大分の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年3月22日 07:06

周防灘や伊予灘、太平洋に通じる豊後水道に面した大分県。内陸は山地が多く、くじゅう連山や祖母傾山が連なります。海や山の地形の影響で、沿岸から内陸山地にかけて雨が多くなり、明瞭な気候勾配があります。そして地質も複雑です。このような環境の複雑さが、生き物の生息場所の多様性をもたらし、大分の生物多様性を形作っています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるでしょう。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、生物多様性ビッグデータを活用した、大分県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

大分県の生物多様性を特徴づける環境条件

大分県は、瀬戸内海の西部の周防灘や伊予灘、太平洋に通じる豊後水道に面しています。内陸は山地が多く、国東半島の両子山（720m）、県南西部のくじゅう連山（久住山の中岳1787m）や祖母傾山（祖母山1756m・傾山1602m）があります。

気候は、これらの海や山の地形に影響を受けています。大分県北東部の周防灘から伊予灘に面した地域では、瀬戸内海型の気候で降水量が少なく（年平均1500mm）、内陸の県南西部の山地にかけて降水量が多くなります（年平均2500mm以上）。県内に降水量の勾配があります。

大分県は地質的に複雑です。大分県の北東から南西方向にかけて中央構造線があり、それに関係したいくつもの断層があります。松山-伊万里線（別府湾から玖珠盆地や日田盆地）、大分-熊本構造線（大分から阿蘇山）や臼杵-八代線（臼杵から祖母山の北側）、仏像構造線（四浦半島から南西方向に走る）などです。それらの構造線の間の山地は、秩父帯（津久見から祖母傾山にかけての地域）や、四万十帯（佐伯から大崩山にかけての地域）など古い地質で、石灰岩や花崗岩などの立地を含んでいます。

山地から沿岸にかけての河川流域には、幾つもの沖積平野が発達しています。九重山系を水源にして湯布院盆地を下る大分川、祖母傾山からの大野川の流域には大分平野、福岡県の英彦山（1199m）（あるいは耶馬渓や八面山）に端を発して周防灘に注ぐ山国川（福岡との県境）流域は中津平野、由布岳（1583m）や日出生台や安心院盆地からの駅館川（やっかんがわ）流域は宇佐平野があります。

このような、地形に関係した気候勾配と地質の複雑さが、生物の生息環境の多様性をもたらし、大分の生物多様性の空間パターン（種数の豊かな場所、ホットスポットの分布）を特徴づけています。

それでは、大分県の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

大分県の維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、祖母傾山とその山系に端を発する大野川流域、英彦山や釈迦岳の山地、くじゅう山系などです。また、国東半島にも植物種数の豊かな場所がパッチ状に分布しています。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、福岡県境の英彦山や釈迦岳の山地、熊本県境のくじゅう山系、宮崎県境の祖母傾山などです。

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鳥類の種数が豊かな地域は、周防灘の沿岸と中津平野や宇佐平野、国東半島から別府湾の沿岸および大分平野などです。また、大野川や大分川の流域、佐賀関半島の南岸の臼杵湾の沿岸、佐伯湾の周辺と番匠川の流域も鳥類の種数が豊かです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、大分平野と中津平野の河川（大野川・大分川・山国川）流域、それらの周辺の山腹などです。また、番匠川の流域、筑後川上流の三隈川の流域も爬虫類の種数が豊かです。

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両生類の種数が豊かな地域は、国東半島や中津平野や大分平野の後背域、英彦山や釈迦岳の山腹などにパッチ状に分布しています。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、中津平野の山国川や宇佐平野の駅館川の流域、大分平野の大野川や大分川の流域、番匠川の流域、筑後川上流の三隈川などです。

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大分県の生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にもいろいろと考える要素があります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。大分県では2001年にレッドデータブックを作成して、その後も調査を行い、2011年にも改訂を行っています。

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生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

さらに、生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、大分県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、大分県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、大分県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

大分県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、大分県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

大分県の生物多様性の保全重要地域は、中津平野や宇佐平野、大分平野、それら平野部における河川流域、祖母傾山から大崩山へ至る山地とそれらを源流とする河川域、釈迦岳や英彦山の山腹の一部、筑後川上流の三隈川の流域の一部などです。大分県レベルで見た場合には、国東半島や佐伯南部の沿岸域も保全重要度が高いです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を分析してみました。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、くじゅう山系とそれから北東に広がる山腹の地域、釈迦岳の周辺と英彦山の一部、祖母傾山から大崩山に至る山嶺部です。また、大分平野や中津平野の後背山麓、佐伯の番匠川流域も、植物の保全重要度が高い場所がパッチ状に分布しています。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、英彦山や釈迦岳の山地、くじゅう山系の一部、祖母傾山の山嶺部などです。また、大分平野や中津平野やその後背山麓、佐伯の番匠川流域も、哺乳類の保全重要度が高いです。全国レベルで見ると、佐賀関半島から南の沿岸地域も保全重要度が高くなります。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、周防灘の沿岸と中津平野や宇佐平野、国東半島から別府湾の沿岸および大分平野などです。また、日出生台、大野川や大分川の流域、佐賀関半島の南岸の臼杵湾の沿岸、佐伯湾の周辺と番匠川の流域にも、鳥類の保全重要地域がパッチ状に分布します。全国レベルで見ると、英彦山や釈迦岳の山嶺部も保全重要度が高くなります。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、中津平野から国東半島の低地、大分平野、東部沿岸の低地などです。また、大野川や大分川、山国川、三隈川の流域の一部も爬虫類の保全重要地域です。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、中津平野や大分平野の後背山麓域、釈迦岳の山腹、祖母傾山の一部と、それらに関係する河川流域などです。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、中津平野の山国川や宇佐平野の駅館川の流域、大分平野の大野川や大分川の流域、番匠川の流域、筑後川上流の三隈川などです。

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大分県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、大分県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとに大分県RDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

以下の維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類　CR、絶滅危惧ⅠB類　EN、絶滅危惧Ⅱ類　VU、準絶滅危惧　NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、絶滅の恐れのある地域個体群（LP）には分布面積の小さな希少種が数多く含まれていることがわかります。また、「指定なし」にも希少種が含まれています。

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