全オリジナル・アルバム FromワーストToベスト(第31回) ポール・マッカートニー その2 10位〜1位
どうも。
では、昨日に引き続いて
FromワーストToベスト、ポール・マッカートニー、いきましょう。今日はいよいよトップ10。さっそく10位からいきましょう。
10.Venus And Mars (1975 UK#1 US#1)
10位はウイングスの「ヴィーナス&マーズ」。このアルバムは、ポールがこれまで発表してきたアルバムの中で「バンドのトータル性」がもっとも高いアルバムですね。同時代のハードロックとかプログレを少し意識したか、1曲1曲より、全体の出来で勝負したタイプのアルバムですね。ここからは「あの娘におせっかい」の全米1位も生まれてはいるんですけど、それよりもアルバムそのものが大事な意味を持ってますね。ただ、それだけに後半になってデニー・レインとジミー・マカロックにヴォーカルとらせるのはやめて欲しかったですね。あれで緊張感がちょっと緩んでしまうというか。まあ、それでもこの次作の「Wings At The Speed Of Sound」での全員ヴォーカルよりはまだマシではあるんですけどね。
9.Flaming Pie (1997 UK#2 US#2)
9位は「Flaming Pie」。ポールに「復活」のイメージが持たれているとしたら、一般的にはこのアルバムではないでしょうか。たしかに批評的絶賛があって、セールス的に英米で2位まであがったの、「タッグ・オブ・ウォー」以来だったから、あの頃で15年ぶりのヒットですね。このアルバムには伏線があって。それはビートルズが90年代半ばに行ってたアーカイヴ企画「アンソロジー」。あれの監修にポールはずっと携わっていて。そこでビートルズ時代の昔の曲を聞いて、自分のいいときの感触を思い出していった、というんですね。そこで「アンソロジー」の際もプロデューサーとして活躍したELOのジェフ・リンをプロデューサーに迎えてのアルバムだったんですけど、たしかにビートルズ、とりわけポール自身が絶好調だった「ホワイト・アルバム」から後の後期のテイストを思い出させるギター・ロックになってます。それよりはだいぶブルージーなのは当時のポールの趣味だったと思うんですけど、しまったバンド・サウンドがだいぶポールに戻ってきたことは確かです。ただ、僕が思うに、ポールが本当に戻ってきたのは
8.Driving Rain (2001 UK#46 US#26)
この第8位、「Driving Rain」からだと思います。「Flaming Pie 」はジョージ・ハリスンも深く関わったトラヴェリング・ウィルベリーズからのジェフ・リン印のプロデュースにかなりパッケージングされた印象もだいぶ感じるんですけど、「よりポールらしい独自さ」を持って完全に立ち直ったのはこのアルバムですね。本作、リリース時のセールスがいまひとつなので駄作と勘違いしてる人が未だに多いんですけど、それはリリースが11月という大物新作ラッシュの時期でプッシュが後回しにされただけ。レビュー自体はよかったんです。このアルバムは後に「Memory Almost Full」も手がけるデヴィッド・カーン。そして、このアルバムから、現在のバックバンドの中核であるギターのラスティ・アンダーソンが固定化され、ここからバンド・サウンドが一切ぶれなくなるんですよね。あと、リンダを癌で失ったポールが、それが後に泥沼の別れに導かれようが、ヘザー・ミルズとの出会いによって創作意欲が沸き立ったことも否定しようがない事実で、地雷撤去の運動までして「Freedom」みたいな反戦アンセムまで作ってね。そんな当時の彼のやる気はこのアルバムのツアーでの国際的大好評にもつながりました。声がパワフルになって、ギター・サウンドも67〜68年のビートルズ風なアンサンブルと選曲でしたからね。ライブ盤がいろんな国でトップ10に入るという、21世紀の世では快挙となることまで成し遂げましたからね。
7.Chaos And Creation In The Backyard (2005 UK#10 US#6)
7位は「Chaos And Creation In The Backyard」。これは「Driving Rain」おツアーの成功を受けたポールが、その好調さをもって、レディオヘッドのプロデュースで名高いナイジェル・ゴドリッチをプロデュースに迎えた一作で話題になりましたね。でも、これ、出た当時、一部で酷評が出たほど、賛否は両論だったんですよね。これ、思うに、文字通りのレディオヘッドみたいなサウンドをポールに求めてびっくりしたかった人なんじゃないかと思いますね。でも、僕はナイジェルがトラヴィスのプロデュースもやってる人なので、無駄のないストレートなサウンドに仕上げてくるのはなんら違和感なかったんですよね。これまで以上に削ぐものは削いでポールの持っている甘美なメロディは主にピアノ曲を中心により引き立たせ。このアルバムで、前2作で感じたブルーズ・ロック色も消えて、より彼が一番調子良かった60s末期から70s初頭のソングライティングに近づきましたね。その意味で大成功だと思うし、今やこれをポールの傑作と見なす声は欧米圏、多いですよ。若干、曲が似たり寄ったりな感はありますが、これはポール好きの琴線、くすぐると思います。
