歴史・事実を知ることの大切さ
今回のハマス・イスラエル戦争では、イギリスを含むヨーロッパとアメリカでは、一方的にイスラエル寄りの報道が多いのですが、ユダヤ系カナダ人のトラウマを専門とする精神科医のGabor Mate(ガボール・マテ)さんが、興味深く、人間的な共感に満ちた対談を行っていました。
ガボールさんを含めた他の人々の興味深い対談も含まれるPodcastは、 ここ から聴けます。
英語が理解できるということは、さまざまな思想にあい、自分の考えをひろげることにも役立ちます。
ガボールさんは、1944年にハンガリーに生まれ、母方の祖父母はユダヤ人であることが原因でアウシュヴィッツで殺されました。ガボールさんはまだ赤ちゃんで、彼の命を守るため、両親は、ガボールさんを見ず知らずの人に数週間預けざるを得ませんでした。
両親は、ホロコーストを生き延びます。
第二次世界大戦後は、特に東ヨーロッパでは大きな政治的な変化があちこちで起こりました。
ガボールさん家族が住んでいたハンガリーは、ソビエト連邦の支配下にありましたが、市民の抵抗が高まり、ハンガリー革命が1956年に起こりました。
あっという間にソビエト連邦に残虐におさえこまれ、1万7千人以上が死亡し、20万人以上が難民となりました。
ガボールさんも、10代でしたが、このときに難民として、カナダに移民せざるをえなくなります。
そのため、ガボールさんは、別の国に支配・占領され、言論の自由がなかったり、基本的人権が尊重されず抑圧される体験をしています。
この占領され抑圧される側にいた経験は、ガボールさんが、パレスチナとイスラエルの関係性を語るときに、多くのユダヤ系イスラエル人とは違う視点をもつことにもつながっているのでは、と思います。
ガボールさんは、実際にイスラエルに占領されているパレスチナ地域を精神科医として訪れる前は、シオニストの「ユダヤ人が安心して暮らせるユダヤ人の国をつくる」という思想を信じていたそうです。
でも、イスラエルという国が、原住民(パレスチナ人)への複数の虐殺事件、原住民の搾取、武力や暴力をつかっての原住民の大量追放を行うことで成立した国であることを目の前にします。これは歴史的に明らかなことで、ガボールさんにしてみれば、議論を呼ぶようなことではありません。
そのため、ガボールさんはもっと長期的な視線でこの戦争をみています。
ガボールさんは、現在の状況は、歴史的なコンテクストをみることなしに、理解することはできないし、現在の(イスラエルによるパレスチナ人への)占領と抑圧が続く限り、現状から動くことはできないとしています。
また、ガボールさんは以下のようにも述べています。
現状を、「脆弱な(イスラエル人とパレスチナ人の)共存」という人もいますが、共存はどこにもありません。
ここにあるのは、ウエストバンクにおける(パレスチナ人)への抑圧と周期的に起こる(イスラエルからのパレスチナ人に対する)虐殺、(イスラエルによるパレスチナ人の所有する土地の)占領、長年絶え間なく続く(イスラエル人たちが)パレスチナ人を自分たちの家から(暴力や嫌がらせによって)追放することです。
ガボールさんは、占領されているパレスチナを3回訪れたそうですが、毎回、パレスチナ人の苦難を目の当たりにして、泣くことを止められなかったそうです。
ガボールさんは、イスラエルの牢獄でレイプされたパレスチナ人女性の治療に関わったこともあり、イスラエルの多くの国際法違反が、長年国際社会から許容され続けてきたこともよく知っています。
なお、国際法違反にあたりますが、イスラエルが多くのパレスチナ人の子供や人々を、裁判や起訴状なしで逮捕して長期間牢獄に入れていることもよく知られています。多くの子供たちは、イスラエル兵士にひどく扱われて、それに反応して石を投げたり抵抗したことで、突然夜中に逮捕され、家族は子供がどこに連れて行かれたかも知らされず、子供なのに独房に入れられたり、拷問にあっていることも知られています。イスラエルは、西側諸国からは、「中東の唯一の民主主義の国」とよばれていますが、法律はユダヤ系イスラエル市民に対して平等に適用されても、パレスチナ人には適用されないことは、よく知られていますが、国際社会は目を背け続けています。
ガボールさんは、大胆な提案を行います。
ガボールさんは、1967年以降に追放されたパレスチナ人に、彼らの先祖代々の土地を返還するべきではないか、としています。
ガボールさんは、歴史・事実を教えることの大切さも痛感しています。
ガボールさんはカナダに長年住んでいますが、この国は原住民を消し去ること、抑圧すること、原住民のナラティヴを完全に否定することによって成立しました。
