CR1/IR1 Visaについて
What’s up, everyone?
Muse Familyです。
つい先日、IR1ビザがアプルーブされましたので、
私たちのビザ取得ジャーニーをシェアできたらと思います。
タイムライン
10/5/2020: 婚姻届提出
9/2/2021: I-130 提出
9/10/2021: I-130 受領 (ケースナンバー記載)
9/7/2022: DS-260 提出
11/14/2022: 健康診断
11/17/2022: 健康診断結果
12/19/2022: 面接
12/21/2022: パスポート受け取り
I-130
実はI-130を一緒に米国大使館に提出しに行ったのは、
2021年9月2日。
この時は、夫が在留資格を持って日本に住んでいたのもあり、
こちらからは実はお願いしていいないのですが”例外的な状況”案件として処理されることになりました。
ケースナンバーが送られてきたのは9月10日でした。
思ったより早すぎてびっくり。
8月に準備を初めて、9月上旬に米国大使館にて申請を開始しました。
夫は事前にメールでこんな情報を提供していました:
❑申請人(米国国籍)の名前、生年月日、出生地
❑受益者(外国籍配偶者)の名前、生年月日、出生地
❑究極の渡米が決まった日付(夫の場合は、オーディションの通知が来た日)
❑申請歴
❑ 緊急を有する理由(夫の仕事が米国で決まったから)
❑申請人の渡航日
❑在留カードコピー
❑米国のジョブオファーレター
❑申請者のパスポート
持参した書類:
❑申請人のパスポート原本(現在と過去のもの)
❑受益者のパスポート原本(現在と過去のもの:私は3歳からのパスポート全て持参)
❑ 証明写真(30日以内に撮影、白背景、2 inch x 2 inch、眼鏡なし)
❑ 535.00 USD
❑ I -130
❑ I-130A
❑ 婚姻の証明書(戸籍謄本と婚姻届受理証明書)
❑ 受益者の出生届代わりの戸籍謄本
❑ 受益者のパスポートコピー
❑関係の証明(2年以下の結婚の場合)
・結婚の経緯(日本の配偶者ビザ提出時の書類の英訳)
・写真(日時、場所記入)
・手紙、カードのコピー
・共同名義の米国銀行口座
・義父母、私のアメリカパパママ、私の米軍勤務時代の同僚で私たちの牧師から
の手紙
2人で大使館での面接での質問:
・いつ、どうやって出会ったのか?
・いつ結婚したのか?
・どうして例外的措置にあたいするのか?(仕事の質問含める)
・子どもはいるか?
ほとんど夫が話し、私がちょこちょこ口を挟みあっさり終了。
この後、お支払いして、レシート提出して終わり。
7−10日でメールが送られますとのことでした。
私たちの出会った場所は、大使館のご近所のANAインターコンチネンタルホテルのため、そこで申請のお祝いの朝食を食べて、私たちのビザジャーニーが始まったのでした。
DS260
流産、コロナ、子どもは日本で産みたい(帝王切開になるから)などなど、
色々グダグダしていて、次のステップに進んだのは1年後。
結局、ファストトラックに乗っていたのに、普通の申請くらいの時間がかかってしまったかと思いますが、私たちにとってのプラスは先がわからないまま待つということをしなくてよかったことかと思います。
でも、もったいなかったし、円安で申請料がね…
実の実はコロナで完全に職を失ったハビーに私のスポンサーになるための書類をやらせるのがとても辛かったのもある。
コロナで業界がクローズしてしまったのだから仕方ないのだが、
その現実を直面させるのを私は避けていたのも事実です。
ここまで伸ばし伸ばししていた言い訳はいくらでもできますが、
私も覚悟ができていなかったのだと思います。
米国で暮らすことに関しての覚悟ではなく、
結婚生活の覚悟でもなく、
私のキャリア、やりたいことに関する覚悟です。
流産して、その後3ヶ月妊活目的のために米国滞在し、
結果は伴わなかったけど、幸いオンラインの定期的な仕事もできたため、
アメリカで仕事できるまでどうにかなるという自信がついたのと、
どうにかならなければ出稼ぎに日本に戻って来れば良いと吹っ切れたのと
二人の住まいを見つけ、引越し、私の家ができたことが
私の背中を押してくれました。
夫と義父が私のスポンサーになってくれることになったし、
(もちろん書類上だけ)
鉄は熱いうちに打てということで、
帰国後すぐに発熱外来勤務でコロナいただいて、療養あけてからDS260を提出。
いや、実はもう中身は全てできていたんだけど、サブミットしてなかっただけなのだけど。
DS260の提出が結婚1年11ヶ月目。
