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レベル9の舌打ちと懐古と進化と歌舞伎町のドラマクイーンの話

新宿歌舞伎町の奥深くにそびえる真新しいタワービルディング。
その奥深く地下4階のステージで、ロックバンドがけだるいイントロを奏で始めた。だいぶ久しぶりに聴くこの曲は『歌舞伎町の女王』だ。

M01. 歌舞伎町の女王(椎名林檎)

この曲は椎名林檎のデビュー盤『無罪モラトリアム』に収録されている、事実上のリード曲のひとつ。椎名林檎はこの曲や幸福論、丸の内サディスティックといったアルバム楽曲群を名刺代わりに、ここから一気に日本の音楽シーンの女王たるポジションまで登りつめていったのだ。
実際にこの曲が完成したのは1995年のことだそう。つまりこの曲は、きょうの主役の人生とほぼ同じ期間において、歌舞伎町を席巻してきた楽曲だということになる。

この楽曲と同じ時を経て、この街に生まれたライブスペースのステージで、センターマイクの前に歩き出てきたのがきょうのヒロイン。稀代の天才と無造作に並べる訳にもいかないとは思うが、前ノリじみたグルーヴでけだるいこの曲を難なく歌いこなし、会場の耳目をしっかり惹きつけるシンガー・真山りかは、まぎれもなく今夜の此の町の女王だ。原色系に彩られたボトムスとシックな黒のトップス。この落ち着いた佇まいと様々な表情と大きな瞳には、とにかく圧倒されるばかりだ。

そうだ。この一曲目だけで実感できる。
これが、ほかのメンバーには決して真似のできない、真山りか生誕祭『まやまにあ』ならではのスタートなのだ。挨拶代わりの一曲を歌い上げ、いよいよまやまにあLevel.9が始まったのだ。



といったわけで、Zepp Shinjukuで開催された真山りかさんの生誕祭『まやまにあ-Level.9-』を観に行って参りました。勢いあまっていきなり書き始めてしまいましたが、このまんま様々な楽曲を聴いて感じたことや考えたことを前のめりにメモライズしておこうと思います。




M02. 愛のレンタル

次曲のイントロは聞き覚えがあるものだ。
ドラムのアタックを経ていきなり歌が乗り込んでくる原曲と違って、バンドアレンジに伴い生まれたギターの奏でる四小節。このメロウなコードワークが高揚感を煽ってくれる。さあ、愛のレンタルが始まる。
シックな響きかつポップな進行に乗せて、コンパクトにハンドクラップを煽る真山さん。グループでのパフォーマンスと違って、ミニマムな振り付けをリズミカルに披露する真山さん。笑顔やアンニュイな表情をクルクルと入れ替え歌い上げる姿がとてもかっこいい。トゥルットゥの圧の入れ方から、この曲に対する彼女独自の解釈・消化が伺えてとても楽しい。
スネアの音の良き返り具合。ワウと6弦で刻まれるリズム。静かに唸るベース。アダルティな世界観を広げるピアノ。演奏陣のチームワークもがっちりはまって、とても心地よい。フロアのムラサキのペンライトが一斉に揺れる様子も素晴らしかった。この空間は、女王の作る特別な音楽サロンのようなもの。今年もここに来られて、本当によかった。

ここでMC。
誕生日当日のライブであることを話し、会場からのたくさんの「おめでとう」の声を浴びるきょうの主役。
そしてライブのテーマが「懐古と進化」であると告げ、カメコ席の皆さんにこのあとの4曲が撮影可能である旨をアナウンス。設定を急ぐカメコ皆さん。

M03. BLUE DIZZINESS

去年の生誕祭でリリース翌日に最新曲として歌われたのが、このBLUE DIZZINESS。そのご春ツアーなどで多数の披露する機会に恵まれ、現在進行形のえびちゅうの姿をしっかり代表する楽曲になったものだと思う。
しかし真山さんのソロ歌唱は、原曲のちょっとドライに冷めた都会の現代っ子テイストと違って、クールながらも艶めいた声色で歌う大人のフレグランスが漂っていた。ラップパートの終盤で、セリフじみた口調で軽くリズムをクラッシュさせるなど、感情の振れ幅や大きな抑揚の表現が織り込まれた、原曲と違うアプローチに満ちた一曲となっていた。
アルバムが出た頃には、どちらかといえば芳しくない意味合いで「K-POPぽい」といった批評があったこの曲だが、真山さんの曲の解釈と今日のアレンジは、そういった負の批評などの出され得ないプロダクトに変化していたように思う。これが技術というもので、テーマである「進化」に値するものなのだ。

