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セラピストが心折れるのは共感性が高過ぎるから
セラピストというのはなかなかに過酷な仕事です。
・人が休みの時に忙しい
・当たり前に体力を消耗する
・大きい、硬いお客様は揉むのも大変
・お肌がザラザラしたお客様を施術すると手が荒れる
・清潔なお客様ばかりでない
・1対1なので逃げ場がない
・負の感情をぶつけられることも
他にも挙げればキリがないほど大変なことが山ほどあります。
続かない人もたくさんいます。
でもその大変なこと以上に
・人を楽にしてあげたい
・癒されてほしい
・自分を大切にする時間を提供したい
・人に触れることで自分も癒される
・人体や心という深淵に尽きない興味がある
などなど、セラピストという仕事を愛してやまない奇特な人たちがいるんですね。
その気持ちだけで表彰されてもいいぐらい素晴らしいと私は思っています。
その人たちの優しい気持ち、慈愛の心、探究心は世の中の人たちから尊ばれ求められ得るものでしかありません。
しかし、その尊い心が折られる事象が発生することも、ままあります。
私はこの5年間で述べ2,000人の開業セラピストたちと面談してきました。
その中で感じることは、セラピストが心折れる時って、ほとんどの場合がお客様との関係が原因ではないということです。
じゃあどういう時に心が折れるか。
否定や比較によって自分の存在意義を感じられなくなった時。
なんですね。
セラピストというのは繊細な感性を要する職業でもあります。
目の前のお客様の変化にいち早く気がついて、それがどこから来ているのか探るためにほぼ憑依するくらいのレベルでお客様に共感しようとします。
人が発する表の感情だけでなく、それを引き起こしている裏の感情にも敏感であったりします。
その能力が高いからこそセラピストという職業に適性を見出しているのですが、上手にコントロールできなければ人の感情に飲み込まれて自分まで溺れてしまいます。
お客様との関係性の上ではプロ意識が育つにつれて境界線を引けるようになっていくのですが、それ以外の部分では必要以上に受け止めてしまう人が多いと感じます。
主に、売上、集客、SNS発信という分野において自分を保てなくなるセラピストが非常に多いです。
・強い言葉で発信する集客専門家のリールを見て、「できていない自分はダメなんだ」と落ち込む。
・売上金額を誇示する同業者の投稿を見て「この人は何をやったんだろう」と血眼になってヒントを探す。
・疲れた人や困難な状況にある人の発信を見て、同じように辛い気持ちになり無力感に苛まれる。
・人が人を悪く言っているのを見聞きする度に自分が言われているような気がして落ち込む。
こんなことは絶対に必要ではないはずです。
直接ダメだと言われたわけではないのに、自分ごとにしてしまって苦しむことによって誰かが救われるのでしょうか。
自分さえ救えない人に誰かを救うことなどできるでしょうか。
ただね、共感性が異常に発達しすぎたセラピスト達に「気にしすぎ」「もっと自分を信じて」などと言っても効果が薄いことも私は知っています。
そして、その共感性に蓋をしてしまうことがセラピストとしての資質まで否定してしまい兼ねないことも。
共感性は諸刃の剣。
人を救うための武器なのに知らず知らず自分を傷つけてしまうものになってしまうんですね。
ではどうしたらいいのか。
どうすればセラピスト達が共感性という強い武器をプロとして使いこなせるようになるのか。
自分を傷つけずに人を助けられるようになるのか。
次の投稿では私が考える、彼女達を救う方法のひとつについて論じてみたいと思います。