CR1→IR1は特にこちらで手続きしなくても、結婚2年目以降になれば自動的に変わるとのことでした。
健康診断
週休なし、休みは取らない、作らないというワーカホリックになっていた私にとってスケジューリングはめちゃくちゃ難しい。
私にとって、休みを取ることは思い切りが必要です。
前もって2つの病院に電話して、最短でいつの予約が取れるか確認しておきました。(ご自身でご確認ください)
東京メディカル・エンド・サージカル・クリニック
毎日受診可能 前月の2週目から予約可能 3−8万円
聖母病院
火曜日受診可能 2週間前から予約可能 3−8万円
予防接種
金額は当日、予防接種を受けるか受けないか、どれくらい受けるかで決まります。
医療従事者として必要な予防接種、米国の病院に勤務していた経歴、米軍病院にも勤務していた経歴から間違いなく予防注射は網羅しているはずで、問題はその記録があるかどうかです。
母子手帳がどこにあるかわからないということで、徹底的に探しました。
私の予防接種歴は以下で、必要なものを網羅していました。
❑ COVID-19
❑ DPT (ジフテリア、百日咳、破傷風)
❑ Tdap(破傷風、ジフテリア、百日咳)
❑ B型肝炎
❑ 麻疹(抗体検査結果)
❑ ムンプス(抗体検査結果)
❑ 風疹(抗体検査結果)
❑ 水痘(抗体検査結果)
❑ インフルエンザ
幼少期の記録は米国の病院の記録に全て記載されていて(同じ場所に留学を繰り返し、最終的には勤務したことが功を奏した!)、そのほか米軍勤務中の記録を提出。母子手帳をさっと提出する方が多いのでしょうね。
これはあれです、これはこれですと説明して記録していただきました。
全部網羅!
一番困った質問は、「いつ水疱瘡やりましたか?」でした。
すごくよく覚えているのは、クリスマスツリーが飾ってある時期で、小学校前だったので、キンダーの時だったかなと。誰からもらったかもわかってるんだけど、4歳か5歳かが正直はっきりしなかった。「4歳か5歳です」という曖昧な答えで大丈夫でした。
(いずれにせよアメリカでかかったので、母子手帳には書いてるとは思えないけど)
とてもスムーズで1時間半くらいで終了しました。
私はこの足で、警視庁に犯罪証明書を受け取りに行きました。
面接
面接の予約は思い通りに行きませんでした。
そもそも何月の何週め希望ということを入力するのですが、決定した日にちが希望の週じゃない。
というわけで、リスケをお願い。
希望の週はいっぱいとのことで、12月19日8時半からに決定。
私の整理券は19番。
12月19日で19番。
こういうのが合わさると色々うまくいく気がするタイプです。
持参した書類:
❑受益者のパスポート原本(現在と過去のもの:私は3歳からのパスポート全て持参)
❑ 証明写真2枚(6ヶ月以内に撮影、白背景、2 inch x 2 inch、眼鏡なし)
❑ DS-260オンライン移民ビザ申請書
❑ 戸籍謄本と婚姻届受理証明書とその翻訳
❑ I-864と納税証明書(2019年から2021年分) 夫と義父のもの
❑ 警察証明書
❑ 健康診断終了後のワクチンシート
❑ 残高証明
❑ 住所を記載したレターパックプラス
❑ 325.00 USD
https://jp.usembassy.gov/ja/visas-ja/immigrant-visas-ja/family-immigration-ja/apply-step-2-ja/iv-checklist-ja/
まずは書類受付窓口で書類確認です。
持参した書類は、指定用紙に書いてある順番に並べておきます。
ここでの対応は日本人スタッフで、想像以上に質問されました。
質問内容:
・夫の職業
・義父の職業(ジョイントスポンサーだから)
・義父の扶養家族の人数
・海外在住歴
・犯罪歴
・ビザ取得歴 (L2:5年、F1:1ヶ月x2回、J1:4年)
なぜか、私のビザを見て、病院勤務であることを驚かれました。
夫の残高証明を求められましたが、それはないと言うと微妙な顔つき。
I-864には私の資産も記入してあったので、私の残高証明ならありますとお伝えし、提出しました。
実際、記載してあったのは概算。
しかも私は1箇所の銀行の残高証明しか持参していないので、記載してある金額には少し足りない状況。しかも円安だし。
口頭で他にも銀行はあるので、残高はアプリで提示できますとお伝えしました。
あとは義父の納税証明がフェデラルでなくステートのものなので、領事に確認しますと言われ、心中穏やかでない私。
ファイナンス面しか心配事ないけど、そこで引っかかって欲しくなくて不安が募る。
