ザスパが見せた停滞感の正体
2023年11月12日の大分戦をもってザスパがザスパクサツ群馬として過ごす最後のシーズンが終わりました。結果としては14勝15分13敗で勝ち点57、11位という成績でした。この数字は見る人によって評価が分かれると思いますが、筆者としては今のザスパにおいてこれ以上が考えられないほど素晴らしいものだったと感じています。
今回はそんな素晴らしいザスパの2023シーズンについて戦術的な観点から具体的に振り返ります。まずはザスパの強みだった整備された守備について触れた後に、後半戦にザスパが見せた停滞感について書いていきます。
守備の堅さの理由
今シーズンのザスパは守備の堅さが強みとなっていました。42試合での失点数は44。これはJ2で5番目に少ないものでした。シーズン平均失点は1を超えてしまいましたが、それでもリーグの中で守備の堅さが目立つチームだったと言えます。昨季は57失点と失点数が多かったザスパはどんな守備をして失点数を減らしたのでしょうか?
CBは動かない
ザスパの守備を理解する為には、まずサッカーというスポーツの特性について考える必要があります。具体的には「ゴールは中央にしか存在しない」という特性です。あまりに当たり前ですが、これこそがザスパの守備原則の根幹にあります。ゴールは中央にしかありませんから、極端な話、ゴール前で全てのボールを跳ね返せば失点は0になるわけです。だから中央から人を動かさずに跳ね返し続ける事こそが失点減少に繋がるのだ!というのがザスパの守備における基本的な考え方です。
中央で全てのボールを跳ね返すためには跳ね返す能力の高いCBにずっとゴール前にいてもらうのが1番です。この「CBを動かさない」事こそがザスパの守備における狙いでした。上に載せた図では中央に残るCB2人+ボールと逆サイドのSBの3人がゴールエリアの幅でポジションを取っていますが、実際はもっと狭い距離でクロス対応に取り組みます。具体的にはゴールの幅を埋めるようなポジションで、ニアポストにCB、ゴール正面にもう1人のCB、ファーポストに逆サイドのSBといった具合です。このポジショニングを実現させるために他の選手達は動きます。
SBも動かない
ザスパは「CBを動かさない」ためにSBにも動かないように要求していました。ザスパの守備おける原則としてボールサイドのSBはペナルティエリアの縦のライン付近に留まります。SHの守備が間に合わない時はもっとサイドまで移動することがありますが、できる限りペナルティエリアの幅から動きません。これは、それ以上サイドまでSBが移動してしまうとCBとの距離が遠くなり、間のスペースが大きくなってしまうからです。
SBとCBの間であるゴール横のスペースは侵入されると対処が難しいスペースです。ゴールに近いのは言うまでもありませんが、かなり深い位置になるため、クロス対応の基本である相手とボールを同時に視界に入れるのが難しくなります。このスペースへの侵入はザスパとしても許容できません。
この危険なスペースへの対処法はボランチが埋めるパターンとCBが移動するパターンの2種類がありました。基本的にはボランチが下がって対応しますが、それが間に合わない場合はCBが対応することになります。CBが中央から移動してしまうとザスパの守備における狙いである「CBが動かない」が崩壊してポジションが崩れてしまいますから、これを避けるためにSBには動かずにスペースを埋める事を求められました。
SHは死ぬまで走ります
「CBを動かさない」ためにSBも動かしたくない。これを実現するために大きな負担を背負っていたポジションがSHです。SHは最終ラインの選手をポジションから動かさないために走る役割を与えられていました。
