ウクライナのゼレンスキー大統領 ー 「私はここ(キエフ)にいる」
ロシアのウクライナ侵攻は、日本にいると遠い場所で起こっていることにしか思えないかもしれませんが、ヨーロッパでは、ヨーロッパ大陸内と距離的に近いこと、多くのウクライナ人もヨーロッパで勉強したり働いたりしているので、私も含めて多くの人々がウクライナ人の知合いや友人がいます。
そのため、今回のロシア軍侵攻では、多くの人々が強い衝撃を感じています。
無力感を感じることもあるものの、私たちにできるのは、ウクライナで起きていることに関心を持ち続け、サポートし続けることでしょう。
ガーディアン紙の今日のポッドキャストでは、現大統領のゼレンスキーさんについて語っていました。
ここから、聴けます。
日本では、なじみがないかもしれませんが、ゼレンスキーさんは英語が流暢であり、イギリスではよく知られています。
冗談のように聞こえるかもしれませんが、ゼレンスキーさんは、コメディアン、俳優でもあり、大統領になる前は、「Serving to the People(人々に仕える、国民の公僕)」という題名のコメディードラマで、高校の歴史の先生役を演じていました。このドラマの中の先生は、ウクライナ人ならだれでもが経験・感じている政治腐敗やオリガーク(新興成金)に支配されていることに文句を唱え、最終的に大統領になります。
ゼレンスキーさんは、ロシアの南東部のロシア語スピーカー地区で生まれ育ち、彼の第一言語はロシア語です。ウクライナ語も母国語レベルで話し、英語もとても流暢です。法律学科を卒業した後は、コメディアンや俳優、劇作家としても活躍していましたが、ダンスでも賞を取ったことがあり、歌って踊れる大変才能にあふれる人だそうです。
祖父方は、ユダヤ系ロシア人であり、祖父の兄弟はホロコーストで殺され、祖父はソビエト軍の兵士としてナチスと闘いました。
ゼレンスキーさんが大統領になる前は、ウクライナの国民は、いつも同じ政党、同じ政治家、オリガーク(新興成金)が影の政府として政治や法律、多くの機関や団体、企業をコントロールする政治腐敗にうんざりしていました。
ゼレンスキーさんは、政界での経験は全くなく、「アウトサイダーとして、腐敗した政治を揺るがす」ということを掲げました。
ゼレンスキーさんは、大統領として働く初日に、通常ならリムジンで登場するところを、歩いて登場します。
彼は普通の市井の人であり、モットーである「適正で、まともで尊敬できる国へと変える」ということを行動でも示します。
大統領に選任されたとき、ゼレンスキーさんは41歳という若さでした。
彼の選挙での公約のうち、大きなものは、2つです。
政治腐敗をなくす
ロシアとの戦争を終わらせる(2014年にウクライナの一部がロシアの侵攻を受け占拠され、小競り合いが既に4年ほど続いていた)
政治腐敗に関しては、プーチン大統領にとても近いオリガークを家に軟禁、いくつかの罪に問うことで、人々を驚かせたそうです。今までは、絶対にどんな罪からも逃げ切るだろうと思われていたオリガークを数人逮捕したものの、全体的な仕組みまでは手を付けられていない、というのは大方の見方のようです。ただ、長年続いてきた政治腐敗を数年で終わらせるのは、誰にとっても不可能でしょう。
2つ目のロシアとの関係については、ロシア語が母国語であることからも、いくつかの停戦や小さな成功はあったものの、結局は大きなブレークスルーはありませんでした。
ロシアでゼレンスキーさんは「He is not the person of the system (彼はシステムに属した人じゃない)」と、よくよばれるそうです。
ここでいうシステムとは、セキュリティーや警察といったシステムを指しており、彼はシステムに所属していた人ではないので、ロシアからは軽く扱われます。
ちなみに、プーチン大統領は正にシステムに属している人で、諜報機関・秘密警察のKGBで長年働いていました。
また、コメディアンという経歴からも、彼は「弱い人」で「何かあれば真っ先に国を逃げ出すだろう」とロシア側からは思われていたようです。
今回の2022年のロシア軍侵攻の前に経験した難しい局面としては、アメリカの前トランプ大統領から、対抗者のバイデン氏の息子、ハンターさんがウクライナで行っていたビジネスから不正等のスキャンダルを探り出すよう、プレッシャーをかけられたことがあります。
既にロシアとは戦争状態にあったため、アメリカのサポートはウクライナの国家の生存に深く関わることでした。そのため、この件は、慎重に巧妙に扱う必要がありました。
結果的に、おおぴっらに抵抗したわけではないものの、トランプ氏には何も結果を与えず、妥協はしなかった、と見られています。
今回のロシア軍侵攻に関しては、アメリカやイギリスからのロシア軍侵攻の警告が何度かあったにも関わらず、「ロシアは侵攻しないといっているし、侵攻はない、パニックを助長させないでほしい」という発言を侵攻直前まで繰り返していたことで、批判もあります。
ただ、侵攻に対してあからさまに備え始めると状況をエスカレートさせる可能性もあったし、どこかでロシアはウクライナに攻め入ってはこないだろう、という希望的観測もあったのかもしれません。
こればかりは、もしゼレンスキーさんが今回の侵攻で殺されずにすみ、自伝を書く機会でもない限り、何が起こっていたかは誰にも分からないし、正解はないでしょう。
