奈良の生物多様性:地域戦略・保全利用を考える
山と盆地と河川が組み合わさった自然本来の環境、それに加えて、人間活動による土地利用の長い歴史があります。それら多様な要素が、現在の奈良の生物多様性を特徴づけています。
はじめに
生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体(47都道府県)の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。
この記事では、奈良の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト(保全カードシステム)と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報(レイヤー)を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。
奈良県の生物多様性を特徴づける環境条件
奈良は紀伊半島の内陸に位置し、県北部の奈良市の周辺には、奈良盆地が広がっています。
奈良盆地は、大和川が流れており、幾つもの支流を合流して、東に流れています。
奈良盆地の東部には笠置山地があり、宇陀川(淀川水系の木津川の支流)が区切るように三重県に流れて名張川に合流しています。
奈良盆地の西部には、生駒山地と金剛山地が南北に走り、大阪平野あるいは京都盆地をへだてています。
生駒山地は、生駒山(642m)や高安山(488m)や信貴山(437m)などの山々があり、比較的なだらかな丘陵をなしています。
金剛山地は、金剛山(1125m)が最も標高が高く、大和葛城山(959m)や岩橋山(659m)などが連なっています。
南北に伸びる生駒山地と金剛山地の間には、大和川が流れて大阪平野に下っています。
県南部には、吉野山の山稜が北端をなす大峰山や熊野など(紀伊山地の主要山塊である大峰山脈)があり、八経ヶ岳(八剣山)(1915m)や大台ケ原が連なっています。また、東部の三重県境には、高見山地があります。
大峰山からは熊野川(十津川)が源流を発し、三重県に流れ下っています。大台ケ原からは、紀ノ川(吉野川)が源を発しており、高見山地からの高見川と合流して和歌山に流れています。
以上のように、県南部の山地から県北部の盆地にかけて、地形の違いが明瞭で、それに関係して、気候も地域的に異なります。内陸で海がないので、気温の地域差は比較的小さいのですが、県南部の大台ケ原周辺は日本有数の多雨地域で、年間降水量は3000mm以上にもおよび、一方県北部では雨は少ないです(年降水量は1300mmくらい)。
さらに、奈良は旧石器時代からの遺跡が数多くあり、奈良盆地は3世紀から4世紀の古墳時代以来のヤマト王権の中枢地域であったことからも、人による土地利用の長い歴史があります。
山と盆地と河川、それらの関係した気候の地理的な勾配、さらには、都の造営やそれに伴う森林利用など、人間活動の長い歴史が、現在の奈良の生物多様性を特徴づけていると考えられます。
それでは、奈良の生物多様性(植物・動物の種数)の地図を見てみましょう。
生物多様性の可視化:種数地図
維管束植物(木本・草本・シダ)の種ごとの分布予測を元にして、植物種数を1kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化したのが下の図です。赤い色のメッシュは植物種数が多い地域です。
維管束植物の種数が豊かな地域は、県西部の生駒山地や金剛山地、あるいは笠置山地の一部、および、吉野川の流域、十津川(熊野川)の流域、宇陀川の流域などです。
土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。
哺乳類の種数が豊かな地域は、県の中南部の山地域(高見山地・大峰山や熊野など)、吉野川流域、十津川(熊野川)流域です。
鳥類の種数が豊かな地域は、奈良盆地から県北西部の生駒山地や金剛山地にかけての地域、吉野川流域、宇陀川の流域などです。
爬虫類の種数が豊かな地域は、奈良盆地から県北西部の生駒山地や金剛山地にかけての地域、笠置山地の一部、宇陀川の流域、吉野川流域などです。
両生類の種数が豊かな地域は、県北西部の生駒山地や金剛山地にかけての山地、および笠置山地、宇陀川の流域、吉野川や十津川(熊野川)の流域の一部などです。
淡水魚類の種数が豊かな地域は、奈良盆地に流れ込む河川の水系、宇陀川流域、吉野川流域、十津川(熊野川)の流域などです。
生物多様性の保全重要地域を特定する方法
生物多様性の保全重要地域はどこですか?と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考える要素があります。
生き物のレア度:希少性
例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物(固有な生物種)がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。
つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな=希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。
保全政策上の重要生物:絶滅危惧種
また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。奈良県は2005 年にレッドデータブックを編纂し、その後、専門家と市民と協働した調査検討を行って「奈良県版レッドデータブック 2016 改訂版」をまとめています。
生物の機能:人間社会にとっての生物の価値(生態系サービス)
生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。
ここで、もう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。
地域社会の経済活動
例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、奈良県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。
そこで、奈良県内の1km x 1km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。
これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮した上で、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか?を探索することができます。
具体的には、奈良県を1km x 1kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。
奈良県の生物多様性の保全重要地域
維管束植物(木本・草本・シダ植物)と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、奈良県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。
注)土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。
奈良県の生物多様性の保全重要地域は、奈良盆地および盆地を取り巻く山地、笠置山地の山麓から県西部の生駒山地や金剛山地にかけての地域、県の中南部の大峰山・熊野など、八経ヶ岳(八剣山)から大台ケ原に連なる山地域、吉野川の流域、十津川(熊野川)の流域などです。
以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。
次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を分析してみました。
維管束植物(木本・草本・シダ)の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県西部の生駒山地や金剛山地の一部、および、大峰山・熊野の八経ヶ岳(八剣山)や大台ケ原などの山地域、吉野川の流域と十津川(熊野川)の流域の一部です。
哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県の中南部の高見山地・大峰山・熊野などの山地域の八経ヶ岳(八剣山)や大台ケ原などの周辺、吉野川や十津川(熊野川)の流域の一部です。
鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、奈良盆地から県北西部の生駒山地や金剛山地にかけての地域、吉野川流域、県中南部の高見山地・大峰山・熊野などの山地の一部などです。
爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、奈良盆地から県北西部の生駒山地や金剛山地にかけての地域、吉野川流域、および、十津川(熊野川)の流域の山地域などです。
両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県北西部の生駒山地や金剛山地にかけての山地、および笠置山地の一部、宇陀川の流域、吉野川の流域の一部、県中南部の高見山地・大峰山・熊野などの山地域などです。
淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、奈良盆地に流れ込む河川の水系、宇陀川流域、吉野川流域、十津川(熊野川)の流域などです。
奈良県レッドデータブック(RDB)事業の検証
生物分布データを用いて、奈良県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。
生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数(面積)を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。
以下の維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど(横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類 CR、絶滅危惧ⅠB類 EN、絶滅危惧Ⅱ類 VU、準絶滅危惧 NT)、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDBに含まれていない「指定なし」にも(横軸の右端のランクに)分布面積の小さいな希少種が数多く含まれていることがわかります。
図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。
以下は、脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)のRDBランクです。現RDB「指定なし」にも(横軸の右端のランクに)分布面積の小さいな希少種が数多く含まれていることがわかります。また、RDBランク間の希少性の違いが明確でなく、RDBランク付けに関する希少性評価に歪みがあることが推察されます。
図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。
図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。
図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。
図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。
図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。
以上のような分析をもとにして、RDBに追加すべき種やランク付けを検討できるでしょう。
本記事の分析結果の関連論文
久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.
Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.
Kusumoto B., Shiono T., Konoshima M., Yoshimoto A., Tanaka T., Kubota Y. (2017) How well are biodiversity drivers reflected in protected areas? A representativeness assessment of the geohistorical gradients that shaped endemic flora in Japan. Ecological Research 32: 299-311.
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