テレビ東京100文字ドラマ「パスワードが間違っています」

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〈100文字ドラマ アイデア〉
サキはPCの前で焦っていた。mixiブログのパスワードが思い出せない。結婚前に中高生時代の黒歴史を消し去りたい。ペットの名前、元彼との記念日、好きだったバンド…パスワード探しで人生を振り返るうちにサキはある重大な事実に気がつく。

キャスト

サキ 1996年生まれ23歳。髪は健康骨までのストレートロング。東京都中野区出身。人生一生懸命が座右の銘の猪突猛進B型気質万歳の女子。子供の頃から周りの友達、兄弟、両親までも遊ぶことが大好きで何かをめざす環境に無かった。サキは一念発起夢をめざす。遊びには目もくれず勉強して区立富士見中学、都立富士高校、立教大学経済学部というコースで、損害保険会社おいおい損保入社。高校時代に純生とつきあって初体験したという黒歴史あり。中野坂上の実家を出て新中野で一人暮らし。

純生 1996年生まれ23歳。東京都中野区出身。サキの同級生にして、高校時代サキの初体験の相手。サキ黒歴史の台風の目。大学受験に失敗してガテン系の仕事をしている。両親が離婚し父が亡くなり母はひと周り下の旦那と再婚。さすがに家を出て東中野のアパートで1人暮らしをする。その後佳子と住むようになる。

佳子 1999年生まれ20歳。純生の彼女。中卒でキャバクラ勤め。お客さんの高坂の子供ができてしまう。

正樹 1995年生まれ24歳。新宿区出身。一浪で入った早稲田大学理工学部からおいおい損保入社。サキの同期。ひとことで言うと真面目。学校も会社も新宿の実家から通い、新宿区から出たことがない。大学時代も遊ばず勉強ひと筋。大学時代にアクチュアリー取得。サキはそこに惹かれた。しかし今まで女性とつきあった経験は無し。名古屋転勤を機にサキにプロポーズし、サキはそれを速攻で受けた。が・・・

高坂 1969年生まれ。50歳。佳子が勤めるキャバクラの常連客。佳子を妊娠させてしまう。

シナリオ

中野駅北口のベローチェ内。17時。
ガラス越しに来訪者が見えるところでサキは座って携帯を見つつ待っている。
サキはオフホワイトのブラウス、グレーのパンツスーツ。
回想
携帯の着信音が鳴る。
純生からLINEが入っている。
文面は、「幸せそうだね。」
サキM(純生は、あたしの高校時代の元彼。そして、初めての相手。そう、今となっては彼の存在自体があたしの黒歴史。その彼からいきなりのLINEがこれ。彼とは彼の父親の葬式以来なので、多分3、4年ぶりだろう。このLINEにはしばらく返信出来ず、とりあえずいても立ってもいられず会う約束だけしてしまった。)

