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#旅のようなお出かけ

 今日は鳳凰が生まれるような程に暑くて、雲はあるものの雨は降りそうにない青色が突き抜けた天気の日である。私はと言うと、暑さが苦手で、外に出るのが億劫であった。

 世間はお盆休みでもあり、テレビニュースやラジオまでもが、連休という単語を使って行楽について話を広げていた。
 海開きされている海岸沿いは人集りで頭上から撮られた映像を見ると、白い砂浜が黒い点で占領されていた。そんなに人が集まっているなら涼めるものも涼めないのではないかと心配になる。
 というよりも、最早、海に涼みに行っているのか、暇潰しに集団で騒ぎに行っているのか、単に流行に乗りたいだけなのか、よくわからない人々で占領されていた。

 そんな夏のただの連休は焼けるような暑さだが、海に行く人々も居れば、家にいるにも拘らず熱中症となってしまい救急車で病院送りになる人々もおり、夏の過ごし方も、十人十色であった。何が盆休みだ。先祖に対する尊敬や感謝の意は、彼らの行動には微塵にも感じられない。ただの連休である。

 友人達はというと、私が出不精なのを知っており、また暑さに弱いことも承知しているから、計画を立てた旅行についても旅館にチェックインしたタイミングで「チェックインなう」とメールを送ってきた。楽しそうな笑顔の数人が映った写真とともに送られてきたメール。

 取り敢えず返事をするのはするとして、それよりも何よりも私は気に食わなかった。毎度同じなのだが、これは誰が悪いというわけでもないのだが、気に食わない。

――誘え。

 出不精というのも、独りではなかなか家を出ないだけであって、友人達とであれば旅行だって行きたい。それくらいの感情は持ち合わせている。しかし、出不精という単語だけが一人歩きをしてしまい、友人達が企てる旅行計画での、私の居場所は無くなっていた。

 私はメールに対して人知れずに毒付き、冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を取り出した。氷を入れたコップに麦茶を注いで、指で回して一気飲みした。かき氷を食べた時のように、後頭部を打ち付けたかの様な痛みに襲われる。 

――そうだな、今日くらいは外に出なくても良いだろう。

 そう思って既に4日が経っている。勤める会社が日本企業であることも幸いし、お盆休みは長い。長い。まだ2週間程度は休みが残っているのだ。長すぎやしないだろうか。新入社員の時は、お盆休みが丸ヒトツキあると聴いて、腰を抜かしたものだ。

 さて、旅行も誘われず、家にある書物は何度も読み漁ってしまって読み返す気も起きない。ゲームは行き詰まりを感じて進めることも億劫であり、何かを勉強しようと思うも暑さで集中力は10分と保たない。外に行くにも独りで何も案がない。
 実のところ、お盆休みに突入した際、初日から出来るだけの予定を立てて、動き回っていたのだ。まずは墓参り。お盆なので先祖に感謝を伝え、近状を報告するために父方と母方の墓に行くことにした。これは1日ずつで行くことができた。

 墓参りが完了すると、次に計画したのが他府県にある寺院への日帰りめぐりだった。お盆らしいではないか。
 日本文化に触れるという意味合いでも、お盆時期に実行するに相応しいイベントだと思った。巡る寺院をリストアップすることに2日。ルートと経路を考案するのに3日掛けて実行に移した。しかし、それも案も体力も尽きてしまった。大体、寺院巡りというのも、1県に幾つ寺院があると思っているのだ。計画した私はアホだったのだ。

 ◇

 何も思い浮かばない私は暑さ故なのか思考停止しており、ボーッと、点けっぱなしのテレビに目を向けると旅行代理店が特集されていた。誰もが憧れると週刊誌で取り上げられていた美人アナウンサーがキラキラ笑顔でカメラに向かってプレゼンテーションをしていた。

 今は「お一人様旅行」が流行っており、その様なプランを豊富に取り揃えているという特集だった。料金も格安とまではいかないものの、ある程度の割引がされており、今からでも遅いお盆旅行として計画してはどうかということを取材に行っていた美人アナウンサーが笑顔で話していた。

