「吾輩は猫である」で始まり「名前はまだない」で終わるショートショート7編
「吾輩は猫である」
↓
「名前はまだない」
ふたつの言葉の間に物語があったとしたら?
書き出しと結びの間にある“空白”を埋める形で、全く異なる7編のショートショートを書いてみました。
このnoteは、小説家の小狐裕介さん、脚本家の水谷健吾さんと私が共同で執筆したショートショート集『空白小説』(ワニブックス)の刊行を記念して、その第一章を無料公開したものです。
書籍には「犯人はこの中にいる→私がやりました」「地球は青かった→人類にとっては大きな一歩である」など7テーマ×7編の49話が収録されてるので、もし気に入っていただけたら手に取ってもらえると嬉しいです。
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それでは「吾輩は猫である」で始まり「名前はまだない」で終わる7つのショートショートをお楽しみください。
空白小説 第一章「吾輩は猫である→名前はまだない」
1. 自由
吾輩は猫である。誰よりも自由な猫である。昔ながらの木造一軒家で、今しがた本日二度目の睡眠から目覚めたところである。
さて、どうしようか。縁側でゴロンと体勢を変え、吾輩は思案する。なにをしても良い。なにもしなくても良い。なんたって、猫は自由な生き物なのだから。
小鳥のさえずりが聞こえる。窓の外を見る。青空が広がっている。たまには外に出てみるのもいいかもしれない。
庭に出て、家の塀にひょいと飛び乗る。前足をぐっと伸ばし、ふわぁとあくびをする。雲をぼーっと眺める。良い天気だ。聞けば、吾輩がこうしている間にも人間どもはあくせくと働いているらしい。そのくせ「時間がない。時間がない」と嘆いている。まったく変わった生き物だ。
塀から降り、ぶらりと近所の公園まで足を延ばす。砂場に寝転んで、ジョリジョリと背中を掻く。ぴょんと目の前をバッタが横切った。サッと前足で捕まえ、むちゃむちゃと食べる。美味である。
そこへひとりの少女がやってきた。今は気分がいい。少しだけ撫でさせてやるとしよう。
「にゃあ」
吾輩は少女に声をかける。すると少女は「ひっ」と悲鳴をあげ、一目散にどこかへと逃げていった。まったく無礼な子供だ。しかし、猫嫌いとは珍しい。
しばらくするとわらわらと人間の大人たちが集まってきた。吾輩を取り囲み、何やら話をしている。それで良い。猫は常にちやほやされるものだ。しかし安易に媚びたりはせぬぞ。猫は自由で気まぐれなのだから。
そうだ――吾輩はサッと奴らの輪から抜け出し、塀をつたい、屋根の上へと登っていく。残念だったな、人間ども。吾輩ともっと戯れたかったであろう。吾輩を撫でたかったであろう。
ところがどうも様子がおかしい。奴らは吾輩を見て不安そうな顔をしているのだ。どうした、なぜそんな顔をする。というかさすがに集まりすぎではないか。ひい、ふう、みい、いや数え切れぬくらいだ。よくよく見れば警察まで来ている。どうした。いったい何事だ。
その時、アッと吾輩は足を滑らせる。ズドンと屋根から落ち、背中を打つ。屈強な警察官がやってきて、吾輩を取り押さえる。
なにをする! 吾輩は猫である! 自由な猫であるぞ!