まずSHはスタート地点としてザスパのDFラインと中盤の間に立つ選手へのパスコースを消す位置にポジショニングし、そこからサイドに立つ選手へパスが出てからプレスに行きます。パスが出てからプレスを開始するので、SHのプレスは基本的に遅れ気味になります。しかしこの遅れはチームとして許容しているものであり、大した問題ではありません。SHは相手に振り切られてフリーでクロスを入れさせなければOKです。1人でボールを奪いきるのではなく、ボールホルダーにストレスを与え続ける事を求められていました。この相手のパスコースを消す→パスが出たら全力でプレスに走るという流れは体力的にとても厳しい仕事であり、DFラインを動かさないというザスパの狙いを実現するために大きな負荷をかけられていたのがSHというわけです。
SHで起用され続けた佐藤は今季全試合に出場しましたが、フル出場したのは4試合のみです。これは彼の能力というよりもSHというポジションの体力的な負担の大きさを表しています。SHの守備強度が落ちれば全て崩壊してしまうからこそ、シビアな目を向けられ続けました。佐藤が一年間サボることなくやり続けたのは本当に凄い事でした。お疲れ様。
このように「CBを動かさない」という明確な狙いを持ち、全員がそれを実現する為に取り組み続けたからこそ今季のザスパは堅い守備を実現していました。Hいわき戦やA山口戦などこれとは異なる守備に取り組んだ試合もありましたが、原則としてはこの形でした。
これはザスパの守備は成功しているものの三平が凄すぎて失点してしまったシーンです。佐藤が最後まで追って相手にストレスを与えていますし、中央の3人もポジションをとれています。個の力でやられただけで守備の狙いだけで言えば成功しています。変な表現になりますが、これが今シーズンベストの失点でした。個の質を上げる以外に改善の余地がない良い失点です。これは仕方ない。
このハイライトの冒頭2シーンは典型的にザスパの守備でした。ハイライトでも確認できるように、守備における狙いがハッキリとしているからこそ、ザスパの守備は強みとなっていました。
CBは動かない。CBを動かさない。
後半戦の停滞感の正体
前半戦のザスパはチームとしての弱みをなかなか見せませんでした。基礎的なプレー強度であったり、状況を打開する能力であったり個人の能力という点で見劣りすることはあっても、あくまで個人の能力差であり、チームとしてのものではありません。チームとしての課題よりも個人の課題が目に付くほど完成度の高いチームだったからこそ、前半戦のザスパはあれほど勝ち点を積み重ね、これまでにない勢いを感じさせていました。
一方で、後半戦のザスパはその勢いを失い、強い停滞感を漂わせました。結果だけを見れば前半戦で獲得した勝ち点は30、後半戦での勝ち点が27と大きな差はありません。しかし、後半戦のザスパに停滞感を感じた方は多かったでしょうし、停滞感があったのは事実です。では、勝ち点に繋がらないその停滞感の正体は一体何だったのでしょうか?
長倉幹樹と共にザスパが失ったもの
前半戦と後半戦で何が変わったのか?とザスパのサポーターに問えば誰からだって同じ答えが返ってくるでしょう。そう。長倉幹樹がいなくなった事です。長倉幹樹はJ2で飛び抜けた実力を持った選手で、それは夏に移籍した新潟でスムーズにJ1に適応したことからもわかります。そんな実力ある選手がいなくなったことでザスパは前進の手段を失いました。前進手段の不安定さこそが後半戦の停滞感の正体です。
手前味噌で恐縮ですが、前半戦振り返りnoteでも書いた通り、長倉のプレーの中で最もザスパに貢献していたのはボールを前進させるプレーでした。スピードを生かした裏へのランニングだけでなくテクニカルなターンで前を向き、相手に脅威を感じさせることで相手ラインを引き下げるなど、ボールを前進させるプレーは一級品でした。長倉のプレーによってザスパは相手の最終ラインを引き下げ、反対に自分の最終ラインを引き上げることが出来ており、これが出来ていたからこそ前半戦のザスパは守備の時間を短縮し、90分間強度を維持出来ていました。では、長倉が移籍した後のザスパはどうなっていたのでしょうか?
