【海業のススメ】三重県尾鷲市須賀利町~海と人がよりそう東洋のアマルフィ
切り立った山々に囲まれた入り江。所狭しと肩を寄せ合う家々。その絶景を一目見に世界中の人々が訪れるというイタリアの高級リゾート地、アマルフィ。そんな絶景を望める場所が意外と近くにあります。それが三重県尾鷲(おわせ)市須賀利(すがり)町。日本の里100選にも選ばれる須賀利町は陸の孤島と呼ばれ、須賀利道路が開通する1984年まで船でしか行けなかった地区です。現在200名ほどしかいないこの地区では、ほとんどが80歳以上なのにもかかわらず、現役バリバリで漁に出ていたりします。そんな元気なオトウサン、オカアサンに引けを取らない、ひときわ元気な女性がいます。町で最年少となる安福さんです。
安福さんは株式会社ゲイトの社員で、もともと都内で飲食店を行っていました。食に関する問題に触れるにつれ、上流に上らなければ問題は解決しないということで出会ったのが、須賀利地区だったようです。須賀利の漁業と出会い、地域漁業の魅力に触れていく中で、地域で起きている数々の問題にも直面することになっていきました。このままではおいしい魚が手に入らないどころか、漁業自体が大変なことになってしまう。そんな現実を目の当たりにしていく内に、須賀利を何とかしたいという思いが強くなって、須賀利に入っていったのでした。とはいえ、よそ者は毛嫌いされるものというのは、どの世界でも一緒。特に漁業についてはなおさら警戒心が強い世界です。そこで安福さんたちは、地域の人と一緒に定置網を引き、一緒に生活を営み、一緒に喜びを分かち合うことで、1つ1つ地域に入り込んでいきました。「ここでやらせてもらっているんです」と笑って言う安福さんの言葉には、ちょっと興味があるから、少し商売になるかもといった思い付きで行動してしまう自称コンサルとは全く違う、強い思いと感謝があふれていました。
そんな中、安福さんたちにカセ釣りをやってみないかという声がかかってきたのです。カセ釣りとは、沖に固定されている古い船を筏代わりに使って釣りをする沖釣りのことをいいます。もともと須賀利でカセ釣りをやっていた方がそろそろ引退しようかと考えてはいるものの、気にかかるのはカセ釣りファンのお客さん。時には遠方からわざわざ須賀利にきてカセ釣りを楽しんでいたお客さんの顔を想像するとなかなか踏ん切りがつかなかったようです。そうしてカセ釣りの親方からの相談を受けた安福さんたちは定置網漁のほかカセ釣り業も行うことになったようです。ほかにも市街地へ移り住んで人がいなくなった空き家を使って民泊事業を行ったり、観光ツアーを組んだり、須賀利の新たな取り組みが広がっていったのです。そんな取組が全国区として紹介されるようになり、都市と漁村地域の交流を通して地域の活性化を図る「渚泊」(※1)の事例にも取り上げられることになったのです。
「価値ってもともとそこにあると思うんですよね。もちろん新たな取り組みはやっていきますよ。でも今変わる必要がないのであれば、下準備として用意はしておくけど、もともとあった価値を磨いていく方が地域の魅力につながると思うんですよね。」
さりげなく言った安福さんの言葉には、中しか知らない人でも外からしか言ってこない人でも語れない重みがありました。
地域活性化や地域創生と叫ぶ人の中には、地域の古い体質をぶち壊し、本来その地域にはなかった新たな取り組みや商品を作って価値を植え付けようする人も見かけるようになってきました。確かに新たな取り組みをしなければ、取り残されていくでしょう。とはいえ、誰でもどこでもできるような新しいナニカをするだけなら、「その地域しかない」ナニカにはならなくなってしまうのではないか。地域の魅力って、その地域でもともとやってきた営みの中から生まれていて、その営みを外から見るから魅力につながっていくんだろうな。そうやって地域の人と外から来る人が手を取り合っていくことが本当の地方創生につながっていくのだろうな。そんなことをこの小さな入り江で肩を寄せ合う家々を見ながら妙に納得してしまいました。
※1、渚泊とは、都市と漁村地域の一層の交流を図るとともに、漁村地域の活性化を図る、水産庁が推進している取組
水産庁 渚泊の推進
https://www.jfa.maff.go.jp/j/bousai/nagisahaku/