M04. Shen-Shen Passion Night

まやまにあの常連曲。爽快なチャイナ感がとても心地良い。終始楽曲を彩ったギターのカッティングがとてもかっこいい。よく飼いならされたまやまにあの民たちが、サビで一斉にパラパラを踊る風景が良い。うん。楽しい。

M05. 老醜ブレイカー

まず少し間をとってから、「うるっさいわね」という一言、そして舌打ち。
一瞬でわかった。今年もぜひ聞きたかった奴だ!やったね。ぼくの心の中の張本勲が王貞治の後ろで高く飛び上がった。

昨年のまやまにあLevel.8では、当時の最新プロダクトであったBLUE DIZZINESSと対を為すかのように、キャリア初のソロ曲として披露されたのがこの老醜ブレイカーだ。モチーフは酒場で隣席にきたおっさんに対しての鬱憤。当時まだ酒場に入るわけにいかない年齢のコムスメでありつつ、ジャズの曲調に載せ可憐に踊りつつ深く太く歌いこなす彼女。見た目と技術とのアンバランスさが秀逸だった。この曲を歌う真山さんの姿を見て、ぼくはエビ中のポテンシャルの大きさを思い知り、何より彼女のパフォーマンス力に惚れ込んだものなのだ。

この曲が初めて披露されたそのときとは、11年前の中野サンプラザ公演。17歳になる前日だった。そういう意味では、きょうのライブテーマである「懐古」に最も寄った選曲となっている。しかしなんだろう、単なる懐古とは違った感慨が、ここにきて生まれてきたような気がするのだ。
というのも、28を迎え活躍の幅を広げる近年の真山さん。名実ともに、楽曲のキャストにジャストフィットする年頃の女性になったのだ。
楽曲の主人公とシンガーのギャップが解消されたことで、描かれていたモチーフやメッセージは、より鮮明にストレートに聴衆の耳に届くようになった。正直な話、前述したようなアンバランスさの妙味こそがこの楽曲の売りであったとも思う。だがしかし、こうやって「まやまにあ」で懐古する分には何も問題ない。今は過去と現在の魅せ方のギャップに思いを馳せるだけで、こうして存分にグラスを傾け楽しむことが出来るのだ。この曲に惹かれた当時の自分の感性は間違っていなかった。彼女に舌打ちをされない距離を心がけつつ、今後もこの曲を楽しんでいきたいと切に願う。

余談だけれど、妹メンでこの曲を歌うとしたら、誰になるのだろう。
歌唱力としては桜井さんが第一候補なのだけれど、楽曲の雰囲気が彼女の立ち位置と真逆にあってアンマッチだ。その方向から考えると雰囲気的には桜木さんが挙げられるのだけれど、彼女はキャラクター的に酒場のおじさまのことを笑い飛ばすか殴り飛ばすかで、やはりちょっと立ち位置が違うように思えてしまう。
やっぱりもう少しの間は、この曲は真山さんに聴かせて頂きたいものだ。

M06. 曇天

アレグレットなテンポから一転、ここでまたゆったりめの一曲。
普段のコンテンポラリーダンスを排し、歌一本に集中しての曇天。きょうの歌唱はそれほど重さを前面に出さないもので、どこかやさしさも含んだ声に聞こえてきたような気がした。いつもと違うアプローチのように思えたのだが、これは狙ったものであったのかどうか。機会があればお聞きしてみたい。伊平ギターがかっこいい。

曲が終わり、カメコの皆様にしっかり撮れたかどうか確認する真山さん。
ここで足元のプロンプターか何かにチケット完売の報が流れた様子。会場拍手。おめでとう。やったよ。よかった。この勢いで来年は神聖まやまちゃんバンドでツアーに出ようぜ!

