堅く推移してきたのである。

特に民間消費の強さは、2010年代から大きく変わっていない。 世界経済が揺れる時代でも、2億7,000万人を超える人口が生活必需品やサービスを安定して消費し続けることが大きな武器だ。 加えて、ニッケルやパーム油といった資源分野の輸出も、外貨獲得源として以前から重視されてきた。

その中で、2021年頃から注目されるのがニッケル製錬などの加工産業の急成長である。 政府が原鉱石の輸出を制限し、国内での下流工程に付加価値を付ける施策を積極的に打ち出した結果、中国企業などをはじめとする海外資本が一気に国内製錬所へ投資を拡大した。 こうした動きは、ニッケル関連の輸出のみならず、技術移転や雇用創出など複合的なメリットをもたらしている。 実際に、2022年にはニッケル製品や鉱工業品、パーム油の輸出額が前年比35%以上も増加したという報告がある。

さらにデジタル経済の存在感が、ここ数年で急拡大している点も見逃せない。 ECやフィンテック関連のサービスは、スマートフォンの普及率上昇に伴い爆発的に伸びてきた。 国際的にも東南アジア最大規模のネット市場へと成長し、2025年にはインターネット経済規模が1,090億ドルに達するとの予想が出ている。 この新興分野の活況が、内需と輸出の両面でプラス要素になりつつある。

インフラ投資とデジタル整備

ジョコウィ政権は2014年の始動当初からインフラ整備を国家開発の基軸に据えてきた。 港湾、空港、高速道路、水資源管理など広範な分野で大規模な公共投資を行い、10年間で2,700kmを超える高速道路が新設されたとされる。 物流コストの削減や地域間格差の解消が政策目標に掲げられ、実際、地方部へのアクセス環境は以前とは比べ物にならないほど改善している

私が知る限り、かつては道路事情の悪さや港湾の混雑で輸送に時間がかかり、ビジネスチャンスを逃すケースも多かった。 しかし大規模整備によって、ジャワ島だけでなくスマトラやカリマンタンなど他の島嶼部でも物流ルートの整備が加速している。 これに伴い、現地企業の生産効率が向上し、海外企業にとっての投資誘因も高まった。

同時にデジタルインフラへの投資も進められている。 インドネシアは多くの離島からなる国ゆえに、通信回線やインターネット網の整備は国内の統合に直結する大問題である。 だがスマートフォンの爆発的普及とともに、通信網を拡大する意義はかえって明確になったとも言える。 すでに2億人規模のインターネット利用者が存在し、Eコマースやオンラインサービスに対する需要は今後も膨らむ見通しだ。 政府はこの波に乗じ、中小企業のデジタル化や地域ごとのICTインフラ向上を戦略的に推進している。

最新のGDP成長と政策

2023年のインドネシア経済は約5%の成長率を維持している。 四半期ベースで見れば、第2四半期に前年同期比+5.17%成長、第3四半期が4.94%とやや減速したとの報告もあるが、通年で5%前後なら十分堅調だ。 個人消費や輸出の一時的な伸び鈍化はあっても、内需主導の強みで下支えされている印象である。

これを可能にしている政策要因としては、まず2020年に成立した「オムニバス法」が挙げられる。 ビジネスライセンス取得の簡略化や外資規制緩和など、多くの法律を一括改正する包括的な改革で、投資環境の改善に大きく寄与した。 加えて、燃料補助金の縮小や税制優遇策の導入、建設投資の継続など、マクロとミクロの両面で経済を活性化する手が打たれている。

金融政策では、インフレ率が上振れすれば利上げに踏み切り、物価が安定すれば利下げを検討するという柔軟なスタンスを見せている [参考: REUTERS.COM]。 特に2022年後半からの利上げ局面では、過度なインフレとルピア下落を防ぐために中銀が迅速に対応した。 結果的に、2023年にはインフレが3〜4%の範囲に収まり、ルピア相場も大きく崩れることなく推移している。

消費者信頼感と雇用

消費者の心理状況を示す指標として、インドネシア銀行のCCI(消費者信頼感指数)がある。 2023年を通じてこの指数は常に100超えの「楽観圏」にあり、2024年春には127台に到達したという。 これだけ高い水準を維持しているのは、内需主導の拡大がいかに強固かを示す証左だろう。

雇用市場の面でも、2023年8月時点の失業率は5.32%、2024年2月には4.82%と、パンデミック前の水準に近づいている [参考: BPS.GO.ID]。 それでも若年層の失業率や地方都市の雇用不足など、解決すべき課題は多い。 特に地方の産業がまだ発展途上なため、都市への人口集中が続き、社会問題化している面もある。

物価と通貨の安定

インドネシアのインフレ率は、2022年に燃料補助金の削減に伴う燃料価格上昇の影響で一時5%を超えた。 しかし政府の補助金見直しと中央銀行の引き締め策が功を奏し、2023年後半には3〜4%台へと落ち着いている。 この水準で推移しているなら、国民生活への影響も比較的軽微にとどまるだろう。

ルピア相場に関しては、過去には米国の量的緩和縮小(テーパリング)示唆などで大きく売り込まれた経験がある。 近年は資源価格の高騰や貿易黒字のおかげで外貨準備が厚みを増し、国際的な金融ショックに対しても比較的耐性がついてきた印象を受ける。 それでも米金利の動向や地政学リスクが高まれば、すぐに為替・株式市場が動揺する可能性があるので、当局は常に警戒を緩めていない。