*
診察室に裸の男が横たわり、その周りで医師たちが首をかしげていた。
「これは一体どういうことだ」
「自分を猫だと思い込んでいるようです」
「単なる妄想でしょうか」
「しかし」
「そうですよ、これはおかしい」
「実際に尻尾まで生えてきてるなんて」
「海外で似たような症例が増えているとか」
「いったいなぜ?」
「現代社会の不自由さに対する反動でしょうか」
「病名は?」
「発見されたばかりの病気だ。名前はまだない」
2. 遠出
吾輩は猫である前に一匹の父親である。
それゆえ、やはり一番に考えるのは自らの家族のことだ。特に今日のように遠出した日などは気が気ではない。
「心配だ」
吾輩の脳裏に、住処を離れる時の妻や子供たちの顔が浮かぶ。腹など空かせてはいないだろうか。意地悪なカラスに襲われたりしていないだろうか。
「すぐ戻ると言ってしまったからなぁ」
事の発端は今日の早朝にまで遡る。「隣町で大量の魚が釣り上げられた」と魚屋の親父たちが騒いでいるのを聞きつけ、吾輩は噂の漁港へと向かうことにしたのだ。
「しかし……」
吾輩は周囲を見渡す。
「ずいぶん遠いところまで来てしまった」
先ほどまで続いていた上り坂も終わり、すでに道は平坦となっていた。周囲には色とりどりの花が咲いている。これはなんの花だったろうか。吾輩は足を止めて考えてみる。こういうのは妻が詳しかったのだが。
その時、「おーい」と吾輩を呼ぶ鳴き声が聞こえた。姿を見せたのは昔馴染みのオス猫である。
「オメエも来たんだな!」
彼は吾輩を見て「久しぶりだな」と目を細めた。
「少し痩せたんじゃねえか?」
「かもしれぬ。お主は太ったか?」
はははと互いに笑い合う。
「しかし無事に会えて良かった。ここは思ったより広えからな」
「妙なことを言うな」
「まるで吾輩がここに来ることを知っていたみたいだ」
「もちろん知ってるさ」
彼はそう言うと「見てみろ」とすぐそばに立てられている真っ白な掲示板に目をやった。それは公園の入り口に設置されているモノとよく似ており、その中央には一枚の紙が張り出されている。
「そこにオメエの名前が書いてあるだろ」
彼の言う通り、紙には吾輩の名前が記載されていた。
「こっちに来る猫はこれでわかるんだ」
「なるほど……」
便利なシステムだと吾輩は感心する。
「で、オメエはどうして?」
「車だ」
数時間前のことを吾輩は思い出した。
「隣町に向かっていたんだが、後ろからやってきたトラックにはねられた。全く、猫の一生なんて呆気ないものだ」
「そう気を落とすことはねえよ。ここも案外悪くない。いつもポカポカしているし、雨が降ることもない」
もちろん車に轢かれる心配もない、と彼は笑う。
「他の連中もじきにここへ集まってくる。みんなオメエに会いたがっていたぞ」
しかし吾輩の表情は曇ったままだった。
「なんだ。嬉しくないのか?」
「いや、懐かしいヒゲに会えるのは喜ばしいのだが」
吾輩は「うーむ」とうなった。
しばらく過ごしてみて、確かにこっちの世界も悪くはないと思った。気候は春の昼下がりのように常に穏やかで、故猫となってしまっていた仲間と再会することもできた。
だが、やはり吾輩は猫である前に一匹の父親なのである。残してきた家族が幸せに暮らしているのかどうも気がかりなのだ。腹など空かせてはいないだろうか。意地悪なカラスに襲われたりしていないだろうか。
掲示板を見て吾輩は今日もほっと胸を撫で下ろす。
良かった。家族の名前はまだない。
3. 新入り
吾輩は猫である。名前はムギ。六畳一間の古びたアパートでヒロシという人間に飼われている。
「ただいまー」
ヒロシが帰ってきた!