ベローチェに純生が入ってくる。純生はワークマンでそろえたドカジャンとニッカポッカを着ている。足下はペンキで汚れている。だが、妙に似合う。
純生「ごめん。待った?」
サキ「そうでもないよ。元気そうだね。ちょっと痩せた?」
純生「かもね。なんか、色々あったからな。まあ、でも仕事が仕事だしな。」
サキ「3、4年ぶりくらいかな。あ、今仕事中?」
純生「とりあえず、大丈夫。ここんところ晴れ続きなんで明日早く行って仕上げちゃうからって、出てきたから。」
サキ「ごめんね。時間とってもらって。あたしも今日はテレワークで直帰にしたから。」
純生「あれだろ、mixi。消したいんだろ。」
サキ「ごめん。まさか純生が更新しているとは知らなかったので。」
純生「更新はできないよ。書き込んでただけだよ。サキのこととか。」
サキ「あのね、パスワード忘れちゃったんだ。」
純生「管理者に聞いたら教えてくれるんじゃない?」
サキ「メールアドレスとかは聞いてわかったんだ。当時の携帯電話番号。あれから3個目だし。わかんなくなるよね。本当に。でもパスワードはわかんないんだって。」
純生「で。どうすればいい。」
サキ「投稿を消して。特にさ、高校の時のあれとかこれとか。何で今さら書いてんの?信じられない。そういうのって、今でいうところの個人情報漏洩でコンプラ違反だからね。」
純生「え。てんぷら?あ、天ぷら食べに行く?(完全なボケ)」
サキ「もう、バカもほどほどにして。」
サキは頭を抱える。髪をくしゃくしゃにして。
純生「わかったよ。消します。用件は以上かな。」
サキ「ありがとう。純生、なんか大人になったね。変わった。」
純生「おかげ様で。じゃ、そういうことで。お元気で。」
純生は伝票を持って立ち上がった。レジで2人分の支払を済ませた純生はふり向きもせずに外へ出た。サキは一瞬間を置いて、すぐベローチェを飛び出て純生を追いかける。
サキ「純生。」
中野サンプラザの楽屋裏付近まで歩いていた純生は立ち止まり、ふり向く。
純生「何?」
サキ「天ぷら、食べて帰らない?」
純生「え。ああ、そうだね。行こうか。どこ行く?」
サキ「あたしたちは多分中野を絶対に出ない無精者だからねえ」
純生「じゃあ、ブロードウェイの2階の住友行こうか。久しぶりに。安いし。」
サキ「久しぶり!!」
中野ブロードウェイ2階の住友内。2人とも天ぷら定食(790円)を頼む。
純生「まあ、もう日が暮れたし、ビールもいただきますかね。」
純生はエビスの瓶を頼んでグラスに注ぐ。
純生、サキ「かんぱーい」
純生「ブロードウェイの東側のちょっと狭い道があるでしょう。」
サキ「あ、ヤミヤミカレーとかある筋でしょう?」
純生「あそこって、オフブロードウェイっていうの知ってた?」
サキ「え。知らない。」
純生「先輩に教えてもらったんだ。で、そのまた東に1本あるんだけど、ほとんどキャバクラばっかだけどさ。ここがオフオフブロードウェイって言われててさ。」
サキ「その話って、なんか意味があるの?」
純生「無いかなあ。無いな。」
サキ「揚げたて、来たよーー!わーーい!!」
サキ、天ぷらに感動している。
純生「親父の葬式、ありがとうね。嬉しかったよ。」
サキ「その後、おばさんどう?大丈夫?落ち込んでない?おじさん、早かったしね。」
純生「結婚したよ、お袋。何か、ありえねえくらい若い旦那でさ。36とか言ってかな。」
サキ「えーーー。おじさん亡くなってまだ三回忌終わったばっかじゃなかったっけ?」
純生「しかもデキ婚だってよ。参るよ。妹ができちゃったよ。えーと、22歳離れてんだな。お袋、45歳、ある意味少子高齢化に貢献してるっちゃ、してるわけなんだけどさ。親父と離婚する前から怪しいとは思ってたんだけどね。」
サキ「・・・・・(絶句)」
純生「で、今、工務店で力仕事で朝も早いし。その36歳の父ちゃんって、俺的には無理なんで。わかるか?でさ、もう家出たんだよ。今、東中野。日本閣のすぐ近くに安いアパートがあったんで。」
サキ「おばさん、やるなあ・・・・」
純生「本当に女って何なんだかね。お袋が女丸出しって、どうよ。サキの母ちゃんて普通じゃん。いいよなあ。」
サキ「普通じゃないよ。」
純生「普通だよ。ちょっとお気楽なだけ。」
サキ「あたしとは合わないなあ。だからあたしも家出たわけ。お気楽な家族とはやってらんないわよ。」
純生「俺、今女と住んでんだ。」
サキ「そうなんだ。」
純生「で、子供ができた。」
サキ「え!それ、って、おめでとう?」
純生「じゃないんだな。俺のガキじゃないんだ。」
サキ、また絶句。
純生「佳子ってんだけど。仕事明けによく行く、ああ、さっきのオフオフブロードウェイにあるキャバクラの子でさ。ガキはその店の常連のおっさんの子。もちろん、妻子ありだけどな。」
サキ「どうすんの。」
純生「結婚するよ。」
サキ「え。そうなんだ。」
天ぷら定食の天ぷらがどんどん出てきて2人は“食べ”に専念する。サキのモノローグは2人が天ぷらを食べている映像に被る。
サキM(純生が大人に見えた理由が痛いほどわかった。高校生の時はあたしの身体ばかり求めて全然勉強しなくて盛りのついた犬状態だった純生が、ほんの数年で違う人になった。なんだか、会うまでは会いたくなかったけど、会ってよかったと思ってる。)