 確かに通常は2人から複数の人数で行くことを想定されている旅行プランが多い。それを単価だけで取り扱うのだ、安くないと割りに合わない。懸念事項としては時間であるが、幸い、今からでも2週間程度は暇な時間があるので問題なかった。

 ということで、旅行プランをWEB検索しても、どれにしようか情報に溺れてしまって決定しかねたので、私は旅行代理店へ行くことにした。

 ◇

 駅前の旅行代理店へ来店した私。

「いらっしゃいませーー」

 そのまま声を掛けてきたカウンターレディーの前にある椅子に誘導される。座るとお茶が差し出され、私は一気飲みした。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「旅行先を決めかねている」

 詩人のような物言いで店員に用件を伝えると、店員はタブレット端末を起動させて、質問をいくつか投げてきた。

 国内旅行なのか、海外旅行なのか。
 期間はどれくらいを予定しているか。
 費用はどの程度を希望するか。
 宿に対する要望はあるのか。

 これに対して私は何も考えていないことを告げると、店員はとても面倒臭そうな顔をした。私は見逃さなかった。

「今おすすめなのは国内ですと北海道ですね。涼しいので避暑地としても人気です」
「避暑で行くって、それなら夏に態々行かなくてもいいですよね。旅行自体が」
「あの、それじゃ何処行きたいとか教えてくださいよ」

 面倒臭いな、という顔をしてしまったが、瞬間に顔を元に戻したので問題ないだろう。

「嫌な顔をされて、私は何を話したら良いかわかりません。パンフレットでもどうぞ」

 乱暴な言葉と一緒に丁寧に渡されたパンフレットを開けて中身を見てみたところ、色々な情報が載っており、結局はネットで旅行先を見てみた時と同じ苦痛を味わっている。
 この苦痛から逃れたくて、この旅行代理店へ来たのではなかったか? ウンウンと自問自答しながらパンフレットを見ていると先程の店員が話しかけてきた。

「旅行に行く際は何を重視して行かれますか?」

 切り口を変えてきたらしい。なるほど、賢い。ここで私は「旅とは何たるか」を語る。明らかに曇る店員の顔。いや面倒と思っても店員なんだから和かに対応をして然るべきではないのか?

「お客様がどの様な旅行を計画されるかわかりませんが、私は今なら北海道に行きたいですね」

 行きたいなら行けば良いものを、なぜ行かないのだろうか。そんな疑問を残し、私は渡されたパンフレット群の中から北海道が特集されているパンフレットを手に取った。

 北海道。

 冬であれば積雪から雪祭り等が行われており、観光としても十分に楽しめそうなのだが、夏に行くイメージが無い。旭川でラーメンでも食べるのだろうか、それとも内地で広い牧場を外から見て家畜達の生活を見れば良いのだろうか。

 イマイチ良さがわからない。

「夏の北海道が良い理由は何でしょうか?」
「まずは涼しいです。本州と比べても西北にありますので、夏のこの時期でも最高気温は27度と、30度を切っています」
「ニュースで見ましたが、札幌や比較的都心部だと30度に達していることもあるようですね。今朝もニュースでやってましたよ」
「それでもここと比べたらマイナス5度です。十分涼しいと言えます」

 狂っているな、私はパンフレットを顔の高さに持ってきて、呆れた表情をしてしまった顔を隠した。連日の高温で感覚が狂っているだろう。30度で涼しい?

 私は反論してみたかったが、残りのセールスポイントも聞いてみたかったので、大人しく、それ以上を言わないようにした。

「なるほど。それで?」
「それで、コースは石狩エリアを攻めるのが初心者には良いですね」

 言われるまま、石狩エリアのページを開いてみた。

 ◇

 石狩エリアとは、札幌を含む北海道の南東側のエリアを指している。新千歳空港が近く、交通の便も良いエリアとなっている。

 レンタカーを借りて、車で1時間程度走れば自然が多いエリアにも行けるという、意外に便利な地域でもある。パンフレットに書かれていた旅行プランの中には、札幌に着いてから、車で50km先にある川でカヌーを堪能し、その後また移動してランチを食べて、少し歩いた先の公園で自然を堪能しながら動物達を交流して癒されるプランだった。午後以降については、移動してディナーを食べて、札幌のホテルに戻るという算段だった。