「にゃあ!」
吾輩は玄関で靴を脱いでいるヒロシに駆け寄ると、「かまえ! 早く吾輩をかまえ!」とヒロシの周りをぐるぐる回った。
「遅くなってごめんね」
ヒロシは靴を脱ぎ終えると吾輩の頭を撫でた。吾輩を愛でる時、ヒロシの目はだらしなく垂れ下がる。全く可愛いやつだ。
「ムギ、他のみんなは良い子にしてた?」
「にゃあ」
当然だと吾輩は胸を張る。この家で暮らしているのは吾輩だけではない。水槽の中にはのんびり屋の亀のタロウ。鳥籠の中には歌が大好きなインコのピーちゃん。ケージの中には回し車に夢中なハムスターのクルミがいる。全てヒロシが名付け親だ。
「にゃあにゃあ」
そんなことよりもヒロシ、と吾輩はヒロシのすぐ傍にいる真っ白の生き物を見た。
「にゃあ」
お主が連れてきたそいつはなんだ。
「そうそう聞いてよ。家に帰ってくる途中『この子を拾ってください』って書かれた段ボールを見つけてさ!」
やれやれまたか。吾輩はため息をつく。捨てられている生き物を見ると見境なく手を差し伸べる。それがヒロシという人間だ。
「覗いてみたら、なんとウサギが入ってたんだよ」
ウサギ! 吾輩は新入りを改めて見つめる。なるほど、これがウサギか!
「これがまた可愛くてさー!」
なるほど。確かに噂で聞いた通り、真っ白で目が赤い。
「ただ、この家もけっこう狭いでしょ? みんなだっているわけだし、だからすっごい悩んじゃって」
そうは言っても結局は放っておけなかったのであろう。肩をすくめる代わりに吾輩は「にゃあ」と鳴く。
「そしたらね、急に小学生くらいの女の子が走ってやってきて、やっぱりこの子を捨てたくないって言いながらそのウサギを連れて帰ったんだよ!」
……ん?
「いやぁ良かったよー」
待て待て、ヒロシ。それはおかしい。
「あのウサギもさ、元の主人に飼われる方が絶対に幸せだろうからね」
ならば、そこにいる〝ソレ〟はなんだ。
「まぁでも、ウチもあと一匹くらいなら飼ってもいいよね」
球体のような胴体は真っ白な鱗で覆われ、そこから八本の細長い足が伸びている。
「みんなのご飯代は僕がバイトを頑張ればいいわけだし」
形で言えば……そうだ、蜘蛛という生き物に近い。だが体のサイズは普通の蜘蛛とは比較にならないほどだ。吾輩よりひとまわり以上も大きかった。
「やっぱウサギが良いかなぁ。でもでもフクロウとかも気になってるんだよね」
うっとりとした口調で話すヒロシを他所に、〝ソレ〟は壁をつたい、天井を八本の足で這い出した。
「どうしたの、ムギ? 天井ばかり見て」
ヒロシが吾輩の視線の先を追いかけた。
「なにもないじゃん」
次の日。
「じゃ、バイト行ってくるね」
家から出て行くヒロシを見送り、吾輩は部屋の中をぐるっと見渡した。
水槽には甲羅に頭を引っ込めて怯えている亀のタロウ。鳥籠には止まり木を行ったり来たりして落ち着かない様子のインコのピーちゃん。ケージにはいまだかつてないほどの勢いで回し車を回転させているハムスターのクルミがいる。全てヒロシが名付け親だ。
そして、例の新しい同居人は依然としてこの家にいる。部屋の中を縦横無尽に這っている〝ソレ〟の名前はまだない。
4. 転生
吾輩は猫である。今は、という意味ではあるが。
吾輩は明治の世では知らぬものなどおらぬ、名家の御曹司であった。しかし町にあらわれたゴロツキからおなごを守る為、一歩足を踏み出した途端、着物の裾を踏みつけ、水瓶に頭をぶつけて死亡したのである。我ながら情けない最期であった。
そして生まれ変わったのがこの猫の姿、というわけである。まったく、吾輩が猫とは……。
ある日、一人の少年が吾輩を拾った。
吾輩は、なにも拾われずとも立派に生きていく自信があったが、少年は吾輩を抱きしめて放さなかった。まぁいい、人間に飼われてみるのも一興、ということで吾輩は少年の家の飼い猫になった。
