消費者のジレンマ(SDGs14.b その9)
儲かる漁業ということで様々な利益の上げ方を見てきましたが、そもそも利益とは何なのか少し考えてみたいと思います。
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」(※1)
これは二宮金次郎の言葉です。確かにいいことを言ってもそれを実現する力がなければ何もできません。経営の神様と言われているP.F.ドラッガーも「利益追求は的外れ」とは言っていますが、企業を存続するために利益は必要なもので利益そのものを目的にするのは的外れだと言っています。(※2)だからこそ企業は「利益を追求」していかなければならないのです。
堅苦しい話となりましたが、結局みんなお金は欲しいのわけです。ではどうすればお金が増やせるのでしょうか?誰でも無名です。最初から爆発的に売れるモノなんてありません。ほとんどの人が「挑戦者」なわけです。その挑戦者の段階から利益を上げていくためには2つの方法があります。少なくてもいいから高く売るかと、安くしてたくさん売るかということです。いわば唯一無二の「有名人」になるかと自分一人がちを目指していく「欲張りな人」になるかというイメージです。
「有名人」戦略の代表的なものはブランド化です。つまりこの商品じゃないとだめと言わせて、替えのきかない唯一無二の存在である必要があります。とはいえ、お客さんの期待にそえるモノでなければならなくて、その品質を守るために手間もひまもかかるため、作る側に数の面では限界出てきます。
一方「欲張り」戦略はいわゆる現在の商売形態の中で最も一般的な販売戦略です。例えばサンマが1日100匹売れる町があったとします。その町にはA店とB店という魚屋があって、いつもは2店舗ともサンマを200円で50匹づつ売っていました。ところがある日A店がサンマを150円で売ることにしました。するとお客さんはA店の集中します。こうしてA店は1日、50匹×200円=10,000円の売上から100匹×150円=15,000円となるのです。利益を伸ばしたA店はサンマと一緒に大根も売ることにしました。この街にはC店という八百屋があって大根を100円で売っていました。A点ではサンマで少し利益があるので90円と安い値段をつけて売ることにしました。そうやってA店は大きくなり、あらゆるものが手に入る町で唯一ショッピングセンターになりました。さらに利益を伸ばしたいA店はさらに隣町にももう1店舗拡大することになりました。
こう聞くと「欲張り」戦略はずるい感じがしますが、いたって真っ当な商売です。A店にとっては、より品質の高いものをより安くお客さんに提供するため努力して大きくなっただけです。立派な社会貢献をしています。規模が大きくなれいっぺんに大量のモノを買うことができるので、1つ当たりの商品の価格としては安くなっていきます。(※3)買う側にとっても安く買うことができるので、お互いwin-winの関係を築けます。強いものが勝ち、弱いものが負ける世界。これが大量生産・大量消費・大量廃棄の現在の自由競争の社会というものです。しかしこの商売形態自体の弊害が考えられてきています。
自由競争社会の前提条件として3つあります。
・消費者は同じものがあったら安いものを買う。
・消費者は便利性を求める
・消費者は無限にいる
です。この前提条件が時代にそぐわなくなってきているからかもしれません。
財力のある強い販売店が魚販売事業に乗り出すとしましょう。その販売店は企業努力で魚を安くします。安くするためには、管理しやすいように一定の品質で大量生産できる魚を選んで品ぞろえしたり、店頭にいる人を減らしても売れるような仕組みを作っていきます。消費者は前提条件通り安いものを買うので、この販売店に集中していきます。結果として販売店のように大ががかりな販売戦略を打ち出せない地域の魚屋さんには消費者が来なくなります。旬のおいしい魚やおいしい調理方法を教えてくれた昔ながらの魚屋さんは廃業に追い込まれていきます。そればかりではなく、財力のある強い販売店が市場を支配してしまうと、世の中にはある程度の品質の安いモノしか出回らなくなってしまいます。その魚の本来のおいしさや楽しみ方、魅力自体がなくなっていき、消費者自身がその魚自体に興味を持てなくなってきているのです。いわば、もともとは望んで生まれた商売形態がその文化さえも失う原因を作ってしまうといった消費者のジレンマが生じているのです。
さらに「消費者は無限にいる」という前提条件も限界が生じてきています。人口が頭打ちになって地方では過疎化が進む日本では消費者は無限どころか減ってきているところもあるのです。特に季節や地域に特色を持つ天然の自然の食材、魚にとっては大きな影響を与えているかもしれません。今の自由競争の社会を単に批判したいわけではありません。利益を上げることは企業努力の証ですし、創意工夫のタマモノです。頭も使って体も使って大きくなるのは正しいと思います。しかも実際はこのような前提条件通りになるわけではなく、様々な立地や人間関係といった要因が絡んだり、地域の小さな魚屋さんも事業を継続しようと日々創意工夫をしています。ただ大量生産・大量消費・大量廃棄というアダム・スミス(※4)から続く古い考え方では時代にそぐわなくなってきて来ているかもしれません。、持続可能な魚食文化という次の時代へ違う商売形態を考えなければならないそんな時が今なのかもしれません。
※1、二宮尊徳の名言・格言 - goo辞書
https://dictionary.goo.ne.jp/quote/103/#:~:text=%E6%94%BF%E4%BA%8B%E3%81%AF%E8%B1%86%E8%85%90%E3%81%AE%E7%AE%B1,%E6%AD%AA%E3%82%81%E3%81%B0%E8%B1%86%E8%85%90%E3%82%82%E6%AD%AA%E3%82%80%E3%80%82&text=%E9%81%93%E5%BE%B3%E3%81%AA%E3%81%8D%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%AF%E7%8A%AF%E7%BD%AA,%E9%81%93%E5%BE%B3%E3%81%AF%E5%AF%9D%E8%A8%80%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82&text=%E5%87%A1%E4%BA%BA%E3%81%AF%E5%B0%8F%E6%AC%B2%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%80%82
※2、ピーター・F・ドラッガー、オーストリアの経営学者。経営学の神ともよばれ、著書「マネジメント」など様々な経営学書を書く。
※3、規模の経済と呼ばれる経済学の考え方。大量に仕入れることで、1品あたりの固定費が下がり、相対的に価格が下がること。
※4、アダム・スミスは1970代後半のイギリスの経済学者。経済学の父ともよばれ、著書「国富論」など経済学の基礎を築いていった。
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