カナダでは、数十年前まで、寄宿舎学校に原住民の子供たちを押し込め、ひどい暴力や虐待を行ってきたことが証明されています。子供たちは、原住民のことばを話すと、ピンで舌を刺されたそうです。多くの子供たちは、ここで死にました。
でも、多くのカナダ人は、この事実・歴史を知らないそうです。
同様に、(ユダヤ系)イスラエル人たちも、パレスチナ人の経験した苦難の歴史を知りません。
彼らは、(イスラエル建国時の)1948年に、イスラエル軍による複数のパレスチナ人虐殺事件で、大多数のパレスチナ人が殺されたことも知りません。
彼らは、占領され抑圧されてきたパレスチナ人の経験の歴史を知りません。
これらの知識の欠如により、10月7日の攻撃は、単なる別の「反ユダヤ主義」攻撃だと、彼らには捉えられています。
私は、(イスラエルの)防御したいという望み、復讐したいという望みすら理解することはできますが、ここにはパレスチナ人が(イスラエルに)抑圧されてきた経験を知ることが欠如しています。
原住民を追い出すことによって作られた西側の国々の多くの人々も、抑圧される側の経験(植民地、占領等で人権も自由も奪われる)の歴史を知りません。だから、もしあなたが、私に、どうこの状況から前進するかと聞かれたら、私たち自身に、両方の側の実際の経験を知る・学ぶようにしましょうといいます。片側(通常、歴史のナラティヴとなるのは、支配者側のナラティヴで、支配され抑圧された側のナラティヴは消される)だけでなく。
ガボールさんは、イスラエル政府とアメリカ政府、イギリス政府が繰り返す「イスラエルには自衛権がある(=ハマスを倒すという目的のためには、市民が巻き添えになるのは仕方ない。イスラエルだけがいつ戦争を止めるか決めることができる)」という定型句に、明快な疑問を投げかけます。
※もちろん、10月7日にテロリスト組織ハマスが行ったイスラエル市民の殺害は、どこにも正当性のない、あきらかな戦争犯罪です。
「どの国にも、自己防衛権はある。でも、イスラエルには、(パレスチナの)人々に占領を押し付ける権利はない。私はハンガリーに生まれ、ソビエト連邦の占領に対してのハンガリー革命が起こった後、難民となりました。
ロシア人たちは、自分たちが占領していたハンガリーの革命家への自己防衛権をもっていたのでしょうか?
私たちは、(イスラエルの自己防衛権だけをいつも話して)パレスチナ人がもつ占領に対して防御・抵抗する(正当な)権利については話しません。
イスラエルは誰に対して自己防衛するのでしょう?
80年近くにわたって(イスラエルが)殺害しつづけてきた数千人の人々から?
土地を盗み、家々を破壊し、罪のない子供たちを牢獄にいれ、拷問にかけてきた人々から?
これが歴史(事実)です。
この知識なしでは、イスラエルは自己防衛をしているように見えるかもしれませんが、誰に対しての自己防衛なのでしょう?
80年近くにわたって(イスラエルが)強制退去させてきた人々?」
国連の特別報告専門家のFrancesca Albanese(フランチェスカ・アルバネーゼ)さんを含む国際法の専門家たちも、ガザはイスラエルが占領しつづけている地域で、占領地域に対して自衛権の行使は認められていない、としています。
もちろん、イスラエルには、戦争犯罪であるテロリスト組織ハマスのイスラエル市民殺害に対して、自国民をを守る対応・対策や、占領地からイスラエル市民が住む地域へと飛ばされてくる爆弾に対応する権利はあります。
でも、ここには無差別に市民を爆撃で殺したり、水や食料・燃料等をほぼ完全に止め、市民に対して包囲攻撃をすることは含まれません。
占領地域のパレスチナ人には、占領者に対して抵抗する権利(武力行使も含む)はありますが、もちろん、占領国側の市民を標的にするもの(市民の殺害や市民への暴力、市民の住む地域への無差別爆撃等)は国際法違反です。
ただ、非暴力抵抗として歴史的にもよく使われてきた、製品不買(今回は、イスラエル製品不買運動)は、あっという間に「反ユダヤ主義」として国際的に違法となり、イスラエルだけが例外的に扱われることに、長年植民地支配に苦しんで抵抗を続けて独立を勝ち取った国々を中心に、疑問の声も上がっています。
国際法の解釈も完全に一致しているわけではないし、イスラエル政府は始終新しい解釈をもちこんで、パレスチナ市民の大量殺害を正当化しようとしていますが、上記の国際法の解釈と、ガボールさんの理論と気持ちが一致するようなことばには、納得できる強さがあります。
それは、モラルの明晰さなのかもしれません。
これは、残念ながら、現在に至るまで、西側諸国の対応に完全に欠けているものです。