M07. 誘惑したいや

実は曇天よりも重い女の曲であると前置きをして、この曲をアコギ1本でご披露。
なるほど、確かに誘惑したいやは重い女の歌だったかもしれない。ちょっとだけそう思ったりもしたのだけれど、ギター一本と対峙した真山さんの歌声は素晴らしいもの。重いとか重くないとかとは別次元で、この曲の持つメロディの美しさを改めて認識する時間になりました。
ギターの伊平さんが時々笑顔になっているのを見て、そして、歌い終わった真山さんご本人がにっこりしているのを見て、とても良い一曲になったのだなあと実感。

M08. Liar Mask

この曲のリリースから10年。今度はピアノ1本に乗せての歌唱。
イントロにて有言実行の人になることと、大好きなアニメ曲にまた関わっていきたいという28歳の抱負を語り、いよいよ楽曲へ。フルバンドによる大音響での迫力とは違い、しんさんの伴奏するピアノによる緊張感の中で、丁寧さの担保された大人びた迫力を紡ぎだす真山さん。落ち着いた圧倒感には、もう息を飲むしかなかった。ワルツ部分でのフロアから響く静かなクラップが心地よかった。

余談だけれど、ピアニストしんさんは演奏の後半で譜面をめくるのにちょっと失敗していた模様。もしかしたら細かい部分などがリハなどと違う演奏になっていたかもしれません。それだとしても、何ら違和感を覚えさせずに最後までやりきるプロ二人の信頼感と技術には、感服するばかりだ。

M09. 蜃気楼

上記2曲のあいだ裏にハケていたドラム・ベースのふたりがステージに戻り、フルバンドによる聞きなれた前奏が始まる。今年も見えない蜃気楼が、会場に広がってゆく。
透き通って消えてゆくファルセットの歌声、そして指先の演技が幻想的。目を閉じてゆっくり聞かせていただきました。ひときわ大きな拍手。

このブロックでは静かな歌の力と音楽の力で、会場の空気をすべて掌握していた真山さん。それと感じさせないような流れの中で、得難い音楽体験をさせていただいたような気がする。

M10. 星座になれたら(結束バンド)

ここで「みんなで手を取り合って大きな星座を作りたい」と予告したのち、聞いたことのない曲が始まる。ストレートに明るくキラキラした曲で、だいぶ空気が変わった。あとから知ったのだが、これはアニメ・ぼっちざろっくの結束バンドの曲だという。まやまにあはいつもぼくに、とても良質なアニソンを教えてくれる。いやマジで。

この曲は、先日のえびちゅうクリスマスライブのテーマを考える切っ掛けとなったものなのだそうだ。ここまでエビ中曲・えびちゅう曲もりだくさんで引っ張ってきた中で、ここにきてのカバー曲。ことしの真山さんが作り上げたかったステージイメージは、この曲の描く風景に詰まっているのだということが伝わってくる。
まやまちゃんバンドという五芒星が放つ、明るさに満ちたメロディライン。サビに合わせて左右に手を振るきょうの主役の一等星と、その手と共に左右に動く客席のムラサキの星屑たち。ご機嫌な音楽に乗せられて少しにぎやかな星座となったけれど、これもまた間違いなく、幸せな一曲として輝いていたように思う。

M11. Drama Queen

どこかで聴いたことのある、いや、聴きなれている筈のギターフレーズが奏でられる。一瞬の記憶検索のあと、この曲がDrama Queenであることに気がついた。うん。かっこいい。これめっちゃくちゃかっこいいぞ。

アルバムindigo hourでのこの曲は、オートチューンで加工されたメンバーの歌声やキーボードによる電子的なSEでお化粧が施され、だいぶ電子的かつファンタジックな顔を見せている。
しかしきょうのこの曲は、そんな作りこまれた顔なんて見せてこない。高浦さんが叩くビート、宮本さんがムーグで生み出すうねり、伊平さんのストローク、しんさんが響かせるキーボード、そして真山さんが歌でまとめる大きなグルーヴ。原曲の音源では遠く味わうことのできなかった、歌う側の生のリアルな呼吸や汗の感覚が、ステージからダイレクトに伝わってくる。
5人が今ここで作り上げる生のサウンドのパワーは、文字通りこの曲の化粧をそぎ落とし、Drama Queenの真の素顔をさらけ出させたといっても過言ではないはずだ。・・・すまん、かっこつけすぎた。なんか偉そうだ。

逆順で書き起こして整理しよう。
もともとDrama Queenという曲は、ロック系楽曲の方法論に乗って制作されていたもの。しかし、コンセプト性の強いindigo hourというアルバムに組み込まれることになったために、オートチューンなどエレクトロなお化粧を厚く厚く施すという方向へディレクションされたものなのではないかと。

