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海のパラレルワールド(14.C その6)

海の世界を知ることが海を大切にする1歩ではあります。でも海を大切に思って行動している人はたくさんいます。それはビーチクリーンをやっている人ばかりではありません。漁師も船乗りも造船所も海洋研究家もサーファーも釣り人もライフセーバーもダイバーも地元の割烹料理屋の女将さんも、皆海が大切だと思っているのです。確かに海を利用して悪事を働こうとしている人もいますが、ほとんどの海で活動している人は海から恩恵を受けていると実感しています。だからこそ生涯をかけて仕事として海という大自然に挑んでいたり、趣味としてこつこつ海に通ったりしているのです。

みな海を大切にしたいという思いは同じにもかかわらず、お互いが交わることはほとんどありません。実際海の世界に入ると、海運業は海運業の世界、ビーチクリーンはビーチクリーンの世界、海洋科学は海洋科学の世界といったように他の海の業界との間に厚い壁があります。例えばある田舎の海の町があったとします。この街には立派な漁港があって、小さな貨物船が入る港もあって、ビーチクリーンをする団体があって、サーファーたちが喜ぶ波が立つポイントがあって、磯釣りにももってこいのポイントもあったとします。その間には厚い壁があってお互いが交わることはありません。

でもこの厚い壁さえなければよりよい海の世界が待っています。というのももともとは同じ海を大切に思う者同士、お互いの手を組めばそれは大きな力になっていきます。例えば、ビーチクリーンの活動で海がきれいになれば魚が増えるかもしれません。魚が増えれば物流が増えていき、漁業や海運業が充実してくれば地域の経済も回ってきてさらに観光に力を入れることができるかもしれません。お互いが手を取り合うことで相乗効果が生まれて、その町自体が活性化していくし、海の豊かさを守る大きな力が生まれるのです。

とはいえそんな話は理想論。とうてい無理な話というのが現実の世界です。ゴミを拾っているビーチクリーンをしている人にとって漁師の網が打ち上げられているのを見れば「漁師は環境のことを考えていない」と思ってしまいます。おいしい魚を獲ろうと新しい網を仕掛けた漁師にとって商船が網を破ってしまえば「なけなしの金で買ったのに」と思ってしまいます。見張りを立てて慎重に荷物を運んでいる貨物船の船乗りにとって魚を追いかけてぎりぎりで横切っていく漁船を見れば「こっちは気を使って運転しているのに」と思ってしまいます。趣味くらいの釣りならと場所を貸してあげていた漁師にとって切れてしまった釣り糸がプロペラに詰まって修理に大金を使わなくちゃいけなくなってしまえば「二度と釣り人を入れるな」と思ってしまいます。結局、お互いの悪いところだけ見えてしまい、「あいつら」とは手を組まないとなってしまうのも無理もないことです。そうしてさらに別の業界への壁は厚みを増してくるのです。問題は海という同じフィールドで全く違う活動が存在しているということです。例えばサーファーにとってはいい波だと思っても、船乗りにとってはきつい時化だったりもします。いい漁礁があっても海上物流の拠点にするにはもってこいの場所だったりします。さらに立場によっても価値自体が変わっていきます。魚を高く買ってほしい漁師と安く仕入れたい仲買。海洋生物の保護を訴える団体と水産資源で貧困を救いたい団体。世界共通の財産である「みんなのもの」の海と悪用を防ぐためのルールに縛られた排他的な海。こう見ると実際海は別次元のものがいくつも同時に存在する4次元的な存在になっているのです。いうなれば実際に現実世界で見ることができるリアルパラレルワールドみたいなものです。

このように複雑な世界がいくつも存在して、しかも太古の昔から続いているという不思議な世界が「海」なのです。こう考えると海の世界はよくわからないというのはもっともです。だからこそ海に手を付けられなかったし、未だにわからないことが多いのです。

※連載記事『海のSDGs』も残り1つになりました。今回は海の課題設定編です。次回の課題解決編で最後になります。次回を持ってシリーズ『海のSDGs』が完結しますが、おそらく本にしようと思っています。

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