1964年の東京オリンピック招致のプレゼン噺(2)

「委員各位」と壇上に立った平沢和重のスピーチが始まった。

委員各位、昨年ブランテージ会長は東京総会で言われた「IOCは五輪の五つ目の地域アジアにきた。これでやっと五つの輪が繋がれた」と。
いま日本の若人はIOCの会議だけでなく、大会でも五つの輪が繋がれ、本当にオリンピックがアジアと手をつなぐときを待ちこがれている。


平沢はそう言うと、小学六年国語教本を取り出した。そして『五輪の旗』のページを開き会場のIOC委員たちに示した。そのページにはこう書かれていた。

『オリンピック、オリンピック。
こう聞いただけでも、わたしたちの心はおどります。
全世界から、スポーツの選手が、それぞれの国旗をかざして集まるのです。
すべての選手が、同じ規則に従い、同じ条件のもとに、力を競うのです。
遠くはなれた国の人々が、勝利を争いながら、なかよく親しみあうのです。
オリンピックこそは、まことに、世界最大の平和の祭典ということができるでしょう。
では、このようなオリンピック大会を開いたのはだれでしょうか。
それは、フランスの、ピエール=ド=クーベルタンという人です。』

日本の子どもは小学校でこうしてクーベルタンのことを教わる。
わたしが説明することが新聞に出たところ、全国から手紙が殺到した。
若者は強い希望を述べ、年とったものはかって1940年に一たん日本で開催が決まったあとで、不幸放棄したにがい思い出を述べ、こんどこそはぜひ約束を果たしたいという願望を訴えてきた。

すでに質問に対する東京の回答は文書でつきている。
ただこの席では次の諸点を補足説明したい。
1.オリンピック村=朝霞にたまたますでに出来上がった理想的なものがある。米軍宿舎跡で規模、生活施設、練習場も十二分に完備している。
2.気候=IOCに対しすでに(A)7月25日から8月9日まで(B)10月17日から11月1日までの両案を通知してある。いずれなりと決定に従い最善をつくすが、どちらかといえば気候の安定する夏のほうをとりたい。
3.環境=東京は年20万人の外国人客を迎える近代都市、言葉も心配ない。日本中に進んで通訳を引き受ける学生その他がいる。また日本は東西古今の文化が一体となしている土地だ。開催期間中美術展も計画している。
4.距離=多くの国の方は日本が遠すぎ、旅費がかかると心配されている。しかし(A)滞在費は過去のいずれの開催地よりも高くない。(B)旅費はたしかに欧州の隣の国に行くよりかかる。しかし五年後には国際空路が非常に発達しその意味で日本は近くなる。
交通の専門家が十分研究し、最低の費用で来られる道を必ず発見する。日ソ航空協定が成立すれば、さらに安く近道ができよう。
オリンピックは世界のスポーツの祭典、欧州以外のあらゆる国の若人も行きたがるのである。
西洋の人はわたしたちの土地を "ファーイースト(極東)”といわれる。
ジェット機時代のいま、もう距離は  "ファー(遠距離)” ではない。
 "ファー” なのは国同士、人間同士の理解なのだ。
西洋の皆さんどうか東の若人に会って下さい。東京への投票はよりよい平和な世界の建設に寄与する。そして東の人に西の人に会う機会を与えよ。
ではこれからご質問に答えるがその前に私の言葉の保証としては、東、安井現前知事が来ていることが最上の保証だ、ということを申し上げたい。
最後にもう一度ブランテージ会長が東京の総会で残した言葉を想起する。
五つの輪の四つまですでに満足させた。こんどは五つ目の輪に来るべきときだ。
アジアの委員は同感して下さると思うが、いまや史上初めて聖火を迎えようとするアジアの準備は全く成ったと信ずる。
幸い東京開催の栄光を得れば全力をつくして成功させる。

平沢和重の15分間のスピーチは終わった。そして、会場は拍手につつまれた。

田畑も拍手しながら、大島に「デトロイトの長すぎたスピーチに感謝しないとな」と言った。

日本時間で5月26日の夜8時半。東京都都民ホールに「祝東京オリンピック招致決定」の垂れ幕がさがった。

東京は第1回の投票で58票中、実に34票を獲得したのだった。
(終)

Hello world,はーぼです。歴史的事実とは異なるフィクションに最後までお読みくださり、ありがとうございます。この後もう少し書きたかったこともあったのですが、もともと平沢氏のスピーチを書くのが主な目的だったので、東京オリンピック招致決定で終わらせることにしました。

最後に参考・引用文献を。
平沢氏のスピーチを引用させていただきました「完全保存版!1964年東京オリンピック全記録」(宝島社)をはじめ、「評伝田畑政治」(著者:杢代哲雄、国書刊行会)、「大島鎌吉のオリンピック」(著者:岡邦行、東海教育研究所)、「東京オリンピックへの遥かな道」(著者:波多野勝、草思社文庫)、学校図書株式会社 小学校国語教科書6年下「五輪の旗」

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はーぼ
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