ちなみに納税証明が必要としつこくしつこくしつこく何ヶ月にもわたり、夫に言い続けてきたのに、夫から送られてきた書類の中には納税証明がないと気づいたのが前夜。(見ないと約束していたけど、書類確認のためにチェックした)
ないじゃないのー!!!ってNYの朝(夫は睡眠中)に起こして、問答。
私だってアメリカで納税していたので、書類の内容や種類はとりあえずわかる。
夫がとんちんかんなことを言うので、半ば脅して電話を切ると、書類のスキャンが送られてきました。
義父の納税証明ないよなーと思いつつ、全部渡してるという義父を追及して仕切れなかったため諦めて、不安を抱えたままアメリカ大使館に出向いたというわけです。
渋い感じなものの、レターパックを受け取り、
追跡番号を戻してくれて、それでは申請料払ってきてくださいとのことで会計窓口で$325支払いしてレシートを提出。
1時間弱待って、面接の窓口9番に呼ばれました。
私が9日生まれなのもあり、9は私のラッキーナンバー。
夫も9月生まれだし。
当日の面接官の中で一番年齢の高い男性でした。
まずは宣誓。
終了後、私は「どうやって出会ったの?」くらいしかまともに質問されてなくて、あとはおしゃべりしていただけだったなと思ったのですが、思い返してみると一連の会話が面接なのだろうな。普段、超敏感なのに、こういうとこ鈍感。
まー何聞かれても答えられるからだけど。
・いつどうやって出会ったか?
→夫が2010年のドリームガールズ東京公演のキャストで、キャストの中に私の友達がいたので、彼を介して知り合い、10年間お友達で、その後お互いの存在の大きさに気づき、恋愛関係に発展したと。(ドリームガールズをミーンガールズに聞き間違えた面接官。ミーンガールズのミュージカルがあるって知ってるなんて、ミュージカル好きなのかしら?)
・彼はパフォーマーなのか?
→はい。舞台俳優です。
・うまいのか?
→はい。Triple Threatです(歌って、踊れて、演じられるという意味)
・今、何のショーをやっているのか?
→今現在は、ショーの合間でコンサート公演ツアーをしています。1月から次のお仕事が始まります。ブロードウェイを狙ってる新しいショーの公演です。
・この○○(ジョイントスポンサー)って誰?
→義父です。
ひたすら書類に目を通していました。
凝視していたのは米空軍ルテナントからの私たちをサポートする手紙と私の残高証明。
義父の納税証明がないことについて領事に確認が必要というメモに関しては、うーむと考えつつ、再度、私の残高証明を見て、”This will work“と。
「写真、見させてもらったけど、いっつも楽しそうだねー!
大勢の友達や家族に囲まれて!」
と以前提出した写真や書類を全て返却してくれました。
”Looks good to me"
と言って、こちらをメガネ越しにチラッと見てる面接官。
で、領事に確認するの?どうするの?とまだドキドキの私。
”You'll have your passport back this week ”
”Tell your husband good luch with his new show!"
という感じで面接終了。
一度、ドアを出てから、大事なことに気づいた私。
グリーンカード送付先の変更を言うの忘れたー!
もう一度、入り直し(バズインしてもらった)、面接官のとこに走っていって、
「住所変更忘れちゃったんですー」
とメモを渡すと、こちらでも記載しておくけど、
大使館宛にメールも送っておいてとのこと。
何回も何回も私の夢を叶えてきた場所だったなと思い出しました。
大学の時の学生ビザ、アメリカでの就業。
いつか自分の力で永住するんだって強く思っていたけど、
まさか配偶者として移住ビザを申請する日が来るとは思っていませんでした。
ある意味、夫との結婚も自分の力だとも思うけども。
力というか、夫への想いの強さ、私の忍耐力、そして運命を信じる力が夫との結婚に発展したと思うからです。
(これはいつか気が向いたら書こうと思います)
あとは、私の印象では、私の残高証明と私のビザ歴とか職歴も加味された気がしてなりません。
幸いにも、私たちは自分たちのペースでビザ申請が進められました。
とてもストレスフルなプロセスですが、
私たちは弁護士なしで無事にビザがアプルーブされました。
これから入国が待っているし、
グリーンカードを受け取るまでは終わりませんが、
とりあえず今は引越し準備して、無事に入国できるのを祈るばかり。
お迎えは夫ではなく、義父と義継母です。
我が家は相変わらず、そんな感じ。
我が家っていうか、自立心が異様に強い私のせい。