「お手本のようなルートだな」私は気が利かない奴なので、感想を率直に述べた。すると店員は得意げな笑顔を見せた。可愛い。

「悩んでいる人にはもってこいのルートなんですよ。そのまま楽しめば十分に楽しい旅行になりますよ。私が保証します!」
「楽しくなかったら、どういう風に責任を取ってくれるんだか」

「その時は私の楽しいと思うプランをお教えしますので、そのプラン通りに行ってください」
「それなら最初から、その楽しいプランを教えるんだな。何回も行くものじゃ無いだろう?」
「それはそうですが、そもそも、私のプランで満足できない時に、提案できるプランがなくなってしまうので」
「じゃあ、自信がないってことか。それならどっちもどっちってことだな」
「結構、ズカズカと行ってくるんですね、お客様は」「あはは、私の良いところだよ」

 会話が弾む。何だろう。会話が楽しい。もしかすると、久々に対面で人と話しているからかもしれないし、波長が合う人なのかもしれない。波長が合う人であれば、その人の立てたプランで旅行に行けば面白いのでは無いかと思ったので、無理矢理にプランを聞き出すことにした。

「教えてもらおうか、貴女の北海道は石狩エリアの旅行プランを」

「いやです」

「え? どうして」
「言いましたが、私のプランが絶対に良いって保証がないからです」

 堅物め。私は心の中で悪態を吐いた。

「しかし私も折角行くので後悔したくない。意見を聞いておくくらいはしても良いと思うんだけどな。貴女とは話も合いそうだし、大きく興味が外れるようなら、その時点で訂正するし。どう?」

 ここまで下手に出たのだ。そろそろ教えてくれても良いだろう。時間が無駄に感じてしまって辛い。時間は余っているのにも拘らず。

「そこまで言われるのなら……」

 やった!

 ◇

「まず、着く時間は朝が良いです」
「どうして」
「函館市場でお昼ご飯を厳選するためです」
「なるほど」

「けど、ここではご自身が好きそうなところで御飯を食べてください」
「そこはオススメはないのでしょうか?」
「着いてすぐなので、大体なんでも美味しく感じます」

「なるほど」合点して、出されている冷たいお茶を飲んだ。

「夜は新子焼きです」「新子焼きとは?」

「チキンの丸焼きみたいなもんです。これが麦酒に合うんですよ!」

 北海道でチキン。ちょっと意外な組み合わせだった。北海道と言えば、勝手ではあるが牛か羊のイメージがあった。歌にもなった誰しもが知るジンギスカンである。

「熱々で肉厚なチキンを頬張ると、溢れ出す肉汁。ヨダレみたいに口から出てくるかというくらいに口の中で溢れ出てくるんですよ!」

 想像するとお腹が空いてきた。真面目な食レポが目の前で繰り広げられている。

「この肉汁がまた甘くて、鶏の美味しさを物語るんです。で、御託はいいんです。そのまま、お肉を口に入れたまま、麦酒をグイイィっと飲んで」

 ジェスチャーまで付けてきた。彼女も、実際に食べているかのような表情をしている。

「お肉と一緒に飲み込んでください。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」知らず知らずの内に返事してしまった。何が有り難うなのだ。意味が全くわからない。

 ここで、失礼しますと、店員はお茶を飲んだ。それ、君のお茶ではない。

「翌朝は函館市場に走ってください」

「また?」

「絶品のウニ丼が食べれるのです!」

「ウニ丼って、どこでも食べれそうなメニューだな」

 また私は飾りもせず感想を言ってしまった。これで何度も不評を買ったものだ。が、しかし、この店員はそのまま話を続けてくれた。

「あまいですね。積丹の美国地区にある『田村岩太郎商店』に走ってください。そこで食べれる『朝うにぶっかけ丼』がもう最高なんです。ご飯の上に載せるウニは好きな量を自分で掬えるんです!」

