和歌山の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年4月24日 12:27

気候は温暖、紀伊半島の沖を流れる黒潮の影響で、内陸の山地は日本有数の多雨地域、そして紀ノ川や熊野川など水量豊かな河川が流れます。地理と地形と気候に関係した多様な環境が、和歌山の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、和歌山の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

和歌山県の生物多様性を特徴づける環境条件

和歌山県は紀伊半島に西側に位置して、紀伊水道（太平洋）に面しています。

県北部には、日本の本州を東西に貫く中央構造線に沿ってのびる和泉山地（標高400mから900m）が、和歌山平野と大阪平野を隔てています。

県東部の内陸には、奈良県の吉野山からのびる大峰山（紀伊山地の主要山塊）があり、奈良県境の護摩壇山山系には、和歌山県で最も高い龍神岳（1382m）や護摩壇山（1372m）や陣ヶ峰（1106m）が連なり、さらに、果無（はてなし）山脈の安堵山（1184m）も連なっています。

紀伊半島の沖合には黒潮が流れているので、和歌山県の気候は温暖です。さらに、黒潮からの水分を多く含んだ空気が、紀伊山地の山嶺に遮られて、多量の雨をもたらします。そのため、和歌山県北部の瀬戸内海沿岸から紀伊半島内陸にかけて、降水量の地理的勾配があり、県東部の年間降水量は3500mm以上にも達します。

日本有数の多雨地域のため、和歌山には水量豊かな川が流れています。

紀伊山地の東部の大台ケ原に源をもつ紀ノ川が、貴志川などの支流と合流しつつ、奈良県からのびる金剛山地の南端をぬけて、和泉山地の南部を東に流れて、和歌山平野にいたり、紀伊水道に注いでいます。

紀ノ川の南には、紀伊山地の揚柳山（標高1009m）に源をもつ、有田川が流れて紀伊水道に注いでいます。

有田川の南には、紀伊山地の護摩壇山からのびる白馬山脈が東西に連なり、瀬戸内海（紀伊水道）入り口の、日ノ御埼にいたっている。

白馬山脈の南側には、日高川（紀伊山地の護摩壇山に源）が東に流れて太平洋に注いでいる。

紀伊山地南部の山塊である果無山脈の安堵山からは富田川、千丈山（1027m）からは日置川が南西に流れて、太平洋に注いでいます。

紀伊半島南部の内陸には、大塔山（おおとうざん）（1122m）がそびえ、半島南端の潮岬の近くまで山々が連なっており、大塔山からは古座川、紀伊山地の大峰山から熊野川が、それぞれ太平洋（熊野灘）に注いでいます。

生物多様性の可視化：種数地図

維管束植物（木本・草本・シダ）の種ごとの分布予測を元にして、植物種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化したのが下の図です。赤い色のメッシュは植物種数が多い地域です。

維管束植物の種数が豊かな地域は、紀ノ川の上流域の山腹、および紀ノ川の支流の貴志川上流域の山腹、有田川や日高川や富田川や日置川の流域、古座川の下流域、熊野川流域とその周辺山腹などです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、紀ノ川の支流の貴志川上流域の山地、奈良県境の陣ヶ峰、護摩壇山、龍神岳などの山嶺、紀伊山地南部の大塔山周辺、および有田川や日高川の上流域、富田川や日置川の上流域、熊野川の上流域などです。また、和歌山県の飛び地になっている、北山村の山地域も哺乳類の種数が豊かです。

名称未設定

鳥類の種数が豊かな地域は、和歌山平野と紀ノ川流域や和泉山地の山腹、有田川や日高川や熊野川の下流域、および太平洋沿岸の一部などです。

名称未設定

爬虫類の種数が豊かな地域は、紀ノ川流域や和泉山地の山腹、紀ノ川上流域の金剛山地の南端部、有田川の下流域、および太平洋沿岸の低地域の一部などです。

名称未設定

両生類の種数が豊かな地域は、和泉山地の山腹や金剛山地南端の山腹、紀ノ川流域、その支流の貴志川流域、有田川の下流域、および奈良県境の陣ヶ峰、護摩壇山、龍神岳などの山腹の一部などです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、紀ノ川流域や和歌山平野の水域、および、有田川、日高川、富田川、日置川、古座川、熊野川など、紀伊水道や熊野灘に注ぐ河川の流域です。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考える要素があります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。和歌山県は2001年「保全上重要なわかやまの自然 - 和歌山県レッドデータブック -」を編纂し、その後、調査検討を行って2012年改訂版を発表しています。

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生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここで、もう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、和歌山県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、和歌山県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮した上で、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、和歌山県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

和歌山県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、和歌山県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

和歌山県の生物多様性の保全重要地域は、紀ノ川流域から和歌山平野の一円、有田川や日高川や富田川や日置川の下流域、熊野川流域、および、陣ヶ峰、護摩壇山、龍神岳などの山嶺の一部、紀伊山地南部の大塔山周辺の山地などです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を分析してみました。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を分析してみました。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、紀ノ川の上流域の金剛山地南端の山腹、貴志川上流域の山腹の一部、熊野川流域とその周辺山腹、紀伊山地南部の大塔山周辺の山腹の一部などに、細かくパッチ状に分布しています。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、紀ノ川の上流域、その支流の貴志川上流域の山地、陣ヶ峰や護摩壇山や龍神岳などの山嶺、および有田川流域、富田川や日置川の下流域、紀伊山地南部の大塔山周辺から半島南端部にかけての一部、および熊野川流域などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、和歌山平野と紀ノ川流域および和泉山地の山腹、有田川や日高川や熊野川の下流域、および太平洋沿岸域などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、沿岸の低地域、および紀ノ川流域および和泉山地の山腹、有田川の下流域などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、和泉山地の山腹から紀ノ川の流域にかけて、および、紀ノ川支流の貴志川の上流域の山腹、および奈良県境の陣ヶ峰、護摩壇山、龍神岳などの山腹、紀伊山地南部の大塔山周辺から熊野川流域にかけての山地などです。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、紀ノ川流域や和歌山平野の水域、および、有田川、日高川、富田川、日置川、古座川、熊野川など、紀伊水道や熊野灘に注ぐ河川の流域です。

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和歌山県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、和歌山県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を見ると、RDBランクが高いほど、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれており、またRDBランク間の希少性の違いが必ずしも明確でなく、希少性評価に歪みがあることも推察されます。

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