少年は吾輩をいたく気に入り、いつでも吾輩を側に置きたがった。
吾輩が人間だった頃とかなり時代は変わり、少年は何不自由なく生活しているようである。
少年は家にいる時はもっぱらゲームをしていた。吾輩も少年の側でよくそのゲームとやらを見たものである。少年は吾輩が近くにいると上機嫌だった。
そんな少年が立派な大人となって、今、吾輩を見て瞳をうるませている。そう泣く必要はない、と伝える為、動かぬ首をなんとかあげて、鳴き声を一つあげた。
大人になった少年が背をなでてくれる。あぁ、いい気持ちだ――
目が覚めると、おかしな場所に立っていた。いやに目線が高い。
よく見ると、吾輩の体は人間になっていた。やれやれ、また人間に生まれ変わったのか、と思ったが、どうやら様子がおかしい。この世界の人々は、吾輩の言うことに決まった言葉しか返してこない。
「この村は始まりの村です」
「始まりの村とはなんであるか?」
「この村は始まりの村です」
と、こんな調子である。
どうやらここはあの少年がかつて興じていたゲームの世界のようである。そして吾輩はその主人公と相成ったようだ。
ぶらぶらと村を歩くと城が見えたので、吾輩はその城に入ってみた。吾輩を出迎えた王様らしき人物が、吾輩の来訪をいたく喜んでいる。
「おぉ、勇者よ! よくぞ参られた。心待ちにしておったぞ。して、お主、名をなんという?」
そういえば、ゲームの世界では主人公の名前を自由に決められるのであったな。今回のプレイヤーはまだ入力していないようだ。前世では〝タマ〟と呼ばれていたが、勇者タマもあるまい。
仕方なく吾輩はこう答えた。
「名前はまだない」
5. 探査
吾輩は猫である。先ほど小型ロケットに乗せられ、地球から宇宙へと発射されたところである。
吾輩の故郷である星、地球に滅亡の時が迫っているため、移住可能な星を探す為に放浪の旅へ出されたのだ。
本来、こんな大事な任務は猫には荷が重い。だが仕方ないのだろう。すでに人間たちの多くが宇宙へと旅立ったが、新しい星を見つけることができたものはいないようだ。それどころか、ロケットは一機も帰ってこなかったらしい。
そこで猫の出番というわけだ。まさに猫の手も借りたい、といったところだろう。猫は夜行性で夜目がきくので、宇宙での星探しには適任である。人間にしては良い着眼点だ。
多くの猫は耳をぺたんと折りたたんで怖がり、この任務を嫌がったが、吾輩は志願した。路地裏のダンボールからいつも見上げていた空の向こうに行ってみたい、と思ったのだ。
吾輩をロケットに入れる時、何人かの人間は泣いていた。吾輩が自分の好きで行くのだから、気にする必要はない。
「にゃむにゃむ」
大船に乗ったつもりでいなさい、と伝えたが、人間は泣き笑いをしながら吾輩の頭をなでた。
吾輩がロケットに乗り込むと人間が吾輩の名前を呼んだので、しっぽをたんたんと動かして別れの挨拶を済ませた。
吾輩の乗るこの宇宙ロケットには、生命探知機能がついている。吾輩がまだ生きていることを地球に向かって発信するのだ。そしてロケットが見つけた未開の星に降り立った吾輩が生きているかどうかで、そこが居住可能な星かどうかを判別するのである。
さて、それではロケットが星を見つけるまで眠るとしよう。幸い眠るのは得意だ。地球でも寝てばかりいたからな。地球にいる猫、人間、その他生きとし生けるものよ、安心して待っていなさい。吾輩がきっと素晴らしい星を…………ぐう……。
気がつくと、ロケットは見知らぬ星に着陸していた。ロケットのドアが開いている。酸素のある星ならドアが開く、と人間が言っていたことを思い出す。
吾輩はそろりとロケットの外に出た。そこには地球では見たことのない植物が生えていた。危険はなさそうだ。