それからサキは多忙な日々を過ごした。映像はお客様に会ったり、電話したり、というシーンを静止画像で、時々動画を入れる。

東京駅。発車ベルが鳴る。先程のサキが忙しく働いてきた1週間の映像に、発車ベルが被る。
サキの映像と東京駅が交互に。そのバックは発車ベルの音。新幹線のアナウンスがけたたましく響く。
サキ「気をつけてね。休み取ってるからすぐ行くね。変なもん食べちゃダメよ。」
正樹「大丈夫だよ。今日はありがとう。僕は実家から学校も会社も通ってたんで、新宿区を出たことがなくて、今回初めての地方勤務で。でさ、初めての一人暮らしだからなあ。なんかわからないけど、でも楽しみなんだよね。名古屋って街も。」
サキ「あたしも楽しみ。ひつまぶし、とかね(笑)」
正樹「わかった。食べに行こう。じゃあ、週末待ってるよ。」
サキ「仕事もあるから部屋片さなくていいよ。今週、ホテルから通勤するんでしょう?」
正樹「うん。今週は挨拶回りだから。けっこう毎日遅くなるかも。歓迎会もあるしね。」
サキ「ほら、もうドア閉まるよ。」
正樹「じゃあ(週末待ってます)・・・・」
と、言葉の最後はドアが閉まり聞こえなかった。

サキM(新幹線のホームでの見送りはドラマチックでなんとなく楽しかった。ほら、ユーミンでそんな歌なかったっけ。)

サキの部屋。サキは風呂上がりに髪を乾かしている。
サキの携帯にLINEのメッセージが届く。

純生LINE(子供が死んだ。)
サキ「え、どういうこと?」
サキはすぐ純生に電話した。
サキ「どうしたの?」
純生「わからない。今、病院から帰ってきたんだけど。」
サキ「え、電話してていいの?」
純生「佳子は今夜入院するから。」
サキ「わからないって、何?」
純生「連絡を受けて産婦人科に行ったら、佳子と、その、連絡してきたおっさん、高坂っていうんだけど、いてさ。残念ながら子供さんは亡くなりましたって。」
サキ「流産ってこと?」
純生「そうなのかな。俺はわかんない。」
サキ「純生、今どこ。」
純生「家だよ。」
サキ「会えない?」
純生「いいよ。疲れてるし。ごめん。切る。」
しばらくサキはじっと部屋で考えていた。
おもむろに上着を取り、靴を履いた。
青梅街道に出るとタクシーは走っているが、ほとんど新宿から客を乗せたばかりだった。
サキは中野通りを北へ歩き1台見つけて乗り、10分で東中野の純生のアパートに着いた。
どんどんとドアを叩く。呼びりんを鳴らす。
サキ「純生!いるの?開けて!」
返事はない。
純生「あれ。」
サキの後ろから純生の声がした。
サキ「純生。」
純生「飯買ってきたんだよ。弁当。ビールも。来てくれたんだ。ありがとう。まあ、とにかく入れよ。寒いし。」
ドアを開けて純生はサキに「入れ」と促した。
純生(と、佳子)の部屋。純生のものと一緒に佳子の化粧品などが雑に置かれている。
純生「俺が電話したのがまずかったんだな。余計な心配かけちゃって。」
サキ「そんなことないよ。純生がそんな時にあたしは黙ってらんないよ。」
純生「ありがとう。あ、俺食っていい?」
サキはクスッと笑って頷いた。
純生「あ、なんか、ビールとか飲む?」
サキ「いい。いらない。」
純生「子供さ、流産じゃなくて降ろしたのかもしれない。」
サキ「え?」
純生「わかんないけどね。先にあのおっさんがいたし。どうなってるのかまったくわからなかった。まあ、俺が旦那ってわけでもないから。」
サキ「純生にとって大事な人なんでしょう?佳子さん。」
純生は答えず、弁当を食べている。サキは部屋に転がっていたCDを手に取る。
サキ「あ、これ。高校の時に好きだったゆりゆり帝国。懐かしい。確か、書いてたよね。鬼のように。」
純生「うん。ライブレポート凄かった。勉強ばっかしてると思ったら遊んでんじゃん。」
サキ「これは息抜き!ああ、これも黒歴史。出待ちとかで帰るのが遅くなってもうちの親は何にも言わなかった。それはありがたかったかな。にしても、これも絶対消す!」
純生「誰も見てないよ。」
純生は自分のPCの電源を入れサキのmixiに入る。画面を2人で見ている。
サキ「あ、高校の時に死んだうちのケンタロウ(犬)だ。もうあの時で16歳くらいだったかな。人間だと80歳以上だよね。懐かしい。これは消したくない。」
純生「どうすんの?」
サキ「消す。だって、あたしは結婚するんだから。」
純生「サキ、ありがとう。もう遅いから帰んなよ。」
サキ「・・・・うん。」
部屋を出てタクシーを拾う。
サキM(やっぱり、純生は変わった。あたしは、もしかしたらそれを寂しがってる?そんなバカな。)

