「地域で豊かに住まう」を問い続ける山村テラス(長野県佐久穂町)
はじめに
日本各地に存在する空き家を、地域が抱えている課題解決の糸口にできないか。その思いで始まったTHEDDO./スッド。
noteでは、THEDDO.メンバーの活動記録や空き家に対する思い、考えを発信するほか、既に各地で空き家問題や新たな場づくりに取り組んでいる方々への取材記事も掲載。空き家問題や空き家の改修・利活用を考える人々にとってヒントになるようなお話を紹介していきます。
プロフィール
今回取材したのは、「山村テラス」の代表、岩下大悟さん。
長野県佐久市(旧浅科村)出身。2014年に長野県佐久穂町にてセルフビルドの小屋「山村テラス」をオープン。以降、同町に「月夜の蚕小屋」「ヨクサルの小屋」、佐久市望月に「木馬のワルツ」と計4件の宿泊施設を展開しています。
※セルフビルド:自分で住宅など建物を設計し、建築すること。
山村テラス以降の建物は、職員宿舎や別荘など、誰も使わなくなった建物を全て自らの手で改装したもの。しかも岩下さんは建築・設計関係の職業に就いたことはなく、全て独学で作り上げています。
なぜ、セルフビルド・セルフリノベーションに取り組んだのか。
そこには、「地域で生きること」「豊かに生きること」への飽くなき探究心がありました。
空間づくりの入り口は、実家の屋根裏部屋
岩下さんが「空間づくり」の世界に触れた最初のきっかけはお父さん。猟師小屋を安く買い取り、自身で修繕している姿を間近で見ていたことから、建物を直すという行為へのハードルが低かったと話します。
岩下さん自身が建物の改修に初めて取り組んだのは高校を卒業し、浪人生だった頃。2階にあった自分の部屋をつなぐ外玄関をお父さんと共に作り上げました。
「屋根裏部屋みたいな小さい部屋なんですけど、部屋に続く階段が居間にあって、友達を部屋に入れるのにそこを通らないといけないのが嫌で作ったんです。1階は普通の生活感のある家だけど、外玄関から入れば屋根のてっぺんまで行けて、星を見ることができて。2階は自分にとって冒険心をくすぐる特別な空間でした」
その経験をもとに建築関係の勉強を…と思いきや、「勉強はものすごく嫌いだった」と岩下さん。バイクが趣味だったことから大学では機械工学を学び、在学時にバイクで日本を一周。各地の美しい景色に出会い、地域に対する思いが強くなっていったと話します。
初めて「セルフビルド」をしたのは大学を卒業して社会人になってから。「出会って10周年を記念して何か特別なことをやろう」と、高校時代の友人たちとゴールデンウィークの計画を話し合い、「小屋を作る」というアイデアに決まったのが始まりでした。
友人のおばあさんの土地を借りて始めた小屋づくりでしたが、ほぼ全員が建築に関する知識がない素人。ゴールデンウィーク中に完成させる予定が、出来上がったのはベニヤ板で作られた床のみだったため、休日にみんなで集まって小屋を作る日々が続きました。
「やっぱ形になっていくっていう様が面白かったですし、やりながら、これは田舎じゃないと、地方じゃないとできないことだなっていうのはどっかで思っていましたね。今この時間が価値だなって」
9月には屋根と外壁が完成しましたが、近づいてきた寒さも相まって全員の熱量が落ち着き、小屋づくりは終了。岩下さんは会社を辞め、かねてから行きたいと考えていたフィンランドに旅立ちます。
フィンランドで知った、豊かさのもう1つの視点
「田舎に住んでいたからかもしれないけど、『田舎は過疎が進んじゃってダメだ』とか、『なんとかしなきゃいけない』って植え付けられて育ったところがあって。でも、フィンランドは人口500万人くらいしかいなくて日本よりもずっと田舎。そういう人たちが何を価値だと考えて、どういう社会を築いているのかを知りたかったんですよね」