平松宗のトップ下起用という失敗
長倉幹樹が移籍した後に長倉のいたトップ下のポジションで起用されたのは平松宗でしたが、これはハッキリ言って失敗でした。平松は体の強さが特徴である一方でスピードはなく、ターンする技術もありません。そんな選手に長倉と同じような仕事を任せたところで上手くいかないのは目に見えています。実際にトップ下で起用された平松が上手くチームに貢献した試合は数えるほどしかありませんでした。特に問題だったのはターンができない事と、前を向いても何もできない事の2つでした。
まず、ターンが出来ない平松は相手の奪いどころに設定されていました。ターンが上手かったり、ターンできなくとも相手を外すようなプレーができれば話は変わりますが、平松に出来るのは相手を背負って耐えるプレーだけです。それをゴール前でやれば後ろから味方が走り込んでくる時間を稼げるため効果的ですが、ビルドアップでそれをやっても大した効果はありません。むしろその稼いだ時間で相手が集まってきてしまい、ただ潰されてボールロストするシーンが繰り返されました。後ろを向いた平松に前を向かれるリスクはないので、相手からしたらプレスを開始してDFラインを引き上げる良いスイッチとなっていたのが実際のところです。平松がトップ下で起用されるようになった事でそれまで前進手段だったトップ下へのパスがむしろ相手の勢いを増すプレーになってしまっていた事が後半戦の停滞感の原因の一つでした。
加えてトップ下で起用された平松が特に厳しかったのは前を向いても何もできない事でした。前を向いた平松にできるのはサイドにいる杉本へのパスだけであり、直接的にゴールに向かうパスや、ドリブル突破などを見せることはありませんでした。相手からしたらどうせサイドに逃げるとわかっている平松に感じる脅威など何もありません。当然、相手のDFラインは下がらず、ザスパのラインを上げることには繋がりませんでした。このように、トップ下で起用された時の平松はほとんどチームに貢献する事ができていませんでした。
ここまで平松を批判するような内容を書いてきたように見えると思いますが、平松を批判するつもりはありません。それは、この平松の低パフォーマンスの原因は平松自身ではなくてこんな起用法をしていた大槻さんに原因があるからです。平松はCFの選手なのでトップ下で活躍できないのは仕方ないっす。そういう選手じゃないんで。来季は勘弁してね。
酒井、佐藤が相手の対策を上回れなかった
左の平松が機能していないなら右から進めば良いじゃない!と考える方もいるかと思いますが、右では相手の対策を上回る事が出来ず、ここでも前進を安定させることは出来ませんでした。後半戦で特に狙われ続けたのは酒井です。酒井はビルドアップを問題なくこなす技術を備えた上手い選手ですが、逆サイドの中塩と比較すると見劣りするのは事実です(というか、中塩が極端に上手い)。後半戦の酒井は中塩と比較すれば下手であるという理由からプレスの奪い所として狙われる試合が何度もありました。その対策とは、まず相手FWが城和から中塩へのパスコースを遮断するポジションを取り、酒井にボールが集まるように仕向けます。
酒井がパスを受ける時には相手の守備が完了しており、フリーで出せる相手はいません。佐藤は個人で状況を打開するのが上手ではない選手ですから、密着マークすれば前進される心配はありませんし、エドのターンは前進手段になり得ますが、百発百中という訳でもありません。酒井個人として特に厳しかったのはロングパスの質で、酒井のロングパスは山なりの軌道を描くためにスピードが足りず、相手CBに対応されてしまうシーンが目立ちました。また、酒井が中塩のように逆サイドまでパスを蹴るような視野の広さを見られなかったのも状況を難しくしていました。まぁ、それが出来る中塩が凄いだけと言えばそうなんですけど、酒井の目標は日本代表なので、これくらい余裕でやらなきゃいけない。
このように、後半戦のザスパは安定した前進手段を持たずにシーズンを過ごしていました。その結果としてザスパサポーターの多くが感じたような停滞感が生まれてしまったという訳です。また、チームは前進手段を失った事で自分たちのDFラインを押し上げる頻度が下がり、守備の時間が長くなった事で守備強度の低下も発生していました。これによって失点数も増えています。ザスパの前進手段そのものだった長倉がいた試合といなかった試合で比較すると
長倉あり20試合 勝ち点33 23得点(セットプレー得点4) 17失点
長倉なし22試合 勝ち点24 21得点(セットプレー得点14) 27失点
といった具合で、特に失点数が増加しています(流れの中からのゴールも減ってるけど)。このように前進手段の不安定さは守備にも悪影響を与えていました。来季はトップ下に平松ではなくもっと適正のある選手を起用するべきですし、右SHにはボールを前に運ぶスキルを持った選手を起用したい所です。こういった点からもトップ下と右SHの補強の必要性がわかるかと思います。
まとめ
ここまで書いてきたように、後半戦のザスパは長倉幹樹が抜けたことによって前進手段が不安定な状況になり、それが得点の減少と失点の増加、そしてあの停滞感の原因となっていました。一方で、そんな難しい状況でもしぶとく勝ち点を拾い続けられたのはザスパが整備された守備組織を持っていたからです。大槻体制3年目となる来季は守備組織はそのままに、前進を安定させられるような選手を補強できればもっと上を目指せるはず。あるいは、スペシャルなCBとボランチを獲得できればそもそも下がらずに守れるようになるかもしれません。まぁ、ザスパの資金力でそんな補強は現実的ではないでしょう。足下が上手くてスピードがあって空中戦に強いスペシャルなCBなんて獲得できません。・・・よね?
強い気持ちで。
猛
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?