「それもよくありそうな」

「そこで食べれるウニは前日に水揚げされたものとは言え、味付けもちょうど良い塩梅でご飯が進みます。何よりウニが甘くて口の中で溶けるんです〜〜!」

 両手を頬に当てて光悦な表情をする彼女は、本当に口からよだれが出てきそうなくらいに、唾液を溜め込んでいたのか、唾を飲み込んで、話を続けた。

「ちなみに限定なので、もし有り付けない可能性もあります」

「じゃあ意味ないですね」

「いやいや、その時には、極丼です」

「頭悪そうな名前だな」思わず笑ってしまった。キワメドンって、私のセンスからは考えられないネーミングセンスだった。

「笑ってられるのも今の内ですよ」
 両手に拳を作り、自信満々な顔の店員が目の前いっぱいに輝いて映った。

「すごく煽ってくるな。どんな丼なんだろうか」

「価格は時価なので高い時は6千円近くになります。積丹のウニと平取の和牛を載せた丼なのです! 和牛はA5ランクの牛肉を使用していて、それだけでもう最高なんですけど! けど、そこに甘くて溶けるウニが載るわけです。誰も値段に文句を言えないコラボレーションなんです。最高です。どう最高かと言いますと、食べ方。薄く切られた和牛肉で、ウニを包み込むようにして巻いて食べます。和牛の脂の甘さとウニの甘さが何故かマッチして、お口の中が幸せになります。どちらも柔らかくて力を必要としないのですが、それでも優しく優しく噛めば噛むほど甘さが増して、気が付いたらウニが溶けてなくなり、和牛が少し残るんですけど、その和牛の後味を味わいながら、飲み込むんです。ここでほんのりと残ったウニの甘味と強く残った和牛の甘味で口内は優勝しているわけです」

 一気に喋り倒す。

「優勝?」「すみません、思わずネットスラングが出ました」

「その幸せを2回くらい味わった後、味変として、ウニにワサビと醤油を付けてください。ウニの甘さが際立って、自然と笑顔になれるんです。幸せです。もう本当に幸せ」

 すごい表情をしている。よく他人にそんな表情ができるなというくらいに気を抜いてデレデレしている。目尻は下がり、口角は上がって、鼻の下の筋肉は緩んで伸びている。

 ここで私はもう耐えきれなくなった。普通に空腹になったのだ。私は締めに入ることにした。

「取り敢えず食事メインで行けば良いのだね」

「アクティビティもありますよ。札幌から車移動になりますが、石狩エリアの森に川があって、そこで清流降りをするのです」

「どんな感じで降るのでしょうか?」

「それは降ってもらったらわかりますが、アドレナリンが出て興奮するのかといえば、実はそうじゃなくて、景色に目がいって、私は船から落ちました」

 テヘッと笑顔になったその顔に見惚れてしまった。

 その顔を見て私は、旅行するならこの人と一緒に行ってみたいと思ってしまった。

 とても楽しそうに話すし、顔もよく見たら好みの顔だし、こんな私にも非常に心よく話してくれる人なんてこれからも一緒に居たいと、御託を並べているが要するに、率直に、大方の予想通り、平たく、処憚らずに正直に言ってしまえば その時私は、彼女に惚れたのである。

「一緒」

「え?」

 私は気が付いたら話し始めていた。


「一緒に行きませんか?」

「ぜっったいに行きません」


 私は旅行代理店にお出かけをし、旅行(の食事)の話を聞いて旅行気分を味わえたので、暇潰しにはすごくよかったのだが、一瞬にしてフラれてしまい、心に残るお出かけとなってしまった。

Fin. 




【後書き】

 どうも、こんにちわ。海外旅行に行きたいけど、衛生的な意味で足踏みしてしまう著者です。

 今回はアセアンそよかぜさんの企画に乗っかって、物書きをしてみました。どうだったでしょうか?

 ここ数年の間に行った旅行というと、温泉行って泊まるくらいしかしていないので、そろそろスカイダイビングとか、スキューバダイビングとかをやってみたいです。めっちゃくちゃ面白そうじゃないですか?

 ジェットコースターが好きで乗ったりするのですが、スカイダイビングなんて、それを超えるアトラクションです。安全なシートベルトもないし、緊急停止ボタンも無く、飛んだら最後なワケです。

 しかも、高度が有るので、景色も最高です。一石二鳥ですね。

 すごくやってみたい。

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