6.Pipes Of Peace (1983 UK#4 US#15)
6位は「パイプス・オブ・ピース」。「タッグ・オブ・ウォー」と同時期に制作され、「双子のアルバム」と呼ばれた存在です。仮タイトル「タッグ・オブ・ウォー・パート2」だったくらいですからね。このアルバムも、同じくジョージ・マーティンがつとめていて、大ヒットした「タッグ〜」に感触は似てます。だから「二番煎じ」と思われたかヒットはしてないんですけど、より本来のポールらしさが出てるのは圧倒的にこっちですね。まずタイトル曲のスコティッシュ・フォーク風で、しかもこれのミュージック・ヴィデオは第一次世界大戦のときにイギリス軍とドイツ軍がクリスマスの間、休戦したエピソードを使ってるんですよね。その意味でポールの曲の中でももっとも政治的な意味があり、同時に愛に溢れた曲なんですよね。このアルバムもエイティーズのポールらしく、当時流行ってたアフリカンな曲が入ったりバラエティに富んではいるんですけど、まとまりが今作の方がすごくあってですね。前作のスティーヴィーに対し今回はマイケル・ジャクソンとの共演が2曲なんですが、「Say Say Say」「The Man」ともにポールの楽曲の範囲内にうまく収まってますしね。あと、名バラードの「So Bad」ね。めずらしくファルセットで語りかけるように歌う曲なんですけど、彼のAOR調の曲の中では僕はこの曲がベストだと思ってます。
5.McCartney III (2020 UK#1)
そして話題の新作「マッカートニー3」は高いです。5位に置きました。これはもう、21世紀に入って以降のポールの安定ぶりを改めて示す、ひとつの大きな例になりうるアルバムですね。このアルバムは、コロナ禍で過ごしていたポールにアイデアがむくむくと浮かび、その初期衝動でほぼひとりで作ったアルバムです。そのいきさつから、1970年、80年、そして40年だったけど末尾が0の年にこういう宅録のアルバムを作ったから「3」になったわけです。ただ、前の2つとこれ、作品の持つ意味合いは全然違うと思います。これ、セルフ・プロデュースではありますけど、前の2作に比べるとものすごく丁寧で、ここ最近のアルバムのクオリティにちゃんと合わせようとする気持ちが感じられます。これまでのような投げ出し感は全くありません。加えてやっぱり曲の良さですよね。これまでポールが築いてきた彼らしい曲、ブラスを配したウィングスの時に得意としたタイプから、ミドルテンポのピアノ楽曲からアコースティックもの、やや激しめのロックンロールに、いつもとおりのポールらしいポールをちゃんとやってますね。それでいて、ちょっとミニマルなリズムで8分台の実験的な「Deep Deep Feeling」があったり、さらに久しぶりにやるタイプの16ビートのソウルフルな「Deep Down」まで。昔のポールだったらとっちらかりそうになるところが、しっかり統一感持てて曲が構成されてるのが見事です。78歳になって声はさすがにしゃがれて出にくくはなっていますが、作品のクオリティと前傾姿勢にはおそれいります。
4.New (2013 UK#3 US#3)
そして4位に2013年発表の「NEW」を。ポールの場合、「Flaming Pie」以降の、アーティストとして復活し次の全盛期を迎えているフェーズを象徴するアルバムを1枚だけ選ぶの、結構難しいんですよね。それ以降だったらどれも安定して良いから。ただ、多くの人にわかりやすく「ポール、好調だね!」と思わせるインパクトが一番あったアルバムはやっぱりこの「NEW」だった気がしますね。タイトル曲がいきなり思いっきり中期ビートルズのユーモラスで牧歌的なバロックポップという、ポールのかつての得意技を久しぶりに繰り出して掴みがバッチリだったんですが、他の曲も全体的にビートルズ色が濃いんですよね、これ。前のめりなロックンロールも、アコースティックのメロディ・センスも。中にはちょっとサイケっぽいフィーリングのものまであったりして。テープの逆回転使ってね。今作はマーク・ロンソン、ポール・エプワース、イーザン・ジョンズといった、今現在の売れっ子プロデューサーに加え、ジョージ・マーティンの息子ジャイルズといった、息子世代の精鋭達と仕事をしてるんですけど、彼らがかなりエフェクター類使ってポールの曲歪ませてモダンにしようとするのにポールがちゃんとついていく形になってて、そこも刺激あるんですよね。特にジャイルズが、やはりお父さんから受けた血筋なのか、「リボルバー」的なことをさせようとしているのが興味深いですね。
3.McCartney (1971 UK#2 US#1)