いや、こちとら音楽的な素養など全くないただのおっさんだ。上記ディレクション云々はてきとうに書いたものなので本気にしないでほしい。だけれどそんな妄想や思い込みに自分で納得したくなるぐらいに、今夜の歌舞伎町の女王が歌い上げる化粧から解き放たれた素顔のDrama Queenの麗しさには、ドキドキさせられるしかなかったのだ。
きょうイチのぼくの『熱盛』スタンプは、この曲につけさせていただきたい。

M12. 自由へ道連れ

そろそろラストスパートだ。
自由に楽しんでいきましょう!という煽りとともに、ぴょんぴょん跳ねる真山さん。これはまれに見られるテンション爆アゲ中の真山さんだ。
ノリの良いロックのテンポで突っ走る自由へ道連れ。光る棒を振って自由に楽しむフロア。間奏でステージを左右に駆け回る女王。「道連れしちゃうぞ」とかわいさを垣間見せる女王。歓声とともに道連れされちゃう民。アウトロまで世界の真ん中を突っ走りきる演奏陣。そこに流れる音楽を、皆で一緒に楽しむ空間。とても気持ちの良い一曲でした。

M13. 春の嵐

そして一瞬の間があったのち、少々アレンジメントの入った前奏から春の嵐へ。
この曲は周知のとおり、真山さんのノドの調子を鑑みてか、しばらく封印されていた楽曲。ぼくは正直なところ、彼女が歌いきれるのかどうかの不安を抱きつつペンライトを振り始めた。

でもそんな心配はいらなかった。静と動が激しく入れ替わる展開を経るにつれ、心配していたことなどすっかり忘れてしまうくらいにボルテージが上昇。パワフルに刻まれるスネア。爽快に深く太く這うベース。美しく響き渡るピアノ。時にきれいに、時に力強く歪むギター。そして、これらの演奏を背中で全て引き受けて、歌声を載せ再構築して客席に届けるフロントマン。このヴォーカリストの存在の大きさたるや。オンガクってやつは、バンドサウンドってやつは、こうじゃなくっちゃいけない。

吹き荒れる桜吹雪の向こう側にある、見たことのない明日。そこに向かって歩き出す決意がしっかり描き切られて、ステージ本編は終了となるのでした。
真山さん、新生まやまちゃんバンドの皆さん、お疲れさまでした。

EN14. 青春ゾンビィィズ

5分ほどのインターバルとアンコールの大合唱ののち、ステージが明転してバンドメンバーが再登場。伊平ギターが特徴的なTAKUYAコードをかき鳴らす中で、女王が「アンコールありがとう!」と手を振りながらステージへの帰還を果たす。
チューブトップ的な衣装から生誕キャラTシャツに着替え、纏う空気が変わったのか、元気で勢いのある楽曲をリラックスして歌う真山さん。ゆらゆらとステージ上で泳いだり、かがんで最前列の女子と目を合わせて歌ったり。キラキラしてジリジリする、真冬で真夏のバーベキューが続いてゆく。愛の不自由帳が自由な空気で埋まってゆく。
アウトロとともに満面の笑みとダブルピース。アンコールも幸せだなあ。

EN15. COLOR

「いろいろ、歩いていこうと思います」という曲フリのあと、まやまにあLevel.9のフィナーレとして選ばれた楽曲は、アルバムMUSiC収録のCOLORだった。
アルバムでのこの曲は、ぼくとしてはどうしてもゲスト起用の意味を楽曲テーマに結び付けることができず、消化しきれなかった。だからiPhoneで聴く際などは、なんとなく飛ばしてしまうことが多かったものだ。
しかし、こうしてえびちゅうとして途切れることのない足跡を15年にわたって残し続けてきた人が歌うと、とても素直に歌詞の中身が入ってくる。すっころんだり寝転んだりしながら歌うまやまさん。二本の指を大きく突き出して、この世界はひとつのピースだと歌うまやまさん。

二日前に真山さんがプロデュースした、えびちゅう本体のクリスマス公演。そこで厳かに久方ぶりに歌われたのが、靴紐とファンファーレだった。しっかり靴紐を結んで、さあ進もう、歌おう、祝おうとみんなで誓い合った。その靴を履いて心新たに28歳の世界へ歩いてゆく。そんなえびちゅう本体の公演での誓いに対して、COLORはえびちゅうの一員としての真山さんがはっきりと返したアンサーソングのようなものだったように思えてくる。
懐古と進化の歴史が、この曲で一本に結ばれた。ぼくが受け取ったのは、そんな感慨だった。

