コンタクトと車椅子
本質的に、何も変わらないかもしれない。
車椅子に乗ったあの人と、私は。
そんな事を教えてくれたのは大学の教授だった。
私は大学で福祉の勉強をしていた。
その学部を選んだ理由は特になく、その大学に入りたくて全学部受けたうち受かったのがその学部、その学科というどうしようもない理由だ。
私の学部では、3年生の時にゼミに入る。これは必須だ。学部内ならば他学科のゼミでも良い。私は街づくりや建築に興味があったので建築系の勉強ができる他学科のゼミに行くつもりで、福祉のゼミは選択肢から外れていた。
ゼミを見ていくうちに入りたいゼミの教授から私の学科でも同じようなことができるゼミがあるから見学に行ってみるよう勧められた。見学するだけなら、と行ってみることにした。
見学に行くとそこには小さくて可愛らしいおじいちゃんがいた。
おじいちゃん先生は私に聞いた。
「どうしてこのゼミへ見学に来たのですか」
彼は実にゆっくり優しくしゃべる。
「実は福祉には全く興味がなく、建築に興味があって〇〇教授のゼミに見学に行ったらこのゼミを勧められたんです。」
私は正直に話した。
すると彼は「〇〇先生ですか。あの先生は素晴らしくってとっても仲良しです。福祉に興味がないのは何故ですか?」
「あまりにも自分と違う人の立場にたって研究を続けることができないと今の私は感じるからです。」
彼の優しげな顔や話し方からか私は全て正直に話すことが出来た。今考えると非常に子供じみた理由である。
もう少しで12月になるため夕方の時間が短い。16:30から見学の予定だったため窓から見える景色は暗い。暗くなってからの校舎は昼間の校舎よりも静かに感じる。
「青山さんはコンタクトをつけていますか?」
いきなり今までの話と関係の無い質問に変わり私は動揺した。
「はい。コンタクトは生活の必需品です。」
私は、裸眼では0.02ほどしか視力がなく、コンタクトがないとほぼ生活ができない。
彼は 笑わずとも優しそうな顔なのに、目尻をさげることにより一層人が良く見える。
「そうですか。私もメガネを手放せないからよく分かります。」
「はぁ」
私は一体何の会話をしているのかわからなかった。
そして次に彼は私に畳み掛けた。
「青山さんはコンタクトが必需品とおっしゃっていましたが、足が悪い人にとって車椅子が必需品という事と同じだと思いませんか?私の研究はそういう事です。目が悪い人も足が悪い人も手が使えない人もみんなが少しでも生きやすい社会にするにはどうすべきかを研究します。もし興味があるならぜひこのゼミにジョインしてください」
ポロりと私の目からウロコ(レンズではない)が落ちたことをかんじた。
彼の優しく上品な語り口調と、わかりやすい喩えのおかげで説教臭くならず私の心にすっと入ってきた。
そのやりとりだけでわたしは彼のゼミにジョインすることを決めた。
福祉(主にバリアフリー)についての研究をしたが、この時教えてもらったことを常に心に留めていた。
彼のゼミでは、指しか動かない人から高齢者、足が悪い人や私たちのようにコンタクトなどの補助器具がないと生きていけない人への福祉の事例を沢山学んだ。
福祉という言葉や行為は難しいことに感じたり、特別な資格や職業につかないと携われないものだと思われがちだ。
だけど、そんなに複雑なものではなくまずは「自分と違う」と思い込んでいる対象へのバリアを無くすだけなのだ。
障がいの有無に関わらず困っている人がいるからたすける、そんなシンプルな心持ちをまずは持つことが誰もが生きやすい社会へと繋ぐステップとなる。
本当にただそれだけ。
優しさを考える時彼との面談を思い出すのだった。
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