吾輩はしばらく見知らぬ星の散歩を楽しんだ。この星なら猫や人間、その他の生物が居住しても問題ないだろう。
吾輩はロケットに戻った。これでロケットから地球に向けて、吾輩がまだ生きていることが知らされるだろう。まもなく人間の調査団がこの星にやってくるはずだ。
人間の話では、星を見つけた者にその星の名付け親になる権利が与えられるらしい。この場合、吾輩が名付け親になっても良い、ということだろうか。できれば綺麗な鳴き声を発したいところだ。発声練習をしておこう。
「にゃあぁあ」
声の出がいまいちかな。まぁ、焦ることはない。この星に名前はまだない。
6. 万物の霊長
吾輩は猫であることに誇りを持っている。猫こそが万物の霊長である。
一万年前に吾輩たち猫は二足歩行ができるようになって、急速に知能を高めていった。かつては「ニャー」だの「ゴロニャゴ」だのしかしゃべれなかったなんて、嘘のようである。
知能が向上した吾輩たち猫は、この地球という星の実質的な支配者である人間に自分たちの存在を主張した。吾輩たちはもう人間にも劣らぬ生物なのだ、と。
しかし人間はそんな吾輩たちの主張を受け付けなかった。それどころか人間たちは吾輩たちを恐れ、駆逐しようとした。そうなれば、吾輩たちとて黙っているわけにはいかぬ。
吾輩たち猫は、自慢の脚力と、人間の皮膚など簡単に切り裂く爪をもってして、あっという間に人間たちからこの星の支配権を奪った。今では、人間たちが地球で一番偉かったなんて、信じられないほどである。
吾輩は、休暇を利用して子供へのプレゼントを買いにやってきた。
吾輩がケージを見つめていると、店員が言った。
「こちら、おすすめですよ」
「ふむ」
吾輩はケージにかけられた札を見た。
血統は悪くない。
「これをもらうよ」
吾輩が言うと、店員はにぃっと笑って牙を覗かせた。
ケージのままトラックに乗せて家まで運ぶ。
息子が吾輩を出迎えて言った。
「わぁ、新しい人間⁉」
「そうだ」
「この子、何ていうの?」
「ははは。買ってきたばかりだから名前はまだない」
7. 猫と小判に関する実験
吾輩は猫である実験をすることにした。これはその途中の経過を記したものである。
【目的】
「猫に小判」ということわざがある。価値の分からない者に貴重なものを与えても何の役にも立たないことのたとえであるが、この言葉には「猫には小判(お金)の価値がわからない」という前提が存在する。当実験はこの前提を疑い、猫の知性と鑑定力について新たな角度から一石を投じることを目的とする。
【被験体】
家庭で飼育されている猫30頭(オス17頭、メス13頭)を用いる。
【手順】
① 被験体の目の前に500円硬貨1枚とササミ1切れ(約100円の価値)を用意し、どちらを選ぶかを観察。
② 手順①を全ての被験体に対して1日に1回、計5日間おこなう。
※どちらを選んだ被験体に対しても別途、満腹にならない程度の餌は与えることとする
【結果】
●1日目
500円硬貨を選択:1頭 ササミ1切れを選択:29頭
●2日目
500円硬貨を選択:2頭 ササミ1切れを選択:28頭
●3日目
500円硬貨を選択:3頭 ササミ1切れを選択:27頭
●4日目
500円硬貨を選択:1頭 ササミ1切れを選択:29頭
●5日目
500円硬貨を選択:1頭 ササミ1切れを選択:29頭
【考察】
ほとんどの被験体が5回中4回以上ササミを選択した。しかし30頭中1頭だけ、常に500円硬貨を選択した被験体が存在した。吾輩はその被験体(シフォンと名付ける)に対して追加実験を実施することとする。
【追加実験】
●6日目
1000円の価値のある万年筆と5000円の価値のある壺を用意。シフォンは壺を選択した。
●7日目
