栃木の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年4月22日 21:07

日光や那須岳や足尾山地を背にして、那珂川、鬼怒川、渡良瀬川が流れて関東平野の北端を形成しています。内陸で海はないですが太平洋の影響を受けた気候で、生き物にとって多様な環境があり、それらが栃木の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、栃木県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供していきます。以下サイトもご覧ください。

栃木県の生物多様性を特徴づける環境条件

栃木は、関東北部に位置し、東部の茨城県境には八溝山地があり、その山麓を那珂川が流れています。

北部の福島県境には、帝釈山（2060m）などの帝釈山脈、奥羽山脈に連なる三本槍岳（1917m）などの那須岳があります。そして、釈迦ヶ岳（1795m）などの火山群である高原山があり、荒川が南に流れて那珂川に合流しています。

栃木県北部の山地からは、日光に源を発する鬼怒川が流れ出て南に下り、茨城と千葉の境付近で利根川に合流しています。

また、鬼怒川と荒川の間には、那須烏山市の小貝ヶ池に源をもつ小貝川が流れ出て、茨城県を抜けて利根川と合流しています。

栃木県西部の群馬県境には、関東以北で最も標高の高い、火山の日光白根山（2578m）がそびえています。その東には、日光三山の男体山（2486m）、女峰山（2483m）、太郎山（2368m）があり、南山麓には火山噴火で形成された中禅寺湖（日本で最標高の湖 1269m）があります。これらの山地の南部には、皇海山（すかいさん）（2144m）などが連なる足尾山地が広がっています。

そして、皇海山に源を発する渡良瀬川が、足利市をぬけて群馬県境を東に流れ、思川など足尾山地からの支流と合流して南へ流れ、茨城と埼玉の県境付近で利根川に合流しています。

栃木県北部の山地の山麓には、那須野が原と呼ばれる台地状の扇状地が広がり、さらには鬼怒川、那珂川、渡良瀬川などの流域が合わさって、関東平野の北端をなしています。

栃木は海のない内陸の地域ですが、周囲を山に囲まれ、それらから流れ出る河川が、関東平野の一端を形成しています。そのため、全体的には太平洋側気候で、北西部の山地で雨が比較的多く（年降水量は1800mmくらい）、宇都宮から東南部の平野になるほど雨が少なくなります（年降水量は1200mm〜1400mm）。

このような、山地、河川、平野などの地形、それに関係した気候条件の地理的な勾配が、生物にとっての生息場所の多様性をもたらし、栃木の生物多様性の空間分布を特徴づけています。

それでは、栃木の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、県北部の那須岳や高原山、帝釈山脈の山麓、鬼怒川の上流域、足尾山地山麓の河川流域、那珂川の流域などです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、帝釈山脈、奥羽山脈に連なる那須岳、高原山周辺、日光白根山、男体山・女峰山・太郎山などの日光三山や中禅寺湖の周辺、および、それらに源をもつ河川上流域の一部です。

名称未設定

鳥類の種数が豊かな地域は、那珂川や荒川の流域、鬼怒川や渡良瀬川や思川の流域と、それらに関係した平野部、あるいは那須野が原、那須岳などの山麓の一部です。

名称未設定

爬虫類の種数が豊かな地域は、那珂川流域や小貝川周辺の平野部、足尾山地の南山麓、鬼怒川流域や思川流域の一部などです。

名称未設定

両生類の種数が豊かな地域は、帝釈山脈や那須岳や高原山の山麓の一部、日光三山周辺の山麓の一部、足尾山地の山麓の一部、那珂川と小貝川の中流域の平野部です。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、那珂川や荒川、鬼怒川、渡良瀬川や思川など、関東平野北部の水系です。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。栃木県は2005年に県版レッドデータブックを編纂して、その後改訂をして「レッドデータブックとちぎ2018」を発表しています。

生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、栃木県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、栃木県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、栃木県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

栃木県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、栃木県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

栃木県の生物多様性の保全重要地域は、県北部の那須岳や高原山、日光白根山や日光三山や中禅寺湖の周辺、那珂川や荒川の流域、足尾山地の山麓および鬼怒川や渡良瀬川や思川の流域などです。また、栃木県レベルで見ると、八溝山地の南山麓から那珂川流域にかけての地域も保全重要地域です。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県北部の那須岳や高原山、帝釈山脈の山嶺部、日光白根山や日光三山や中禅寺湖の周辺山地、鬼怒川の上流域、那珂川流域などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、帝釈山脈、奥羽山脈に連なる那須岳、日光白根山や日光三山や中禅寺湖の周辺の山地、および、それらから流れ出る鬼怒川や那珂川の流域の一部などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、鬼怒川や渡良瀬川や思川流域とそれらに関連した平野、那珂川や荒川の中流域の平野、あるいは、那須岳山麓や那須野が原、日光白根山などの山麓の一部などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、那珂川の中流域や小貝川周辺の平野部、足尾山地の南山麓の周辺平野部、鬼怒川流域や思川流域の一部などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、帝釈山脈や那須岳や高原山の山麓から平野にかけての一部、日光三山の周辺の山麓の一部、足尾山地の南山麓、那珂川と小貝川の中流域の平野部です。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、那珂川や荒川などの水系、鬼怒川、渡良瀬川や思川など、関東平野北部の水系です。

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栃木県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、栃木県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を見ると、RDBランクが高いほど、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれており、またRDBランク間の希少性の違いが必ずしも明確でなく、希少性評価に歪みがあることも推察されます。

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