ロシア軍の侵攻が始まってからは、彼は不屈の精神を示し、ウクライナを一つにまとめています。
ゼレンスキーさんの強みは、正しいメッセージを、正しいタイミングで、正しいやり方で伝えることができることです。
メッセージは人間味にあふれており、多くの人々の感情をいい意味で揺さぶります。
ロシア語、ウクライナ語、英語が巧みなことから、ロシア語ではロシアの人々に「ウクライナとロシアは兄弟・姉妹であり、一つである。私たちは、永遠の友情と愛でつながれている」というメッセージを送り、ウクライナ国民には「ウクライナに栄光を、ヒーロー(ウクライナのために闘っている人々)に栄光を」と鼓舞し、国際的なコミュニティーには英語で、ウクライナへのサポートを辛抱強く効果的に呼び掛けます。
ウクライナは欧州連合やNATOに入りたいという希望は長年持ち続けているものの実現は夢物語だと思われていましたが、この5日間のうちに欧州連合への加盟アプリケーションを提出し、すぐに検討されるということで、不可能に見えた欧州連合への加入に希望が見えているのは、たとえ実現しなくても、ゼレンスキーさんの功績だと見られています。
プーチン大統領の誤算は、ゼレンスキーさんがあっという間に国を捨てて逃げだすだろうと思っていたのに逃げないことと、ウクライナ国民は抵抗せずにロシア軍を歓迎して受け入れるだろう、と思っていたのに、不屈の抵抗にあっている、というところにあるようです。
ロシア軍侵攻の初期には、ロシアから「ゼレンスキーは国外に逃げた」という偽情報を大きく流していましたが、ゼレンスキーさんが「私はここ(キエフ)にいる」と何度もキエフからビデオを流すことと、アメリカからの国外へのレスキューへの呼びかけにも「戦いはここにある。必要なのは武器。乗り物は必要ない。」と明言したことで、この偽情報のプロパガンダはうまく機能せず、現在はこのプロパガンダは放棄されたようです。
また、ロシア側は、「ゼレンスキーはウクライナをナチス化した麻薬中毒者だ」というプロパガンダを多用していますが、真実は前述したように、ゼレンスキーさんはユダヤ系ロシア人であり祖父の兄弟はホロコーストで殺されたことからも、このプロパガンダも機能していません。
また、ロシア国民の多くもウクライナ侵攻へは反対しているようです。
プロテストに参加すると牢獄へ入れられると分かっているものの、多くの人々がプロテストに参加しています。
モスクワでは、窓に「No War」と書いた小さな紙を貼っただけで逮捕された学生もいるそうです。
メディアは強く統制を受けており、Google検索でも「Invasion(侵攻)」という検索では何もでてこず、「Incursion (進出)」という言葉となっているそうです。
多くのソーシャルメディアもロシア国内では制限がかかかっているとのことでした。
ウクライナは、戦略・戦争専門家たちの予測に反して、抵抗してロシアの侵攻から持ちこたえているものの、軍隊の規模も設備も大きく違い、抵抗できる日数は限られているとみられています。
ウクライナでは、ウクライナ領空をロシアに対して閉鎖するよう国際コミュニティーに求めていますが、それは、NATOにとっては、ウクライナ領空に入ってきたロシア軍の戦闘機を打ち落とすことを意味し、第三次世界大戦になることが予測されるので、現在のところは、ウクライナへの武器の供給と、ロシアへの経済封鎖にとどまっています。
ロシア軍の戦闘機を打ち落としたとなると、ヨーロッパ中の国々にロシア軍から空爆や攻撃が起こることも十分考えられるとされています。
ロシア軍はさまざまな重要な供給路をストップし、武器の供給とウクライナの人々が隣国へ逃げることをとても難しくしています。
既に多くの女性と子供たちが困難を乗り越えて、隣国のポーランドやモルドバへと逃げ、難民となりました。
戦争が長引けば、この数はさらに増えると見られています。
既にEUはウクライナからの難民に3年間の滞在許可を与えることを合意しました。
イギリスは、ウクライナの難民の受け入れに消極的で、しかも条件をとても厳しくしていたことに国民からも議員からも批判が大きくあがり、イギリス国民とイギリスでの永住権をもつ人々の両親や兄弟・姉妹にもビザを発行するよう条件をゆるめることを発表しました。
国民の声が、政治に大きく影響します。
経済的封鎖については中期・長期にわたっては有効だと見られているものの、すでにプーチン大統領は経済封鎖に備えた経済対策を行っていることと、ヨーロッパはロシアからのガスに依存しているため、短期ではロシアへの経済封鎖はインパクトは限定的という見方もあります。
イギリスはノルウェーから大部分のガスを輸入している為、ロシアのガスへの依存はとても小さいのですが、ドイツやイタリアは大きく依存しています。ただ、これらの国々も、再生エネルギーへの移行をさらに加速することを表明しています。
ゼレンスキーさんについては、クレムリンは邪魔になる人々を無慈悲に殺すことで知られており、本当の意味での危険にいます。
今回も、殺せる機会があれば/作れれば、すぐに殺害されると見られています。
それでも、ゼレンスキーさんはウクライナの独立を守るために、ウクライナに残り続けています。
彼は、本当の意味でヒーローでしょう。
ロシアとウクライナとの交渉は続けられるようであり、ロシア軍の攻撃が止まること、ウクライナの人々の無事を願ってやみません。