中期的な見通し

IMFや世界銀行、OECDなど主要な国際機関は、インドネシアの中期成長率を年平均5%前後と予測している。 特段の外部ショックがなければ、この水準は十分可能だというのが大方の見解だ。 製造業の高度化、インフラ投資の効果、そしてデジタル経済をはじめとする新興分野の成長が、今後3〜5年の成長エンジンとなるからだ。

さらに観光分野も注目を集める。 バリ島に代表されるリゾート観光の復調だけでなく、「5つの新バリ」と呼ばれる観光地開発プロジェクトが進行中である。 他の地域にもホテルやリゾート、観光インフラの整備を行い、外国人観光客の誘致を積極化している。 2022年以降の国境再開で外国人旅行者数は急増し、2023年には前年比+113%といったデータもある。 最終的にコロナ前の2019年水準を超えるかどうか、今後の取り組みに期待がかかるところだ。

EV用電池分野の投資拡大も見どころだ。 インドネシアはニッケル埋蔵量が世界的に豊富であるため、電池のカソード材料などで不可欠な地位を築き得る。 既に韓国LGや現代自動車、台湾の鴻海などが製造拠点を整備しているほか、国内企業もEV関連のバリューチェーン形成に乗り出している。 今後、政府がさらに投資誘致策を強化すれば、製造業のハイテク化が一段と加速し、GDP寄与も高まりそうだ。

ASEAN内での立ち位置

東南アジア各国の経済成長率は近年概して高く、ベトナムやフィリピンはインドネシアを上回る年6〜7%台の伸びを記録することも多い。 しかし、インドネシアの経済規模はASEAN最大であり、絶対額で見れば成長のインパクトは極めて大きい。 実際、一人当たりGDPこそシンガポールやマレーシアより低いものの、人口が膨大な分だけ消費マーケットの潜在力は段違いだ。

FDI誘致の面でも、インドネシアは市況に合わせて外資を取り込みやすい強みがある。 例えば近年のニッケル製錬ラッシュや製造業投資は、他のASEAN諸国を大きく上回る規模に達したケースもある。 一方でベトナムのように海外企業の生産拠点を積極的に誘致し、輸出主導で一気に経済を拡大するモデルとはやや異なる。

とはいえ、依然として投資環境の課題は多い。 法人税率が近隣国と比べてやや高め、労働規制が硬直的など、外資が参入をためらう要素は少なくない。 過去の官僚主義や地方行政の複雑さも根強く残ると言われるが、これを克服していけば、さらなる飛躍が望めるだろう。

成長を妨げるリスク

リスクもないわけではない。

政治面で言えば、2024年の大統領選挙が大きな節目となりそうだ。 2期10年を務めたジョコウィ大統領の退任後に、新政権がどの程度既存の改革路線やインフラ投資計画、EV推進政策を継続するのかは未知数である。 仮に政策が大幅に変動すれば、企業の投資意欲や市場の楽観ムードに影響が出る可能性もある。

社会面では、若年層失業率や所得格差、教育レベルの格差が長年の懸念事項だ。 大卒や高度技能を有する人材は都市部に集中し、地方部の人口は職が限られることで伸び悩む。 こうした問題が放置されれば、いずれ内需の広がりにも影響が出てくるだろう。

国際環境としては、米中対立の激化や主要国の金融政策変更がリスク要因である。 インドネシアは比較的バランスの取れた外交姿勢を維持しているが、輸出市場や投資の流れが世界的に不安定化すれば、やはり経済への影響は避けられない。 特に資源価格の乱高下や、気候変動による農業被害なども看過できないリスクとして考えられる。

まとめ

こうしてみると、インドネシア経済が直面する状況は、決して単純ではない。 人口増と内需の強み、資源とデジタルのポテンシャル、インフラの拡充などポジティブ要素が多い一方で、政治の継続性や社会構造の問題、世界経済の波乱要因などネガティブ要素も存在する。

しかし、それを差し引いても、インドネシアの経済が今後数年から数十年にわたり底堅い拡大を続ける可能性は高いと私は考えている。 すでに多くの投資家がこの国を「成長市場の本命」と捉え始めており、ニッケルやパーム油といった資源分野だけでなく、ECやフィンテック関連のスタートアップ企業への出資も増えている。

最終的には、どこまで構造改革が深まり、地方部や若者がその恩恵を受けられるかがインドネシアの将来像を左右するだろう。 地方の行政手続きが改善し、教育水準が向上し、汚職が減れば、これまで以上に安定した社会基盤が得られ、海外資本の流入もさらに加速するはずだ。

この国の成長を阻むリスクは決して小さくないものの、政治やビジネス、社会のいずれの側面でも、前向きに未来を開こうとする動きが顕著になっている。 市場の成熟にはまだ時間がかかるかもしれないが、世界的に見ても人口規模と経済規模を兼ね備えた国はそう多くない。 インドネシアはその地政学的な位置づけ、豊かな資源、人々の若さと活力という点で、まだまだ伸び代がある国だ。

外的リスクや内部課題をうまくさばきながら経済成長を続けていけば、今後さらに世界の投資マネーが流れ込む可能性は非常に高いと感じている。インドネシアはまさしくその数少ない候補の一つとして、さらなる飛躍を期待できると私は確信している。

【参考URL/関連サイト】


いいなと思ったら応援しよう!