社会で3年働いたら、自分の人生の方向性を決めようと考えていた岩下さん。自分が好きなもの・興味のあることが詰まったフィンランドで夏と冬の3ヶ月間、旅やホームステイを行います。
岩下さんに大きな影響を与えたのが、フィンランドのサマーコテージの文化と、Airbnbで自宅での寝床を提供していたユッカさんとの出会いです。
※Airbnb:アメリカ発の民泊仲介サービス
サマーコテージとは、普段住む家とは別のセカンドハウスのこと。日常の喧騒から離れ、自然の中で友人や家族と共に過ごすことをフィンランドの人々は何よりの価値にしているといいます。
コテージ自体も自分たち自身で建てることも多く、コテージを建てるためのキットも販売されているのだとか。シェアリングやレンタルサービスも展開されています。
「日本の別荘と違って簡素的なものが多く、電気も水も通ってなくてサウナが一緒になっている小さなログハウスみたいな感じ。湖のほとりにぽつんぽつんと建っていてそこでビール飲んで、サウナ入って、湖に飛び込んで、焚き火して…1日ゆったり、自然の中で何も持たずに時間を過ごす、本当に何にも追われていない時間というのは初めての経験でした」
ユッカさんは、フィンランドのラップランドの森の中にある祖父が暮らした古い家に移住し、修繕をしながら自給自足の生活を送っている青年。Airbnbを通して、岩下さん以外にもゲストを迎えていました。
「いろんなゲストが立ち替わり来て、暮らしを一緒に体験して、いい時間を過ごして…ゲストの人生観や生き方に影響を与えているのを見た時に、強いな、すごいなと。土地に根を張って自分なりの生き方を自分で選択して体現していることの価値を感じました」
「田舎にいると、どうやって首都圏から人を呼んでくるか、どうやったら注目してもらえるかって、他人軸の議論が飛び交っていて。でも、田舎に人がいなくなっちゃったのは、自分たちの世代に合う暮らし方や働き方が無いからだと思っていて。自分たちはこの地域でどう楽しく生きていくか、いい生き方をするか、暮らしていくかって考えがあまり無い印象がありました」
フィンランドのサマーコテージのように、自分もあの小屋で何か実現してみたい。そう思いながら帰国すると、フィンランドでのカード払い生活により貯金が底をつき、かつて暮らしていたアパートに住めない事態に直面しました。
その空間の在り方を、自分が考えることの面白さ
住む部屋を失い、あるのは屋根、壁、床だけの小屋。
途方に暮れてしまうような状況ですが、フィンランドでサマーコテージとユッカさんの生活を知っていた岩下さんは、なんとかなるかと小屋の修繕と自給自足的な生活をスタート。
土地を持っていた友人の協力を得ながらトイレや窓など内装作りを進め、2014年に「山村テラス」が完成しました。
完成後、ユッカさんに倣って自身もAirbnbに「山村テラス」を掲載。海外から多くのゲストが訪れるようになりました。
しかし、セカンドハウスとして利用するサマーコテージと違って、自分自身も「山村テラス」に暮らす身。約7ヶ月間ゲストを受け入れ共同生活を続けていくうちに、その暮らしに違和感を持ち始めます。
「ユッカも小屋の近くにサマーコテージを持っているんです。『森の中に住んでいるのに、必要なの?』って聞いた時に『家っていうのはどこまでいっても日常に追われる忙しい場所なんだよ』って。サマーコテージは、何も持ち込まずにまっさらな時間を楽しむ場所で、そこに価値があるんですよね」
「山村テラスには全部が入っちゃっているなと思って。山村テラスを貸し切って過ごすお客さんもいたんですけど、その様子を見て、ここに日常や生活感は無い方がいいなと気づきました」
「山村テラス」を出て、近くの空き家へ住まいを移した岩下さん。2軒目の宿泊施設である「月夜の蚕小屋」は、住居の敷地内にあった古い蚕小屋です。使わないものがとにかく詰め込まれ、ゴミ屋敷と化していましたが、中は暖かく傷みも少なかったため、冬は自身の住居、夏はゲストハウスとして貸し出そうと自身で一からリノベーションしました。
