生物学者は異世界転生無双できるのか

タイトルそのままである。あるいは自分ができることはサイエンス全体のごく一部なんだという反省である。そもそも転生した異世界がDNAと細胞からなる生物の世界であると仮定していいのかはさておき、たとえ同じ原理で動く世界だったとしても自分のできることなんて限られている。ピペットとQIAGENのキットがないと何もできない。NCBIがないとアノテーションもできない。もちろんDNAと細胞からなる生物の世界でQIAGENが道具屋に売っているかもしれないしBlastが魔法として存在するかもしれないけれど、そうなると異世界転生しても無双はできなさそうである。

このままだとペニシリンの抽出すらできないなと思った。そもそも転生先がアオカビのいる世界なのかはさておき。思い立って軽めにググってみたら、Extraction and Purification of Penicillin (F. M. BERGER 1944) というストレートなタイトルの論文が出てきた。NatureのLetters to the editorsということで、ピアレビューされてはなさそうである。半ページで図はなし。短めのイントロののち、論文はおもむろにA typical experiment was as follows : 2,000 ml. of the crude culture fluid was adjusted with phosphoric acid to pH 6·4 and 800 gm. of ammonium sulphate was dissolved in it. とはじまる。単位のリットルやらグラムにカンマが打ってあるのも面白いが、2リットルのcrude culture fluidがそもそもよくわからない。雑すぎてマテメソ失格である。硫酸アンモニウムでタンパク質を除いたのち、どうやらブチルアルコールを使うらしい。ブチルアルコールが道具屋に売っている異世界であることを願ってやまない。レターは最終的に「取りこぼしなく抽出できた気がする」と雑な感想を持って締められている。平和な時代である。無双したいのならこの時代に転生するのが一番かもしれない。


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