60年分とそれから#2
「ママ」
小学校に上がる前。お父さんやお母さんのことは大切にしようねって美恵子先生が言ってた。ご飯を食べさせてくれて、育ててもらってることを忘れちゃダメだよって。
大切にするとは、もうちょっとちゃんというとどういうことだったんだろうってよく思い出して考えたりする。夜ご飯食べたらお弁当のヨウキは洗ってから自分で捨てるとか、ママが泣いてたら一人遊びして元気にしてあげるとか、日曜日に一緒に入れるときは掃除機絶対かけるから、言われる前にソファの上に逃げておくとか?先生がちゃんと言ってくれなかったけど、多分俺は沢山やってるから絶対大丈夫だぞ。といつも嬉しくなるんだ。偉いんだ俺は。なのに先生に言われたその後お昼寝の前に
「俺たちミエコ大好きだから、嫌われないように言われたことはちゃんと守った方がいいよな」
ってカイセイに言われた。そりゃそうだ。というかカイセイはアズカリホイクじゃないんだから俺よりいっぱい大事にされてるんだし、俺より大切にしなきゃだよ。カイセイは卑怯な奴だから家でも絶対ずるばっかしてるだろ。俺はグーで戦うのにあいつは引っ掻いてくるからな。ヒリヒリするからあんなの反則負けだぞ。美恵子先生のこと大好きなの、最後の日に言ってやればよかったな。泣き虫だからぜったいにピーピー泣くね。いつも偉そうにいろいろ言ってくるけど本当は俺の方が強いんだ。今度カイセイにあったらはっきりさせてやる。
でもそんなカイセイとも小学校ではお別れで、ガックが違うから会うこともなくなった。俺たちの公園にはあいつは来れないし多分もう会うことはないかも。後で知ったからちゃんとバイバイって言えなかったんだ。俺に会えなくて寂しいだろうな、カイセイ。
カイセイはお母さんを大切にしてるんだろうか。ミエコ先生ともバイバイしたから、もうコびることもないので困らせているんだろうか。なんとなく違う気がする。なんてったってオネショマンだから。
俺はどうなんだって、絶対絶対大切にしてたぞ。忙しくっても一緒にキャッチボールしてくれたのがすごいんだってちゃんと知ってるんだ。他のママはキャッチボールなんかしないからすごいんでしょ?なんでしないのかはわかんないけどね。すごいんだからすごいんだしすごいのは嬉しいことだ!
でも、俺は大切にしてるのにママは俺を困らせてる。今でも一個だけ変わらないダイメイワクをおれはコウムっているぞ。これは大問題だから、大人になる前にちゃんと解決してくれなきゃ困るんだ。最初はみんなが変なんだと思ってた。むしろ俺だけ特別で、字もカッコいいしママもカッコいいよっていつも言ってくれてるからそう思ってたけど、小学校に上がったらそうじゃないことが分っちゃったんだ。
俺の名前は翔ぶ人って書いてカート。
って読む。こんな名前、普通じゃないし変なんだって。わかったのは入学式の日。俺の名前が先生に呼ばれたとき、後ろのジジイとババア達がザワザワしだして、その後教室に入ってもみんなに聞かれた。なんかすっごく恥ずかしくなってきちゃって、これまで大好きだった名前なのに急にいやになっちゃったんだ。しかもみんな揃って車が好きなの?って。違う。俺の名前は車じゃないんだ。みんな知らないの?伝説的ロックバンドのボーカルの名前なんだってさ!ちょーかっこいい人なんだって!だから車なんかじゃないんだ!なんで誰もわからないんだよ、、、俺もわからないけど!あーあ。でもママ、なんでこんな普通じゃない名前にしちゃったの?これからずーっとおんなじこと言われるってことじゃん。俺、困っちゃうよ。
ねぇオマエ知ってる?カートコバーンってどんな奴?
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