不幸を見つける才能
幸せが見つけにくいことはよくあるが、まったく不幸が見つからないことはあまりないと思う。
不幸を愚痴や不満や落ち込みに変換しても同じことで、いつだって欠けていると考えるようなこと。
愛があっても金がない
金があっても夢がない
希望があっても才能がない
生きていても死にたい
死にたくても怖いから生きたい
できないからできない
不幸を見つける才能に満ちている。
しかし、それだけ欠けているという自覚があってなぜ幸せを真ん丸なボールみたいな形で考えてしまうのだろう。
欠けていないひとはいないから、実現は不可能なファンタジーなのに可能な将来像として刷り込まれている気がする。
エルフが存在すると信じているひとは極少数だろうが、幸せを実現できると目指している人は多くいると思う。
そもそも欠けているシステムで作られているから、希望を持つように(永遠に追い続けるように)なっているのだろうか。
自分のできなさや不幸をかみしめて、できないからできないと落ち込むこととは別に。
もともと人間には不幸を見つける才能があると考えると生きるのは楽になるかもしれない。