最後の最後に「わたしのことをずっと大好きでいてくれたらうれしい!」「わたしもみんなのことが大好き!」と、まやまにあでしか見ることのできない、一年に一度だけ恒例のデレまやまさんがカオをだした。ズルいなかわいいな。お久しぶりです。元気にしていましたか?
これで『まやまにあ』という公演に求めているもの、全てを回収することができた。ほかのメンバーには決して真似のできない、真山りか生誕祭『まやまにあ』が、今年も幸せに幕を閉じたのだ。



まとめのようななにかとして

中学校という場所は、色々と学ぶことが多い。
各種教科のことはもちろん、横に広がる人間関係、縦に連なる人間関係。そういう様々な履修をしたぶん、人は様々な未来へ飛び出し、様々な顔を持った大人になってゆく。

何の因果か15年にわたり中学に在籍している真山さんなどは、中学生であり続けながらも、アイドルであり、シンガーであり、プレイヤーであり、お姉さんであり、妹さんでもあり、タレントさんであり、女優であり、DJであり、友達のようであり、高嶺の花であり、アニオタであり、本当に色々な顔を持つようになった。

彼女がリアルな学生だった頃から見ていると、もしくは、その頃の映像などを見て当時を追体験していたりすると、どうしても彼女がまだ絶賛成長期の女のコであるような気になってしまうことがある。いや、もちろん成長は続いているのだけれど。

考えてみれば、自分が28歳だった頃は、自然と大人であろうと意識する必要がなくなり、まわりに大人扱いしてもらえることの満足感すらも忘れ始めてきていた頃だ。
そのころの自分はスチャラカ会社員だったため大したことは出来なかったものだが、同い年のデキる同僚などは社内で様々な結果を出し始めていた頃だった。同期ながら彼らに大人の実力を感じたものだ。

うん。いまの真山さんはきっと、デキる側の人だ。苦悩とチャレンジの上で数千万円の案件を獲ってきたあの頃の同期たちと同じで、充実したイイ顔で笑える側の人なのだ。だって、彼女のプロデュースしたクリスマスライブも楽しかったし、きょうのまやまにあも凄かったし。色々なもやもやした気分を、きれいに爽快にフッ飛ばしてくれたのだから。

アイドルであり、シンガーであり、プレイヤーであり、お姉さんであり、妹さんでもあり、タレントさんであり、女優であり、DJであり、友達のようであり、高嶺の花であり、アニオタである真山さんには、舞台演出・プロデューサーというカオも加わった。本当になんでも出来る人なのだ。

色々な方面で存分に力を発揮し、しっかりとした結果を残すようなってきた真山さん。だらけて齢を重ねてきてしまった自分と違って、彼女はすでに、大きすぎる存在になってきたように思うのだ。

手が届かないところまで行ってしまう日が、いよいよ近づいてきたのかな。そんなめでたくも寂しい感覚がフっと頭をかすめた際に、きょう手もとにやってきた生写真のメッセージが目に入ってきた。


ちょっと補正して大きくします。


いつまでも 歌っていたいな~



ふんわりとしたまやまフォントで書かれた、ふんわりとしたひとこと。
これを見ているうちに、彼女はたぶんこれからも、きょうのまやまにあと同じように、ぼくらと一緒に大きな星座を描こうとしてくれる。なぜだかそんな安心感をもらえたような気がする。理由なんてわかんないけど、それは別に考えなくてもいいかな、と。

つまり、そんな一連の妄想や思い込みに自分で浸りたくなるぐらい、今夜のまやまにあLevel.9は、圧倒的に幸せで楽しいステージだったのだ。


真山りかさん、28歳のお誕生日、おめでとうございます。
この先の一年間の歩みも、しっかり応援させて頂きます。
素敵な音楽に恵まれますように。
たくさんのチャレンジに恵まれますように。
圧倒的に幸せで充実した一年になりますように。
積み重ねた日々の先に幸せが待っていますように。




せっかくなので、勝手につくったまやまにあ宣伝tiktok貼っておきます。




それではそろそろ寝ますです。
あ、コントもまた見たいな。またやってほしいな。
おやすみなさいグー。

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