『マザー・テレサ』

「マザーテレサ」

～某月某日、雨の音が響き渡る店内、都内某所にあるひっそりとしたバー、カウンターには一人の雑誌編集者らしき女が座って人を待っている様子

～雨の音を聞きながらジッと誰かが現れるのを待つ

愛川　雨か……

～ため息混じりに呟くと愛川は手帳を取りだしこれまでの状況や質問次項等を確認する

愛川　……あなたが姿を消した日も雨だったんですよね？

～雨が強く降る音

愛川　…この雨音があなたの叫び声を消したんですか？犯人達の証拠を消したんですか？……この手帳にはあなたの事ばかり書いてます、けど、ここ数ヶ月はずっと白紙です、あなたの言葉、いかに良い仕事をしたかよりも、どれだけ心を込めたかです……

～愛川は寂しそうに笑みを浮かべ

愛川　心の込め方足りないんですかね

～いつの間にか店の入り口に一人の男が立っている、雷が光り男を照らす、男の名は竹田一郎、愛川は竹田に気付き立ち上がる、しかし竹田の異様な雰囲気とあまりの殺気に暫く声が出ない、やがて竹田は絞り出す様な低い声で

竹田　……一人か……？

愛川　…あ、は、はい……竹田さんですよね？

竹田　店員もいないのか？

愛川　営業時間外にお願いしたので店の方はいません

竹田　…何が聞きたい？

愛川　あの、申し遅れました、私は月刊月夜の編集者をしております愛川と申します、改めましてこの度は…

竹田　聞きたい事だけ話せ、あと先に金…

愛川　あ、あの、こちらになります

～愛川はカバンから茶封筒を取りだし竹田に渡す、竹田は乱暴に奪い中を確認する

竹田　おい…半分じゃねえか？

愛川　お話をお伺いしてからあとの半分をお渡し致します。

～雨の音が更に大きく鳴る、二人は無言でにらみあっている

愛川　どうぞお座りください

竹田　いい、さっさとしろよ

愛川　じゃあお伺い致します、ネットでお願いした様に2005年6月釜谷地区で起きた女性医師殺人事件の真相についてです、あなたが知っている事を全てお話してください。

～沈黙が走る、竹田は愛川を睨みながら

竹田　あんたいくつだ？

愛川　は？

竹田　まだ若いよな？

愛川　私の年齢が話と関係あるんですか？

竹田　あんたはこの国が平和な国だと思うか？

愛川　何が言いたいんでしょう？

竹田　人が死んでもニュースにも新聞にも載らない地域が現実にあるのは知ってるか？

愛川　釜谷地区の事を言ってますか？

竹田　理由はなんだと思う？……簡単だよ、(ドコカノダレカヲ)守る為だ

～愛川テープレコーダーみたいな物を取りだし

愛川　なるほど…では竹田さんはそのドコカノダレカは誰だとお考えですか？

竹田　個人じゃない、大きな大きな物だよ

愛川　具体的には？

竹田　さあね、でもそのドコカノダレカは邪魔だったんだ、マザー・テレサが

愛川　被害者は染川祥子さん30歳、日雇い労働者や路上生活者が多い釜谷地区で開業医をしていた、それだけではなく地域の炊き出しや教会のボランティアにも積極的に参加していた、誰からも恨みを買う様な人物
ではなかった、ここまでは間違いありませんよね？

～竹田は顔色を変えず

竹田　そうだったかな、あんたが調べたんならそうじゃないの？

愛川　警察発表では当初自殺となっていたにも関わらず、遺族からの訴えで殺人事件の可能性もあると警察が動き出した事についてはどう思いますか？

竹田　警察は動いてないよ

愛川　え？

竹田　警察は動かない、それは間違いないよ

～また深い沈黙が入る

愛川　……あなたは事件に少なからず関与しているんですよね？聞かせてもらえませんか？

～するといつの間にかステージには一人の小柄な女が登場、音をたてずに拭き掃除をしているマイム、竹田はいつしかその女を見つめて

竹田　今日みたいな雨の日だったよ、俺はアパートに連れて行かれたんだ

愛川　アパート？

竹田　中に入ると女が部屋を拭いて回ってた、ブツブツ呪文みたいな言葉を呟いて、一瞬で思ったよ、ここはヤバイって

～過去～

～部屋に灯りが入る、女はまだ背中を向けて掃除をしている、竹田は呆然と立ち尽くし部屋を眺めている、そこに暴力団風の男玉出入ってくる

玉出　違うな

竹田　はい？

玉出　あんた竹田一郎？

竹田　はい、そうです

玉出　でかい声だすな、隣りヤバイ奴住んでるから

竹田　そうなんすか？

玉出　このアパートヤクザばっかだから、デカイ声で喋んな、な。

竹田　はい……

玉出　でもな、おかしいんだよな

竹田　なんですか？

玉出　お前立花の紹介だよね

竹田　はい、立花さんにお伺いして…

玉出　デカイよね？立花からちっこい浮浪者のおっさんて聞いてたんだけど…デカイよね

竹田　す、すいません

玉出　そんなでかくてさ、細かい掃除とか出来んの？指とかこういう溝的な所入る？

竹田　指は以外と細いんで大丈夫です。

玉出　ふん、まあいいや、俺ちょっと立花に電話してくるから時間ねえから先にやっといて

～玉出、女を指さして笑みを浮かべ出ていく

竹田　……はい

～二人きりになる、女は何かをブツブツ呟いている、何かはこの時点では聞こえないのだが後にマザー・テレサの格言や名言、キリスト教の言葉等宗教的な言葉だと言うことがわかる