翌日、東京駅。新幹線が静かに動き出す。
正樹のマンションの前。部屋の番号を押す。
サキ「来たよ」
正樹「あ、早や!待ってて。」
玄関ドアが開く。
5階の正樹の部屋の前で再会。
正樹「時間わかってたら名駅(めいえき)まで迎えに行ったのに。」
サキ「めいえき?」
正樹「名古屋ネイティブじゃ、名古屋駅を名駅というんだよ。」
サキ「うふふ。にわか、名古屋人だね。」

部屋を片つける、買物へ行く、ひつまぶしを食べている、街の夜景
それらの静止画。BGMは軽めの曲。

新幹線の中。
座席でサキはぐっすり寝ている。
サキM(正樹の部屋に泊まったけど、彼はあたしには何もしなかった。寂しいとかそういうのじゃなくて、人って全然違うんだなと思ったよ。)
サキは突然目が開き叫ぶ。
サキ「わかった!純生の実家の番号だ!」
サキM(突然、パスワードが降りてきた。それはどういう意味なのかわからなかったが、これで黒歴史は消去、あたしは後ろ指刺されることもなく、こともなく・・・・結婚・・・・)

サキの部屋。
Enterをポンと押す。サキのmixi内の投稿は全て消えた。
サキ「どこまでも、純生が関わってくるんだね。でも、これで全ておしまい。」
サキM(ほんと、か?サキ。ほんとにおしまいか?)

本社のロビーで。正樹が昇格のための研修を本社で受けていた。サキとの待ち合わせを1階ロビーにしたのはかなり大胆だったかもしれない。

サキ「もう終わったの?研修。」
正樹「うん。サキは?」
サキ「今日はフレックスで、16時上がり。」
正樹「そうか。よかった。」
サキ「今まで時間潰してたの。社食のまずいコーヒー飲んで。」
正樹「まずいかあ。けっこう僕は好きなんだけど。」
サキ「おいしいコーヒーを飲んだことが無いからそんなこと言うんじゃない?」
正樹「じゃ、飲ませてよ。」
サキ「喜んで!」

PAUL BASSETT新宿の店内。

サキ「エスプレッソで気軽に飲めるのはいいと思いませんか?」
正樹「うん。うまい。しかも、けっこう遅い時間までやってるよね。」
まだ時間が早いせいか、人もまばらだ。

正樹「そうだ。今日は式の日取を決めようと思って。」
サキ「うん。」
正樹「その前に。ちゃんと言っておこうと思って。」
サキ「何を?」
正樹「純生のこと。」
サキ「え。」
正樹「昨日で見れなくなったけど、僕はサキとサキのmixiにコメントしてる純生の熱心な読者だったんだ。あ、サキ、昨日消したんでしょ。パスワード思い出したんだ。サキのmixiに書かれていてことというより、純生がコメントしていたことは、つい最近のこと。それを僕は全部見ているという前提で、話さないとと思って。」
サキ「正樹、何も言わないの」
正樹「何を?」
サキ「だったら、そのことも言わないでいてほしかった、って言ったらそれってまちがってる?」
サキ「ごめん。今日は帰る。」

夜道を歩いているサキ。
サキM(ショックというより、あたしはずるい女だよね。因果応報だ。これはさ。結婚とかそういうモノ以前の話。人としてね。というレベルだよ。)

サキの部屋。携帯電話が鳴る。純生からだ。
サキ「いつもLINEなのに。」
純生「ああ。仕事?」
サキ「家。」
純生「そうか。」
サキ「何よ。もったいつけちゃって。」
純生「いや、色々と心配してくれたし。」
サキ「言っとくけどね、今更、無いからね。あんたとは。」
純生「結局、佳子は高坂さんのところへ行った。」
サキ「何それ。」
純生「以上。ありがとう。」
電話は切れた。
サキM(このまま、ふーんとか、あっそうなの、とか言ってビール飲んで寝ろと。ふざけんじゃないわよ。)
サキは鍵を取り、玄関を開けた。純生が立っていた。
サキ「なんとなく、電話の声が近かった気もするけど。想定内かな。」
サキM(嘘だ。超ビビってるくせに。)
純生「こんばんは」
サキ「入ったら。」
無言で純生はサキの部屋に入った。
サキM(多分、いや、確実にあたしはずるい女だ。でも、性格上ふた股とか浮気とかそういうのはできない。できない。できない。だから、今夜から、新しい黒歴史が始るんだ。)

サキのアパートの全景。しばらくして、窓の電気が消える。

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