オレンジ
最悪な気持ちで電車に乗った。
晴れた日の夕暮れは心地よかった。埼京線は高架を走るので、より一層夕日は綺麗に車内を照らしていたが心は晴れなかった。ipodでクリープハイプ の「オレンジ」を聴いていた。
渋谷に着いた。家庭教師のバイトの登録に向かうのだった。この後の最悪な予定のついでに、合理的に予定を詰め込まなければいけないくらい金がなかった。
駆け出し大学生バンドマンはライブハウスのノルマを払うために必死だったのである!
事務手続きが済んで井の頭線に乗った。
落ち込んだ気持ちも、不思議とこういった面接のような場面では上手く忘れたり、隠せたりするのだなと思った。
井の頭線も高架なので、一層夕暮れが綺麗に見える。ipodでクリープハイプ の「オレンジ」を聴いていた。ipodは彼女にもらったものだった。
吉祥寺についた。最悪な予定と言うものの、わずかながらの期待を持ちながら、何度か通った商店街を歩く。少し距離はあっても、好きな景色だったのである。
新築のかっこいいアパートのインターホンを押した。僕は別れた彼女の家に置きっぱなしにしていたエレキギター「テレキャスター」を取りに来たのだった。
気にしてない風を装って、明るく振る舞って話す。もう済んだ話なのだ。こんなときの道化っぷりは天才的だった。
それでも、最後に勇気を振り絞って、もう一度付き合うことはないのかな、と聞いた。「ごめんね」と言われた。
初心者セットについてくるようなペラペラのギターケースを背負って、僕は部屋を後にした。まっすぐ帰る気に慣れず、井の頭公園に行って、ギターと一緒に置いていた小さなアンプにケーブルを繋いで、フジファブリックを歌ったりした。すっかりあたりは暗くなっていた。
僕が去った直後、彼女が僕を追って駅まで向かっていたことを知るのは、もう何年も時が経ってからのことである。そんなときに限って公園になんて寄り道をして「君の〜その小さな目からぁ〜」などと少し泣きながら歌っていたのである。
クリープハイプ は付き合った時に彼女が教えてくれた。それから1年経たずしてクリープハイプ はメジャーデビューアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』をリリースした。
「オレンジ」を聴くたびにこの日を想い出すのかもしれないが、いつか忘れてしまった時のために、懐かしい記憶を書いてみようかなと思った。
あれから紆余曲折あり、数年経ち、彼女と結婚して子供が生まれた。数奇な人生である!
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