5000円の価値のある壺と10000円の価値のある絵画をシフォンの前に用意。シフォンは絵画を選択した。
●8日目
1000円の価値のある万年筆とササミ15切れ(約1500円の価値)を用意。シフォンはササミを選択した。
●9日目
時価総額3000億円のA社と時価総額1000億円のB社のそれぞれの決算書を用意。シフォンはA社を選択した。
●10日目
時価総額1000億円のB社と時価総額900億円のC社の企業パンフレットを用意。シフォンはC社を選択した。
●11日目
C社が新製品を発表したことにより、C社の時価総額が1200億円となる。
●12日目
吾輩の助手がニューヨークから帰国。明日からより規模の大きな実験に着手することとする。
●13日目
シフォンが吾輩に寄り付かなくなり、実験の継続が困難になる。以降、この実験は助手に委ねることにする。
【ここまでの考察】
「猫に小判」ということわざは概ね正しく、大抵の猫は小判の価値を判断できないと言える。ただし、ごく稀に貨幣の価値のみならず、資本主義経済における物の価値や企業の将来的な価値を見極めることができる猫が存在するようだ。しかも、どうやらそのタイプの猫は人間の価値までも測ることができるらしい。その証拠を(個人的には非常に不本意ではあるのだが)左に示す。
●助手:22歳
21年新人マイクロ電子リサーチ情報研究賞受賞
21年第43回日本心理科学技術機構国立研究開発部新人賞受賞
22年ティンバーゲン新人賞受賞
著書『電子と心理実験』『神経信号から見える動物の行動』ほか科学雑誌『Natura』にもその名が多数掲載。
●吾輩:48歳
受賞歴なし。科学雑誌『Natura』への掲載を目標にするも名前はまだない。
著者
氏田雄介(うじた・ゆうすけ)
平成元年、愛知県生まれ。企画作家。株式会社考え中代表。著書に、1話54文字の超短編集『54字の物語』シリーズ(PHP研究所)、世界最短の怪談集『10文字ホラー』シリーズ(星海社)、当たり前のことを詩的な文体で綴った『あたりまえポエム』(講談社)、迷惑行為をキャラクター化した『カサうしろに振るやつ絶滅しろ! 』(小学館)など。「ツッコミかるた」や「ブレストカード」など、ゲームの企画も手がける。
小狐裕介(こぎつね・ゆうすけ)
小説家。2017年「ショートショートの宝箱」(光文社)に『ふしぎな駄菓子屋』が掲載され作家としてデビュー。幼い頃から物語を作り続け、漫画制作・映画製作などを経て2010年頃からショートストーリーの執筆を開始。著作に「3分で"心が温まる"ショートストーリー」「3分で楽しい! "動物"ショートストーリー」(共に辰巳出版)などがある。ブログで毎日ショートストーリーを公開中。
水谷健吾(みずたに・けんご)
1990年、愛知県生まれ。作家、脚本家。原案を担当した漫画『食糧人類』(講談社)は260万部を突破。 現在はショートショート小説、チャットノベル、音声コンテンツ、舞台脚本を中心に活動。舞台『捏造タイムスリップ』が2019年佐藤佐吉優秀脚本賞、舞台『つじつま合わせのタイムパトローラー』が2020年劇団EXPO最優秀作品賞を受賞。
イラスト
小林ラン(こばやし・らん)
神奈川県横浜市生まれ。イラストレーター・アーティスト。やわらかなフォルムと鮮やかな色彩、時には不思議なニュアンスを用い、ワンダーな世界を描く。これまで仕事をした媒体は、書籍、雑誌、広告、ウェブサイト、動画のイラストレーション制作など。オリジナルの作品展示も定期的に行なっている。
デザイン
村山辰徳(むらやま・たつのり)
グラフィックデザイナー。1991年栃木県生まれ。東京工芸大学デザイン学科卒業。ADC2018 ADC2019 TDC2019 入選 新聞広告賞 優秀賞など。
よろしくお願いします!!