いよいよトップ3。3位は、ソロ・ファースト・アルバムの「マッカートニー」。このアルバムは正式にはビートルズの解散前に、ちょうどポールがソコットランドに隠とんしてる状態で録音されたものです。このときポールはジョンのビートルズ脱退宣言で落ち込んでて、リンダに励まされる形でホーム・レコーディングを行ったものですが、できあがったものは、当時の常識では考えられない、ラフな「これで完成なの?」という状態のもの。ちょうどこのアルバムのプロモをやりはじめたときにポールがビートルズの脱退宣言もしたため、「気合い入れてソロ作ったのか」と思いきや、そういう内容だったのでメディアがドン引き。それがその後のポールのソロ活動にけちがついてしまう原因にもなりました・・というのは有名な話なんですが、ただ、とはいえ、ビートルズ最後の1年、1969年に八面六臂の活躍でビートルズに最後の輝きを与えたポールのことです。どんなに録音が粗かろうと楽曲が悪いはずがありません。事実、彼の全キャリア通じて最大のラヴ・バラードでライブでもずっと演奏され続けている「Maybe I'm Amazed」があるわけだし、それを筆頭に「Every Night」「Junk」と、ビートルズのラインナップに入っててなんらおかしくない曲がぎっしり詰まってるわけですからね。「だからこそ、しっかり完成させていれば」という意見もわかるんですけどこればっかりは生身の人間の精神状態もあることなので、何とも言えません。ただ、それでも「失敗作」と解釈されたものの評価をのちに逆転させるだけのオーラはここの収録曲にはありますね。
2.Band On The Run (1973 UK#1 US#1)
そして2位ですが、すごく迷った末に、こちらを2位で行かせてください。「バンド・オン・ザ・ラン」。このアルバムは、こと、ソロのポールの中では常にナンバーワン評価のアルバムですね。僕自身も当然、このアルバムに関しては一目置いた評価はしています。それはやはり、このアルバムにしかない、巧みかつ壮大なポールのソングライティング・マジックがここにはありますからね。2つの別のパートを組み合わせて構成したポールならではのスケールの大きな、全世界的にヒットしたタイトル曲をはじめ、今日に至るまでポールのアッパーなロックンロールの代表曲になってる「ジェット」、苦難のレコーディング地となったアフリカのリズムを取り入れた「Mrs.ヴァンダービルト」、ゆったりしたブルーズ・ナンバーの「Let Me Roll It」、ポールらしいシャッフルするピアノのキラー・チューンの「1985」と、ヴァラエティにあふれた収録曲が自己主張をしながらもアルバムの中にうまくおさまり、そこを、元来そんなに優れた詩人でもないポールが、「逃避・脱出」をテーマにうまくアルバムをまとめあげている。曲の散らし方に関しては、ソロの中ではダントツの出来だし、それはアメリカ盤で先行シングルだったロックンロールの「Helen Wheels」を追加でつけても変わらない。きわめて完成されてるんですけどね。
では、残るはナンバーワンだけですね。このアルバムです!
1.Ram (1971 UK#1 US#2)
ポール・マッカートニーのFromワーストToベスト、1位に輝いたのは「Ram」。ソロでのセカンド・アルバムでした。なぜ、これが1位なのか。ひとつは、今回のこの企画が再評価される、3位にした「マッカートニー」をきっかけとして行ったものであるということ。そしてもうひとつは、「マッカートニー」やこのアルバムでのサウンドの路線の方が、「バンド・オン・ザ・ラン」よりも「再評価されているポールのサウンド」、さらに「21世紀になって復活したポールのサウンド」により近いと思うからです。このアルバムくらいまでだと、ポールが「ホワイト・アルバム」くらいのときから保ってたバンド・サウンドやメロディ感覚がキープされているのがやはり強いです。それでいて、まだ録音の仕方がラフとは言え、この前作よりはかなりちゃんと曲をまとめようとしている分、上ですからね。曲のバランスもいいんですよ。ポールの18番的パワーポップの「Too Many People」「3 Legs」「Smlie Away」「Eat At Home」と痛快なロウファイ・ロックンロールが一方であって、甘酸っぱい哀愁メロディの「Ram On」「Dear Boy」があって、牧歌的なフォークの「Heart Of The Country」があって。そしてソロで初の全米1位にもなり、2部構成のドラマティックな曲として「バンド・オン・ザ・ラン」を先取った「Uncle Albert/Admiral Halsey」、そしてラストにストリングスを配したドラマティックなロックンロール「Backseta Of My Car」で終わる。この時期は、ソロ初ヒットとなった名アコースティック・チューンの「アナザー・デイ」も収録されてませんが同じ頃に録音されてたりもしてソングライティングの好調さをうかがわせます。やっぱり、今の耳にはこれが一番かっこよく聞こえると思いますね。