竹田　えと、こっちやっちゃっていいすか？

～女は急に黙る不気味な沈黙

竹田　聞いてる？聞こえないかな？

～女はゆっくり振り向く、恐ろしく顔色が悪く、頬は痩せこけ目玉だけは異様にでかくくっきりとクマがついており一目で強度の薬物依存性だと分かる、女の名は清水

竹田　……マジかよ……

～女はゆっくりと竹田に近づいて来る

竹田　………！

清水　知ってる人

～金属音の様な物が鳴り響き重厚な曲が入る

竹田　…………

清水　知ってる人……

～すると女は腕や顔をかきむしり始め奇声をあげ苦しむ、薬物中毒の症状に陥りだす

竹田　大丈夫？人呼んで来るから待ってて

～部屋を飛び出そうとする、すると玉出が入ってくる

玉出　どこいくの

竹田　あ、あの～…あ、あの子ヤバイっす！！

玉出　デケー声出すなって

～玉出異様な形相で竹田の首を掴む

竹田　す、すいません、あの子、多分シャブ中で……

玉出　だからお前が呼ばれたんだろ？

～そういって腕を離す、苦しんでる女を気にする様子もなく下に転がってた椅子を持ってゆっくり座る玉出

玉出　立花電話でねーんだけど…知ってる？

竹田　え？いや、わかんないっす

玉出　あんたさ、立花に聞いて来たんだよね？

竹田　はぁ

玉出　なんて聞いたの？

竹田　金に困ってるんだったらすぐに50万貰えるバイトがあるからやらないかって

玉出　立花とはどこで知り合った？

竹田　炊き出しに並んでて、その時に声かけてもらったんです

玉出　炊き出し……こじきにしちゃ若いよな

竹田　……借金があって、逃げてきました

玉出　……お前サツか？

～二人の空気が氷つく

竹田　ち、違いますよ

玉出　だよな、サツなら逆にもっと協力的だわな

竹田　え？

玉出　おい起きろ！！仕事しろよ！おい！！

～すると清水は突然暴れだし玉出に掴みかかるが玉出は力任せに清水を殴り倒す、そして馬乗りになって何発も何発も殴り続ける、竹田耐えきれず玉出を引き離すが玉出に一発殴られる

玉出　あー、いて、だから、何度も言ってるでしょ？デケー声出すなって、次デケー声出したら殺すよ

～そういって竹田の髪を掴む、清水はうめき声をあげている

竹田　はい……

玉出　まあいいわ、時間ないから始めちゃって

～すると灯りが愛川にかわる、現代に戻る

愛川　あなたはその部屋の掃除を始めたんですね？

竹田　ああ

愛川　ちなみにどういった所を入念にやれと言われましたか？

竹田　全部だ、その部屋全ての拭き掃除、テレビの裏、押し入れの中、台所、風呂場、埃がなくなっても何度も何度も拭けと命令されたよ

愛川　つまり、全ての痕跡を消すように言われたんですね？

竹田　おかしな仕事だったよ、トイレも使うな、水は絶対に流すな、だけど生ごみや生理用品は捨てるな、そのままにしとけってさ

愛川　なるほど

竹田　もういいか？

愛川　被害者が行方不明になった次の日、被害者宅で男女の言い争う声が聞こえたとの証言がアパート住民から入っております、あなたの話が本当なら符号します

竹田　じゃあ満足だろ、聞きたい事はそれだけか？

愛川　その女性はどうなったんですか？

竹田　……

愛川　教えてもらえませんか？

竹田　ずっと苦しみながら、ブツブツ言ってたよ

愛川　なんて言ってたんですか？

竹田(清水)　短くて、口に出しやすい言葉でも、心の籠った言葉はある、そんな言葉はいつまでも心の中に輝き続ける

～清水と竹田はユニゾンでしゃべる、愛川驚いて立ち上がる。

愛川　それ……その娘は、被害者と面識があったんですね

竹田　…だろうな

愛川　その娘はどこにいったんですか？教えてください

竹田　無理だ

～灯りが代わる、さっきの言葉を必死で繰り返しながら痙攣したりしている、竹田は驚いて声が出ない

竹田　君……？

玉出　おい、車に毛布積んでるから持ってこい

竹田　え？

玉出　もうだめだろこれ、掃除終わんねーからよ、一旦外出そう

竹田　いや、えと、医者とかは……

玉出　そうか、医者にぶちこんで儲けるか？わかってんじゃねえの、どっちにしろうるせーし汚ねーから外出そ、来いよ車教えるから

～そういって玉出外に出ていく、すると照明が変わり悲しい音が入ると染川祥子ゆっくりと登場し、清水を見つめる、清水は必死で上半身を起こす、まるで神に助けを求める人間を象徴した絵画のような光景

竹田　必ず、助けるから

～力強くそういって竹田はハケて行く、灯りが変わり更に過去のシーンとなる