リノベーションをする際に意識したことを聞いてみると、建物が持っている雰囲気は残したかったとのこと。
「大家さんの息子さんに『よくこんなところでやるね。昔からここは物が押し込まれていて、俺も入ったことない。なんかおっかねえじゃん』って言われたんですよね。その言葉がずっと残っていて、蔵とか小屋の持つ、薄暗いけど冒険心をくすぐる雰囲気は絶対に崩したくないなと。なので、新しい材料はあまり使わず、その場から出てきたもので作っていきました」
元の建物に対して、自分が魅力だと思った部分をそのまま活かしながら、自分の手で自分好みの空間に仕立て上げていく。施主・設計士・大工の三者がそれぞれの立場で進める現在の建物づくりではなかなか達成できないことであり、セルフリノベーションの醍醐味の1つです。
「変化していくっていうのが楽しいですよね。ボロボロだったものが、自分が手を動かすことによって明らかに良くなっていく。『あー、風景が整ったな』って。自分が病みつきになっちゃったのはそこですね」
建物に触れる、地域に触れる
空き家といっても、2つ種類があると思うんですよね、と岩下さん。
1つは、団地や普通の家屋など「生業」が付属しない、住むだけの機能を持った住居。
もう1つは、地方の古民家などで見られる、納屋など「生業」が共にある住居。
後者のような住居の方が基本的には寿命が長く、人の感情や思いが一緒に残っていると話します。
「作業していると近所の人によく話しかけられるんです、『俺、子供の時にこのおじいさんの家に遊びに行ったんだよ』とか。普段は思い出さないけど、建物が変わっていくことによって掘り起こされる記憶があるんだと思います。僕もそれで近所の人と交流ができたり、こんな人が住んでいたんだって初めて話を聞けたり。建物を通して関係している人は結構多いんだなって」
周辺に暮らす人々が教えてくれる、土地の歴史や思い出話といった「過去」に触れながら、自分がいなくなった後も続いていく建物の「未来」に思いを馳せる。
セルフリノベーションは、建物をただ修繕する行為ではなく、自分がその空間でどのように暮らしていきたいのか、自分と対話する行為であり、地域の記憶やコミュニティに触れる糸口にもつながっています。
どんな空間を作るのか、目の前の壁を見つめながら考えるのと同時に、集落全体をどのように暮らしやすい場所にしていくのか、俯瞰的な視点を持つことも大切。
全ての空き家を改修する必要はなく、時に思い切って壊すという選択も取りながら、その土地で豊かに暮らす方法を考える上で、空き家にもまだまだ果たせる役割があると岩下さんは語ります。
「持ち主がいなくなれば、共に家も終わっていくっていう感覚を払拭していきたいなっていうのはありますね。人が住まなくなって、放置されて、終わり。じゃなくて、直したり、人の手が入ったり、別の用途があれば、続いていくものなんだよっていうのを伝えていきたいなと思っています」
<編集後記(スッド)>
今回THEDDO.を始めようと考えたときに、初めにお声がけしてみようと考えていたのが、山村テラスの岩下さんでした。
山村テラスにも何度か滞在させていただき感じていたこととして、岩下さんの場づくりが目指すのは、改修やリノベーションという言葉を超えて、まさに「地域や周辺環境に違和感のない、家と場所の記憶の紡ぎ直し」というような感覚を感じていましたが、今回はなぜそのようなセルフビルドと場づくりに至ったか、その思いの根幹をお聞きすることができました。
改修やリノベーションに止まらない、その地域ならではの豊かな暮らしの再構築。セルフビルドが生む新たな可能性に、THEDDO.もこれからより一層ワクワクしています。
(編集・執筆 坂本彩奈)